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知ってる事が全てじゃないから、隠さずに本音を言えばいいのかも

作者: きゆ
掲載日:2026/03/31





 眩しい程、キラキラ輝くシャンデリアが吊るされた広いホールに、飾ってある調度品は触れるのさえも躊躇してしまうくらいの豪華な物から、骨董価値のある年代物も丁寧に磨き抜かれていて、新旧一体となっていても統一された空間になっていた。


 これだけ綺羅びやかな会場で、色とりどりのドレスを着た女性達は、庭園で力強く咲き綻ぶ花のようだった。


 そして私のドレスは華やかな色ではないが、自身が好きな濃紺色に金色の刺繍が施されていて、刺繍の色に合わせて装飾もかなり希少なイエローダイヤを使っている。

 流石に高価過ぎて、着けるこちらも傷をつけないようにや、落として無くすなんて事になったら⋯⋯と考えると震え上がってしまう。


 私を含め、出席者がここまでする理由は王宮での舞踏会だからだ。

 滅多にお目にかかれない王族の方々の目に少しでも止まろうと、皆かなり気合いを入れての参加だ。


 まさか、この舞踏会でこれだけ大きな事が起ころうとは、夢にも思わなかった。





「フェリーナ・ウィベル侯爵令嬢!!お前との婚約を破棄する!!」

「⋯⋯えっ?」


 突如、声高らかに宣言し、響き渡ったその声の主は、この国の王子であるレオンハルト・グラーダシェルだった。

 しかも小脇に女性を抱えて宣言となれば、この女性を婚約者にしたいからだろう。

 王宮でこんな場面に居合わせる事になるなんて、これからの人生でもなかなかないだろう。


「妹であるサシェリーナに嫉妬して、虐げていたのは知っている!!この悪女め!!」

「お姉様ぁ⋯⋯」


 俯き、くぐもった声で微かに震えるサシェリーナ。


 姉であるフェリーナは誰がどう見ても、惨めに断罪されてしまっている。


「聞いているのか!?フェリーナ!!」

「⋯⋯」


 これだけ大声で叱責されれば、フェリーナどころか、壇上の国王夫妻はもとより他の王族にだって、場内の参加者にだって聞こえている。


 どう見ても、婚約していたのに浮気した上、罵って勝手に婚約破棄をする方が悪いはずだ。

 それなのに王子という肩書ゆえ、誰一人として止めに入らないこの異様な雰囲気。

 

やりたい放題でいいのか?と疑問に思うが、親であるのはこの国のトップだ。


 私だって周りの人達だって、一介の貴族だもの。下手に何か行動して不敬となってしまうのではないかと、言葉を噤んでしまう。


 現国王夫妻は、長らくお子が出来なかった所に生まれてきた待望の一人息子。それがレオンハルトなので、それはそれは大層甘やかして育ててしまった。

 故に、レオンハルトは何しても許されると思っているのか、こんなにも残念な仕上がりになってしまったようだ。


 そもそも、この婚約もおかしい⋯⋯。


「フェリーナ!!いつまで黙り込むつもりだ!!」

「レオンハルト様。もう止めてください!!」


 俯いていたサシェリーナが割って入った。


「サシェリーナ⋯⋯。君は本当に優しいな」

「レオンハルト様⋯⋯」

「それに比べてフェリーナは⋯⋯。そんなに俺の気を引きたいのか?」

「⋯⋯」

「サシェリーナでさえ、俺の色を身に纏うのを遠慮しているのに。お前ときたら、ドレスから宝飾まで俺の色で揃えてきたな!」

「⋯⋯レオンハルト様。私はこの色が好きなので、気にしないで下さい」

「⋯⋯サシェリーナ」


 サシェリーナのドレスは可愛らしいパステルピンクのふんわりとしたデザインで、鮮やかなグリーンガーネットの宝飾で飾られていた。無邪気な妖精の様な装いだった。

 本人に似合っている装いではあるが、確かに、どう見てもレオンハルトの色ではない。


 それより、何を言っているのだろうか。

 婚約者の色を身に纏って、舞踏会に参加するのは当たり前じゃないのかしら。

 何なら、男性は挙って自分の色を使ったドレスやら宝飾を女性に贈って、嬉々としてエスコートするのが当たり前だと思っていたのだけど。


 話の内容からして、サシェリーナは婚約者の()なので、遠慮ではなくてレオンハルトの色を纏わないのは当然の事である。


 堂々と纏っていたら、寧ろ纏うなよ!となる。


 当然この発言に関しては、周囲の人達の顔も引き攣っている。

 一国の王子がその認識ならば、社交界も認識を改めなくてはいけないのかしら?


 まぁ、それは否でしょう。常識は外れはあちらなのだ。


「サシェリーナから謙虚さを学ぶべきだな!!」


 貴方様は知識や常識を学ぶべきだと、心から思いますが、誰も言えませんよね。


「⋯⋯」

「っ!何か言ったらどうなんだ!?」

「レオンハルト様!!」


 黙って反応しないフェリーナに対して痺れを切らしたのか、バッと前に出たレオンハルト。

 場内も騒然とする中、このまま手を出すつもりなのか!?


「そこまでだ!!!!」


 一触即発のこの状況を止めた。一瞬にして時を止めたかのような静けさに包まれ、この場の誰もが動きも止めた。

 そのお方は颯爽と現れ、尚且つ王子相手に意見が出来るのは⋯⋯。


 レオンハルトにも似ているが、幼顔に見える彼よりもこの方の方が断然端正な顔立ち。

 贔屓目で見た訳ではなく、社交界全体から見てもダントツですから、悪しからず。


 それと王家特有のキラキラと輝く宝石の様な黄色い瞳。黒にも見えるが、光が入ると濃紺色に見えるサラサラの美しい髪の毛。


 王弟殿下であり、何より私の婚約者様である。ライルズ・グラーダシェルその人だ。


 ライルズはこちらをチラリと見て、優しく微笑んでくれた。

 真っ直ぐ進み、レオンハルトの方を向き、フェリーナとの間に立ち塞がった。


「おっ、叔父上⋯⋯」


 レオンハルトはライルズが苦手なようで、普段も自分からは近寄らないでいた。

 ライルズもそれに気付いているので、必要以上に自身も近付かないようにしていた。


 でも、流石にこれでは駄目だと思い、止めに入ったのだろう。


「レオン、いい加減にしないか」


 叔父と甥にしては年が近い二人。ライルズとレオンハルトは六つしか離れていない。


 先代国王夫妻も又、年がいってからの第二王子が奇跡的に生まれた。それがライルズだった。


 レオンハルトとライルズの違いは、先代国王夫妻の方が育児に厳しいという点だった。

 現国王が王太子として決まっていたので、甘やかしても良かったのだが、先代国王夫妻はいつ何時、何があるか分からないと、王弟になるライルズを現国王と同じ様に厳しく育て上げたのだ。


 年が近い分レオンハルトの事を弟の様に思う反面、彼の言動や噂を見聞きする度によく言っていた。


「兄上と義姉上は何をしているんだ⋯⋯これでは駄目だ」


 私はその言葉をよく耳にしていた。


 今はもう『これ()()駄目だ』ではなく『これ()駄目だ』の状況ですけどね。


 この国の行く末に、私含めたこの会場の皆様は不安しか感じられていないだろう。


 そう思っていた矢先⋯⋯。


「ライルズ様ぁ!!」

「「!?」」


 いきなりサシェリーナがライルズに向かって走り出した。

 しかし、ライルズに行き着く前に、ライルズの護衛騎士が前に出た事で、サシェリーナの体当たりは護衛騎士に受け止められた。


 当然よね。私の婚約者に向かって来るなんて。

 流石、護衛の方。良い仕事しているわ。


「さ、サシェリーナ⋯⋯?」


 呆然とサシェリーナを見つめるレオンハルト。


「⋯⋯レオンハルト様。もうやめましょうよ」

「なっ、何を言っているんだ⋯⋯?」

「だって、ライルズ様は⋯⋯」


(さっきまでレオンハルト様と一緒にいたのに、今度は私の婚約者様と何??)


「まっ、まっ、まさか⋯⋯叔父上と!?最近よく一緒に居るのを見掛けたと聞いたが、ただの噂かと思っていた⋯⋯」


(レオンハルト様のその話、私は何も知らないんですが!?何で!どうして私の婚約者とそうなるの?)


「それは⋯⋯」


 サシェリーナは言い淀みながら、ライルズの方を見た。お互いが見つめ合っているように見える。


「やはり⋯⋯そうなのか!?だっ、だから叔父上の護衛がそうやって護っているのか??叔父上ならば⋯⋯」


(ちょっと待ってよ!!私のライルズ様なんだけど??レオンハルト様は何を認めようとしているの??)


 あれ?私、婚約破棄なの??


「レオン。お前は何も分かっていない!!」


(ライルズ様、私もよく分からないです⋯⋯)


「⋯⋯っ。叔父上はそうやって⋯⋯俺のこと、馬鹿にしてぇーー!!」


 大声を張り上げながら、今までライルズに対して思っていたであろう事をぶち撒けた。

 それでも、一国の王子が涙を流しながら叫ぶのは恥ずべき姿だ。


(レオンハルト様はあまりにも酷い有様だが、今、この場で泣き叫びたいのは私も一緒です!!)


「⋯⋯馬鹿にはしていない」


(ライルズ様、この状況でそんなに冷静によくなれますね。でも、新たな一面が知れて、益々素敵です)


「⋯⋯ぐすっ。いつも澄ましてバカにしている!!周りも叔父上ばかりチヤホヤして!!」

「⋯⋯」


 チヤホヤと言うより、ライルズはそれなりに常識的に育てられていた。レオンハルトの方が甘やかされて、チヤホヤされて育った印象が社交界の見解だ。


「何事にも冷静で!スマートに卒無くこなして!スラッとして俺より格好良い!!」

「⋯⋯」


(あれ?褒めてませんか?)


「だから!俺は叔父上の全ては俺のモノだと!壊してやろうと⋯⋯、ふぐっ、ズビッ⋯⋯それ⋯⋯なの、にっ⋯⋯」


 涙も鼻水も袖で拭うなんて、まるで幼い子供みたいになっている。


「⋯⋯ふぅ。お前はずっとそう思っていたのだな」


 ライルズは一息吐いてから、レオンハルトへと歩み寄って行き、ハンカチを取り出して渡した。


「⋯⋯おっ、じっ、うえぇぇーー!!」


 ハンカチを受け取り握り締めながら、更に泣き出したレオンハルト。

 周囲も幼い子供を見る目で、温かいほほ笑みを向けた。


 そして、ライルズがレオンハルトの肩に手を乗せて声を掛けた。



「レオンハルト。お前は思い違いをしている」

「へっ!?」


 感動的な何が始まるかと思ったが、違ったようだ。


「⋯⋯思い、違い?」

「あぁ。そもそもお前とフェリーナ嬢は婚約をしていない」

「えっ!?」


 思いもしなかった発言にレオンハルトは、涙も鼻水も引っ込んだようだ。


「だが、サシェリーナ嬢との婚約は出来ない」

「はっ?叔父上がサシェリーナと婚約するからですか!?」


(あっ、それ一番聞きたいやつです!!)


「はぁー⋯⋯」


 額に片手を当てて、眉間に皺を寄せている。

 谷よりも深い溜め息を付いたライルズは、どんな姿でも絵になる程格好良い。


「そもそも、サシェリーナ嬢はフェリーナ嬢に虐げられていない」

「そんなはずないです!!サシェリーナは⋯⋯フェリーナに!」

「本人達から聞いたのか?」

「⋯⋯あっ、いえ⋯⋯」


 フェリーナはサシェリーナを嗜める事は姉としてあれど、悪意を持ってではない。

 ウィベル侯爵家姉妹はどちらかと言うと⋯⋯。


「お前の教育に対して口出しをするつもりはないと、前国王夫妻と現国王夫妻は話していたが、今回再教育する事となった」

「えっ⋯⋯。どうして急に⋯⋯」


 レオンハルトは縋るような目で、壇上にいる両親の現国王夫妻を見つめる。

 現国王夫妻は悲しそうな表情で、レオンハルトを見詰めている。


「急ではない。以前からお前の言動が目に余ると、臣下や他の貴族からも出ていた。しかし、現国王夫妻がそれを何とか止めて対応していたが、今回の舞踏会が最後のチャンスだった」

「えっ?そっ、そんな事⋯⋯聞いていない!!」


(いや、聞いてない訳ないでしょうに!ライルズ様はいつも忠告していたわ)


「⋯⋯はぁ。直接伝えたはずだが?」

「⋯⋯えっ、あの時?」


 その場で呆然と立ち尽くすレオンハルト。


「⋯⋯部屋へ連れて行け。一歩も出すなよ」


 ライルズの指示により、護衛騎士がレオンハルトの腕を引いて連れて行く。


 フェリーナは巻き込まれた形になり、いい迷惑な終わり方だった。


(あれ?私の婚約破棄の話は有耶無耶になってない!?ライルズ様、否定してないよね??)


「⋯⋯らっ、ライル⋯⋯」

「お集まりの皆様、大変失礼致しました。王族の失態に叔父である(わたくし)めが、謝罪致します。後日、改めまして、舞踏会を仕切り直させて頂きますので、よろしくお願い致します」


 そう言って、ライルズは頭を下げた。本来ならば、国王夫妻の息子の事なので、謝罪ならば親がしなければならないが、今回の舞踏会はライルズが準備していたので、自分で落とし前をつけたようだ。

 そもそも、レオンハルトはやる気の無さと、分からないと喚き散らして、一向に進まなかったのでライルズが代わりにやっていた。


 そんな忙しいライルズ様を呼ぼうとした私の声は、ライルズ様自身によって掻き消された。


 その後、対応に追われるライルズと話が出来るわけもなく、私は王宮を後にした。



ーーーー後日、王宮へ向かう事となった。



 舞踏会の五日後にライルズ様から手紙が届き、内容は王宮へ来て欲しいと、私は絶対に出席しなくてはいけないようで逃げれない。

 その場には前国王夫妻、現国王夫妻、レオンハルト、ウィベル侯爵家姉妹に手紙の主であるライルズも出席という錚々たるメンバー。


「あ"あ"ぁぁぁ⋯⋯行きたくない⋯⋯」

「お嬢様。心の声がダダ漏れです」

「だぁーってーー!!」

「"だぁーってーー"ではありません。行かないわけには行かない事くらい、お嬢様もお分かりでしょうに」


(分かってるよ?王家からなんだから欠席なんて有り得ない事くらい⋯⋯)


「でも⋯⋯」

「さぁ、登城用のドレスを決めましょう!!」

「ゔぇぇーー⋯⋯」

「勝負服でございますよ?」

「⋯⋯気合入れて、負け確定の服決めてどうするのよ」


 今後はライルズ様によく見てもらおうと、身の回りを気にする必要なんてないのだから。

 口を尖らせ、不貞腐れて話をしてしまう。


「あら、お嬢様。勝負というのは最後まで分からないものですよ」

「いや、世の中には決まってる勝負もあるわよ⋯⋯」

「まぁ、お嬢様はいつの間にか大人になったのですね〜。あっ、こちらの色はどうでしょう?」

「⋯⋯子供扱い」


 そんなやり取りを侍女としながら、その日が永遠に来なければ良いのにと、五日間神に祈ったが叶わなかった。


(あぁ⋯⋯気が重い)


 ライルズ様も皆さんの前で核心に触れるより先に、ひっそりと私だけに言ってくれたら良いのに⋯⋯。


 謁見の間で王族が勢揃いしていると綺羅びやかなのだが、圧巻による緊張で震えながら挨拶のカーテシーをする。

 こんなに緊張していても気になるので、ライルズ様をチラリと見る。

 彼のさらりと流れる濃紺の髪は夜空を思わせ、キラキラ光り輝く黄色い瞳は一番星の様に見惚れるほど煌めいている。


 でも、少しお疲れなのか、目の下に薄っすらと隈ができている。

 いつも周りを気にして、自分は二の次になってしまう程頑張り屋な所がある。

 癒やしてあげたい。


(やっぱり好きだな⋯⋯)


 この緊張状態ですら、彼を見て自分の気持ちを再確認し、諦め切れないこの虚しさ。


 立場上、婚約破棄されたら素直に受け入れなくてはいけないが、この気持ちをずっと引き摺っていくのかと思うと、私は本当にこのままで良いのだろうか。


 好きな気持ちを押し込めて、この先を生きていくくらいならば、いっその事⋯⋯。


「挨拶はそれくらいにして、顔を上げてくれ」


 国王陛下が口を開いて話し始めた。

 私は顔を上げたので、いつもの癖でそのままライルズ様の方を見た。

 けれども、ライルズ様とは目が合わない。彼は微笑みながら違う方向を見ていた。


(嫌だ⋯⋯私を見て⋯⋯)


 目にジワリと涙が出てくるのを堪えながら、必死で平静を装う様に笑顔を作り国王陛下の話を聞く。


「皆に集めてもらったのは、先日の舞踏会での婚約破棄の件に関してなんだが⋯⋯」


(あっ、ライルズ様!)


 ふと、一瞬目が合ったがすぐに逸らされてしまった。


 その瞬間、私から何かが弾けた。スッと手を挙げて、国王陛下に申し出た。


「⋯⋯僭越ながら、発言しても宜しいでしょうか?」

「??どっ、どうした?まぁ、良い。申してみよ⋯⋯」


 こちらも不敬を承知で申し出ているので、目が据わってしまい睨んでいる様にも見えただろう。

 国王陛下も驚いて困惑していたが、発言を許してくれた。

 半泣きの大声で叫んだ。


「婚約破棄をさせて下さい!!!!」

「「「「「「!?」」」」」」

「⋯⋯」


 呆気にとられた謁見の間の人々。


 

(言った!!私はこれで区切りを付けるんだ!!)


 コツコツ⋯⋯。


「⋯⋯えっ?」


 靴音が近付いたかと思ったら、視界が急に暗くなり、意識が遠のいていった。


「それは許さない」


 私を包んだのは嗅ぎ慣れた、落ち着きのあるサンダルウッドの香り。

 バリトンボイスを微かに耳にしながら、そこで記憶が途絶えた。





ーーーーーー



 ふわふわと何かに揺られているのか、自分で立ってる訳でもなく、ベッドに寝ている訳でもなさそうな浮遊感。

 そして、落ち着けるような爽やかで知的な香りがする。


(⋯⋯あれ?何処にいるのかしら⋯⋯誰かに呼ばれてる?)


 パッと目を開けると、輝く星と目が合った。


「⋯⋯ら、ラ⋯イルズ様⋯⋯?」


 輝く黄色い星はほっそりと形を変えて、微笑みを作ったライルズ様の瞳だった。


「やっと目が覚めたね」


 私は状況が飲み込めなかったが、どうやら今はライルズ様に抱えられている模様。


「えっ?あっ??何で??」

「何でって?君が気を失ったから運んでここへ連れてきたんだよ」


 混乱気味な私にライルズ様は淡々と説明をしてくれた。


「気を失った⋯⋯?」

「そうだよ。少し見ない間に窶れてしまったようだね。緊張もあって気をやってしまったんだろうね」


 そうなのだろうか?

 余りにも急に暗くなって、痛くなってだったので、自分自身もはっきりとは倒れたのを覚えていない。


「それは⋯⋯お手間をお掛け致しました。どうぞ、もう私には気を向けずにお過ごし下さい」


 きっとライルズ様は、元婚約者のよしみで仕方がなく運んでくれたのだろう。

 しかも、ライルズ様の部屋に来てしまっては折角、婚約破棄をして区切りを付けたというのに誤解されてしまう。


 急いで腕の中から出ようと試みる。


「⋯⋯何で他人行儀なんだい?」


 抱えていたライルズ様の腕にいきなり力が入り、一気に部屋の温度も下がったような空気になった。


「えっ、だって⋯⋯婚約破棄したのに、これは誤解されますよ?それはライルズ殿下にとっても不本意でございましょう?」


 自分で言って大ダメージなんですが、自身で婚約破棄宣言をしたのでグッと堪える。


「なっ⋯⋯が⋯⋯いけない⋯⋯」

「えっ?」


 ライルズ様は何か言っていたが、聞き取れなかったので聞き返した。

 すると、堰を切ったかのように怒涛の勢いで攻め込まれた。


「当然だよな!今回の事を怒っているんだな!何が駄目だった?君に会いに行かなかったからか?⋯⋯いや、レオンか?レオンの勘違い具合が酷すぎたのか?それともウィベル侯爵家か?俺の両親か?それとも兄夫婦か?」

「えっ?あっ⋯⋯」


 驚いてこちらは言葉が詰まってしまったが、ライルズ様の勢いは止まらずに続く。


「やはり俺自身か?君が嫌だと言う所は全て正すから!!今回の舞踏会の準備で君を頼り過ぎてしまったのがいけなかったか?あれは君との共同作業かと思うと、つい嬉しくて頼り過ぎていたかもしれない。次回はもっと君を頼らずともやれるから⋯⋯。でも、一緒に居られる時間も欲しいから頼ってしまうかもしれない⋯⋯」


 ライルズ様がそんな事を思っていたと今知ったわ。

 それでもライルズ様はまだ止まらない。


「舞踏会の当日だって、エスコート出来なかったのは駄目だったと思うが、許してくれ!裏でトラブルが有り対処していた。俺が贈ったドレスや装飾を身に着けた君を一番に見られずに、褒めもせずに会場に一人きりにして、あんな事に巻き込んでしまったのも、申し訳なかった」

「いえ、あれは⋯⋯」


 少し口を開くと私には喋らせたくないかの様に、ライルズ様は被せて話をしてくる。


「あの会場で誰よりも輝いていて、目が眩むほど惹かれたのは君だけだ。何よりも俺の色を全身に纏って、凛とした姿の君はどんな花よりも美しかった」


 そう言えば、私もドレスなどを全て揃えて贈って下さった事を直接お礼していなかった。

 こんな時に言うのは何だけれども、言っておかなくてはいけない。


「あっ、ドレスを贈って下さって⋯⋯」

「ドレスについてはお礼はいらない。俺の自己満足だ。それにレオンがあんな事を仕出かすとは思わなかった訳では無いが、俺がトラブルを対処している間にあそこまで酷くなるとは思わなかった。もっと早く止めに入っていれば良かったのだが⋯⋯」


 ドレスのお礼すらさせてもらえず、話は続いていく。

 それにライルズ様は主催なので細かい所まで確認したり、当日にもきっと何か変更などもあったりしたのだろう。

 それにレオンハルト殿下の事は驚きはしたが、いつもトラブルだらけなのだから仕方ない。


「でも、レオンハルト殿下は⋯⋯」

「⋯⋯君がレオンを庇うのは許さない」

「!?」


 ライルズ様は急に今までと雰囲気が変わり、一気に顔が険しいものとなった。


「やはり兄上、義姉上や俺がもっとレオンを厳しくしていれば⋯⋯。俺や父上母上は忠告していたんだが、兄上、義姉上がな」


 これは終わらないかもしれない。何か隠している時に出るこの癖。

 そう思ったので、いつも通り呼んでみる。


「ライ!!話を聞いて!!」


 私の声にビクッとしたライルズ様は、ピタッと押し黙った。


「はぁ〜⋯⋯。わざと喋らせないようにしていませんか?」

「っ⋯⋯」


 隠している時に他人に話をする隙を与えてくれない癖は昔から変わらずだ。

 何をそんなに隠したいのか理由は分からなかったが、私はそんな話が聞きたいのではない。


「⋯⋯すまない。君にはきちんと話をしなくてはと思っていたんだが⋯⋯上手く切り出せなかった。⋯⋯伝えるのに勇気が出なかった」



 先程とは打って変わって、しゅんっと悄気て、弱々しい物言いになったライルズ様。

 言い難いから気を使って、弱々しくなっているのに違いない。


(あぁ⋯⋯この時がきたのね)


 遂に本人の口からさよならと言われるのかと思うと、苦しいが、この体勢では後ろ髪を引かれまくりだ。


(でも、受け入れなくちゃ⋯⋯)


「⋯⋯君を傷つける事になって、本当に申し訳ない。今回の事で⋯⋯」


(あぁ⋯⋯。もう、消えたい⋯⋯でも、聞かなきゃ⋯⋯)


 侍女の言う勝負服はやっぱり負ける為の勝負服。それなのにライルズ様の瞳である、黄色にして後悔した。

 しかし、今は泣いてはいけない。けじめだから、最後まで聞かなくてはと思い、必死に膝に置いた手を握り締めて耐えた。


「婚約破棄と⋯⋯」


⋯⋯ダダダッ!!バンッ!!!!


「「!?」」


(えっ!?何??)


 話の途中で急にドアが思い切り開けられた。一般的に考えてもいきなり入る事は有り得ない。

 ましてやここは王族であるライルズ様の私室であって、了承も無しで無作法に開けて良いドアでは無い。


「ここに居た!!!!」

「サシェリーナ嬢⋯⋯」


 彼女の姿を見て、プチっと、自分の中の糸の様なものが切れたように感じた。


(⋯⋯もう駄目ね)


 最後までライルズ様の話を聞けなかったが、この場に私は居ない方が良いに決まっている。

 思い切りライルズ様の手を払い除けて、立ち上がりドアの方へ向き歩みを進める。


「⋯⋯幾らそういう仲だからと言って、礼を忘れてはいけないわ」

「⋯⋯あっ」

 

 自分の仕出かした事に気付いたようで、ハッとして俯いてしまったサシェリーナ。

 ライルズ様は呆然として動かない。


「では、わたくしは失礼致します。⋯⋯ライルズ・グラーダシェル殿下並びにサシェリーナ・ウィベル侯爵令嬢。ご機嫌よう」


 私は二人に向けて完璧なカーテシーをして、振り向くことなく部屋を出て行く事にした。

 これが私の矜持だ。


(自分で自分を褒めよう!!)


 ガシッ!!


「ゔぇ??」


 いきなり後ろから締め付けられて、左腕も掴まれた。

 ギリギリと締め付けられて、痛すぎるので空いている右手で、締め上げる手をタップした。すると、急に緩み解放された途端。


「⋯⋯グズッ、い、いかない⋯で⋯⋯」

「えっ?」

「⋯⋯うぐっ、ごっ、ごめん、なっ、しゃぁーい!!」

「えっ??」

「フェリぃぃぃーーーー!!」

「お姉様ぁぁぁーーーー!!」


 二人同時に泣かなくても⋯⋯。


 私に縋りつき、泣き崩れる二人を仕方なく撫でて落ち着かせるしかなくなった。

 そう私は、フェリーナ・ウィベル侯爵令嬢で、ライルズ様の元婚約者で、サシェリーナの姉。


(⋯⋯本来、泣きたいのはこちらなのだけど?)


「⋯⋯二人ともいい加減、泣き止んでもらえないかしら?」


 あれから暫くは泣い離れなかった二人。今は、グズグズしながらもソファーに座ってくれた。

 私を挟んでですがね。


「クズッ⋯⋯、フェリぃ〜いかないでくれ⋯⋯」


 こんなにも泣いて縋る子どもの様なライルズ様は、初めて見たので新鮮だ。

 今も腕に絡みついて離さない。


「殿下、ひとまずここに居ますから、泣き止んで下さい」

「ち、違うんだぁ〜⋯⋯ゔっゔっ⋯⋯」

「はぁ⋯⋯」


 反対隣も同じ調子で泣き続ける。


「ぉ゙っ⋯⋯おねぇ⋯さ、まぁーー。嫌いにならないでぇぇーー!!うぁぁーん!!ずっと、おっお、ねぉさまでいてーー!!」

「はいはい。血は繋がっているから、事実上ずっと姉であるのは変わりないわ」


 私の膝に突っ伏して大泣きしている妹を見るのは、三年前に学園で何処ぞの令嬢に嫌がらせを受けて、平気な顔をしてやり過ごしたが、悔しくて家で泣き付いてきて以来だ。


「うぁぁーん!!そうじゃないのぉぉーー!!」

「はぁ⋯⋯」


 これでは埒が明かないので、事の次第を知っていそうな方に聞くしかない。

 そう、常に殿下に付いている方。


「⋯⋯ロフィア卿。話せる範囲で良いから、教えて下さらない?」

「ですが⋯」


 この方は先日の舞踏会でサシェリーナを受け止めてくれた護衛で、身長は特別高い訳では無いが、男性平均くらいで筋肉は鍛え抜かれているのは護衛服を着ていても分かるくらいだ。

 専属の護衛騎士なので、常にライルズ様と共に居る。ライルズ様も彼に対して気軽に相談をする事もあるので、信頼しているように感じる。

 私も顔見知りのエリオス・ロフィア卿。私とは一切目を合わせて話をしてはくれてないが、ライルズ様の護衛としては完璧な動きをする。


「見てこれ、無理よ」


 護衛騎士なので、ライルズ様の事を軽々しく話せないのは十分承知の上だが、見ての通りのこの状況下なので話せる者がいない。


「そうですね⋯⋯ライルズ殿下。自分が話しても良いのですか?」

「⋯⋯グスッ⋯⋯、話したら⋯⋯許さん⋯⋯」

「ならば、自分で話をしていただかないと⋯⋯」


 何でそんなに話したがらないの分からないが、ロフィア卿に話させるのではなく自分が話すと言うならば、早く話して欲しい。


「⋯⋯分かってる⋯⋯グスッ、グスッ⋯⋯」

「殿下⋯⋯。やはり自分が」

「エリオス!!約束しただろ!?」


 そんなに逢瀬の話をするのを隠したいのね。確かに、婚約者の妹が相手なんだから言い辛いこともあるだろう。


「しかし、この状況のままでは⋯⋯」

「駄目だ!約束しただろうが!!どんな状況であろうとも果たせ!!フェリと目を合わせてはいけない!フェリの名前を呼んではいけない!フェリと十秒以上話してはいけない!フェリに触れてはいけない!(但し、緊急事態の際は除く)本当は嫌だが⋯⋯と護衛に付く際の誓約を忘れたわけではないな!?」

「勿論です!!」


(とんでもない誓約ね!!)


 自身の護衛になんてことを誓約させていたのだろう。

 でも、こんな駄々をこねるライルズ様の姿を見て、不敬ながらにお可愛らしいと思ってしまった。


「ん"っん"っ⋯⋯それで、殿下からお話していただけるんですか?」

「う"ぅ⋯⋯で、殿下呼び⋯⋯いっ、イヤだぁ⋯⋯いつも、みたいに⋯⋯」


 再び泣き出したので、益々進まないと思い、言い直した。


「ふぅー。ライ、話して下さい」


 少し沈黙した後、ライルズ様から言葉が発せられた。


「⋯⋯愛しているんだ」

「⋯⋯はぁ、それはサシェリーナにお伝え下さい」


(一刻も早くここから逃げたいのに!!)


「ちっ、違うんだよ!!フェリ、君を愛しているんだって!!」

「⋯⋯何を仰ってるのか、わかりません」

「「「えっ??」」」


 私の言葉に一同、固まってしまっている。だからここぞとばかりに、不満をぶち撒けた。


「今回の舞踏会の準備だって、初めてなのに王宮という大舞台で!!しかも、期限ギリギリで決めなくてはいけないと焦りながらも何とかこなしましたし!そんな中でも、ライと会える時間だと思ってやり遂げたわ!!私不毛!!」

「フェリ⋯⋯」

「それなのに!!レオンハルト殿下にありもしない婚約と破棄をされ!!サシェとライの密会の噂まであると聞かされ!!二人が婚約するとまで話が出たのにも関わらず、ライは否定もせずに舞踏会は終わり!!忙しいと分かっていても声を掛けてしまったわ!!気にもとめられませんでしたが!!私惨め!!」

「フェリ⋯⋯」

「お姉さまぁ⋯⋯」

「挙句、対応に追われて放置され!!突然来た手紙も詳しくは書かれずに登城せよとの内容!!行きたくないのに勝負服だ!と侍女に言われてライの色を纏って行ったのに!!目も合わせてくれない!!私切ない!!」

「フェリ⋯⋯」

「辛すぎてこちらから意を決して、婚約破棄を宣言したのに!!急に苦しくなって倒れるという失態までして!!私羞恥!!」

「⋯⋯それは」

「やっと話が出来ると思いきや、ライの私室にいきなりサシェが乱入!!親しい間柄だからこそ出来る事だと思ったわ!!私邪魔者!!」

「お姉様⋯⋯」

「フェリ⋯⋯」

「これ以上居られないと胸を張って退室しようと頑張ったのに!!二人して泣き付いて離れないなんて、訳がわからない事をして!!私やってられない!!」

「フェリ⋯⋯」

「お姉様⋯⋯」

「だからまともだと思っていた護衛騎士に話を聞いて進めていこうとしたのに!!忠義心で言えないのかと思いきや!!無理矢理誓約させられてるし!!私拍子抜け!!」

「あっ⋯⋯」


 勢い余って色々言ったが、全て言い切れたのか⋯⋯。


 いや、まだだ⋯⋯。⋯⋯私の核心。


「⋯⋯なのに⋯⋯愛してる⋯⋯?何を信じれば?」

「⋯⋯フェリ」

「愛してる⋯⋯と言っているのに⋯⋯ライは⋯⋯私を婚約者だと公表していない。⋯⋯二人で会うのも王宮内⋯⋯。夜会もエスコート⋯⋯してもらって⋯⋯ない」

「「「!?」」」

「ライ⋯⋯ライルズ様との婚約は⋯⋯私の勘違い⋯⋯?」


 よくよく考えたら、王弟殿下の婚約者なのに公にしていないなんて、絶対にありえない話だ。

 ただ単にいつも言い包められていただけの、都合の良い女なのだ。

 レオンハルト殿下と同じで、私も思い違いをしている痛い女だ。


 目から涙が止めどと無く零れ落ちるて、膝から崩れ落ちる瞬間、抱きしめられた。


「フェリ、すまない」

「お姉様、ごめんなさい」


 二人の言葉を苦しく感じた。解放してほしいから伝えたのに、締め付けられる。


「⋯⋯もう、いや⋯⋯」


 脱力して立っていられないのに、二人に抱きしめられて、かろうじて立っている。

 私の小さな声と啜り泣きだけが聞こえる中、フワッと右手が浮き上がった。


 涙で霞む目を見開く。


「⋯⋯ロフィア卿?」

「フェリーナ・ウィベル侯爵令嬢。私、エリオス・ロフィアは貴女をお慕いしております。貴女だけの騎士にしてください」

「へっ?」

「「!?」」


 思いも寄らない告白に頭は真っ白になり、涙は引っ込んだ。


「えっ⋯⋯ロ、ロフィア卿?」


 言葉の衝撃が強すぎて、ライルズ様とサシェリーナは固まったまま動かない。

 エリオス様は私の手を取ったまま、片膝立ちをして話を続ける。


「貴女の先程の発言である"まともだと思っていた護衛騎士に話を聞いて進めていこうとしたのに!!忠義心で言えないのかと思いきや!!無理矢理誓約させられてるし!!私拍子抜け!!"についての訂正と、これまでの私の行動についての弁明させて下さい」

「えっ?はっ⋯⋯」


 まさか「私拍子抜け!!」まで入れて話をしてくるとは⋯⋯。


「貴女が仰った"まともだと思っていた護衛騎士"なのですが、基本的に騎士はまともではありません。昔からまともではないと自身でも感じていたのですが、それなのに貴女は、私をまともと言ってくださり嬉しかったです」

「はぁ⋯⋯」


(えっ?騎士ってまともじゃないの??)


「続いての"忠義心"と"誓約"についてですが、忠義心は国や殿下に対してありますので、ご心配には及びません。それに対して誓約ですが、自分自身へのけじめとして殿下からの誓約に同意しました」

「はっ、はぁ⋯⋯」


(忠義心があって良かった!けじめって何?何の?)


「誓約とけじめについてですが、これは私の貴女への態度も含めてお話しします。私はフェリーナ嬢を見た時から心惹かれていましたので、殿下の婚約者である貴女をこれ以上好きになってはいけないと、誓約をのみました。私の本気を分かっていただけませんでしょうか?」


 そんなに思ってくれていたなんて、全く知らなかったし、気付かなかった。


(というか、ロフィア卿はこんなに喋る方なのね⋯⋯)


「⋯⋯ロフィア卿、ありが⋯」

「ちょっと待った!!」


 固まっていたライルズ様が急に我に返って、私の話を遮った。


「エリオス!!何を急にぶっ込んできたんだよ!!」

「すみません。本当はお伝えせずに、心に秘めておこうと思っていたのですが⋯⋯」

「だったらずっと秘めていたら良かったじゃないか!!」


 確かに、ライルズ様の言うことも一理ある。主従関係に不穏なものがあってはならない。


「しかしながら、お慕いしている方が苦しめられていたら、助けたいと純粋に思ったんです」

「ぐっ⋯⋯苦しめては⋯⋯」

「私から見たら苦しんでいるようにお見受けしましたが」

「⋯⋯それは」


 私が知っているエリオス様とは打って変わって、ライルズ様に対して意外にも引き下がらずに自分の意見を述べている。


「殿下⋯⋯。どんなにお慕いして気遣っていたとしても、回りくどいよりも正面から伝える方が自分にも相手にも誤解は生じないかと思いますが?」


 こちらを見て微笑むエリオス様。それを見て、苦虫を噛み潰したような顔のライルズ様。


「⋯⋯フェリーナ嬢。よろしければ、私の手を」


 エリオス様は微笑みながら、私の前に手を差し出した。


(⋯⋯この手を取れば、楽になれるのかしら)


 おずおずと手を出そうとしたら⋯⋯。


「ダメ!!お姉様は私だけのお姉様なのよ!!」


 声を張り上げながら、サシェリーナが私の差し出そうとした手を取った。


「サシェ⋯⋯?」


 驚いてサシェリーナの顔を見ると、社交界きっての華姫と呼ばれて、愛くるしい妹なのだが⋯⋯。

 華どころか、見たことのない闇を背負った禍々しい顔になっていた。


「お姉様は、この世で一番私を好きでいてくれて、私の全てを愛でてくれる人なのよ!!あんたなんかが触れていい人じゃないのよ!!!!」

「サシェ⋯⋯」

「今更何なの!?お姉様に近付く男はぜーーんぶ!!排除してきたというのに!!興味なさそうな素振りで近くにいたわけね!!色ボケ脳筋がっ!!」

「!?」

「さっ、サシェ!?」

「お姉様はずっと家にいて!!それに騙されてはいけないわ!!この脳筋だって!ヘタレ王弟だって!勘違い王子だって!男なんて皆、ゴミクズ以下ばかりよ!?だからお姉様はずっと私の側にいるの!!」


 一通り言い切ってスッキリしたのか、いつもの可愛らしい顔に戻って、私にギュッと抱きついて離さない。


(あれっ???思った以上のシスコンだったーーーーー!!!)


「駄目だ!!フェリは俺の側にずっといてもらう!!」

「⋯⋯ライ」

「「!?」」


 先程までは、苦虫を噛み潰したような顔だったのが、打って変わってこちらを強い眼差しで、覚悟を決めたという顔つきで見つめている。


「俺だって!側にいてもらいたいから、格好良くあろうと、何でもこなせるスマートな大人の男として頑張ってきたんだ!!」

「ライ⋯⋯」

「ケッ!」


(スマートな大人の男?あっ、サシェ"ケッ"っていった!?)


「でも、君は段取り良く仕事も課題も手早くこなせるし⋯⋯。所作も洗練されて、どんどん綺麗になっていくから、取り繕う俺が隣で良いのか?と思う時もあった」

「当たり前よ!釣り合わないわっ!!」

「サシェ⋯⋯」


 ライルズ様は、周りにも私にも気付かないように努力をしてきてくれていた。

 話の途中でサシェリーナは文句を言うが、突っ込んでいるのも面倒なので、取り敢えずは聞き流した。


「美しい君が、いつも俺の色を纏ってくれているのが、信じられなくて、眩しくて直視できないでいるし」

「お姉様がお美しいのは当然よ!何を今更!!」

「城に来てもらう時は俺以外、誰にも見られないように執務室へこっそりと来てもらって、外部の接触を断つようにしたり、王弟の俺がエスコートしてしまうと立場上目立つのに、君の美しさに心奪われる者が更に増えるのではないかと不安に思い、手が震えてエスコート出来ないでいた⋯⋯」

「登城した時、お姉様に会えなかったのはアンタのせいかっ!!逆にひとりで会場入りしたから、クソ男共に注目されて、狙われていたわよ!!」


 段々、口が悪くなるサシェリーナにヒヤヒヤしながら、聞く事になっているが、いちいち突っ込んでいたら進まなさそうなので、継続でそのまま聞く。


「そしたら、君の妹が"レオンハルトがフェリを好きで、婚約者だと周りに吹聴している"と聞かされたから、協力してレオンからフェリを引き離す作戦を立てたのに、君に婚約破棄と言われて感情が抑えられなくなった⋯⋯」

「というか、ついでにアンタとも引き離すつもりだったのよ〜」


(サシェ〜!!王弟殿下にアンタ呼びは不敬になるわよ!!)


「俺と一緒にいてもらう為に、いつ何があっても良いように、持ち歩いていた睡眠薬を嗅がせて連れ込み、誰にも触れさせず、ずっとここに閉じ込めて俺だけのフェリでいてもらおうと思っていた⋯⋯」

「うわっ!何があっても良いって何よ!?お姉様を連れ込まないでよ!!それなら、私が家で監禁するわよ!!」

「いえ、私が常にフェリーナ嬢について行くので、監禁はさせません!!」


(あれっ???皆、思った以上だったーーーーー!!!)


「フェリ!!」

「お姉様!!」

「フェリーナ嬢!!」

「えぇぇーーーー」



ーーーーーー




 眩しい程、雫がキラキラ輝いて色とりどりの花々が力強く咲き綻ぶ。

 そんな庭園を白いガゼボの中で眺めながら、フルーティーで香り豊かな紅茶を飲みながら、ふぅっと一息ついた。


 あれから一週間が経って、少しずつ落ち着いて過ごせるようになってきた。


 この一件で、私の知らない色々な話が出てきた。その中でも先ずは、レオンハルト様について。


 どうやら、幼い頃のレオンハルト様は私の事が気になっていたようで、国王陛下に婚約者にして欲しいと強請ったそうだ。

 けれど、もうその時点でライルズ様と私は婚約をしていたので、却下されていたのだが、聞いていなかったようで、婚約者だとずっと思っていたそうだ。

 それなのに、私と接触どころか会えないものだから、何とか会えないかと妹であるサシェリーナに接触したそうだ。

 レオンハルト様は、特別サシェリーナ好いていなかったようで、私に嫉妬してもらいたかった一心で今回の舞踏会の事件を起こしてしまったそうだ。

 その結果、サシェリーナに利用された。流石に今回の件は、王宮での夜会という公の場での出来事だったので、国王夫妻も庇護出来ないと、王妃の親戚である辺境伯預かりとなった。


(何だか少し可哀想な気もするけど⋯)


 私がどうする事も出来ないので、可哀想と思っていても仕方がない。


 その利用したサシェリーナは、両親や私が思っていた以上にシスコン過ぎた。

 私にアプローチしてきていた令息達には、サシェリーナに嫌がらせをしてきた令嬢達との縁談が繋がるように画策していた。

 サシェリーナ曰く『ゴミクズ男達には、ゴミクズ女達がお似合いなのよ?だって、同類だから。一緒に捨てても問題なし!!』と言っていた。

 思っていた以上に口も悪く育っていた。

 ライルズ様と私の婚約を何とか破棄させようとしていたようで、なかなかライルズ様が隙を見せなくて、倦ねていた所でレオンハルト様という隙をつかって、今回の件を仕組んだそうだ。

 流石に王族を貶めてしまうと分かっていながら仕組んだので、お咎めなしにはならない。


 そもそも、サシェリーナが何故シスコンになり、男性を卑下するようになったかというと、幼少期の時に従兄弟達に囲まれて私とお揃いのリボンを引き千切られた事があった。

 その時に従兄弟達の服を引き千切り、蹴散らしたのは私だ。

 この日を境にサシェリーナはシスコンになり、可愛らしい見た目から学園で令嬢達から疎まれた時も、私が庇っていたのも相まって、加速していったようだ。


(若気の至りだわ⋯)


 そんなサシェリーナは、レオンハルト様と同じ辺境伯領への移住が決まった。

 彼女が一番嫌いな従兄弟達の内二人が、この辺境伯騎士団に所属している。

 今後は騎士団の清掃係として働きながら、罪を償うという事になった。

 私を思っての事なので、何とか手紙のやり取りだけは許しをもらえた。


(悪い子ではないし、可愛い妹には変わりないので、悲しいわね⋯⋯)


 そして、ライルズ様とロフィア卿については、一切お咎めなしとなった。

 ライルズ様が取った行動は全て、正当化されていた。

 私を社交界でエスコートしないのも、婚約者だと広めないのも、周りの令嬢達から守るための行動だった。

 王宮で過ごす時間が長かったのは、密かに王子妃教育を行う為で、監禁しようとしたわけではないそうだ。

 問題の睡眠薬については、興奮した私が錯乱して傷ついてはいけないと、気を失わせる為だと主張していた。


 そして、今回の舞踏会準備は王子妃教育の最終課題だったそうで、この舞踏会でライルズ様との婚約披露のつもりで開いたら、こういう事件になっていった。


 後、驚いたのはロフィア卿についてだ。彼は幼い頃にサシェリーナを囲んだ従兄弟達と一緒にいたそうで、ロフィア卿自身は引っ込み思案で、あの頃は震えながら見ている事しか出来なかったそうだ。

 私が従兄弟達の服を引き千切ったのが衝撃的で、情けない自分を変えたいと騎士を目指したそうだ。


(覚えていなくて申し訳ないわ⋯⋯)


 ライルズ様はロフィア卿の話を聞いて、激しく動揺して、如何に自分の方が私の事を思っているのかを延々と話し出した。

 その話は三歳の頃、今は隣国に留学中のお兄様と共に初めて登城した際に一目惚れして、前国王夫妻に強請って婚約させた事や、実は自身も甘やかされて育っていたので、私と関わっていく中で世間知らずの自分とは不釣り合いなのではないかと、不安になりそれを隠してバレないように努力してきたなど、ライルズがその時どう思っていたのかがやっと知る事が出来た。


 そんな話を早朝からノンストップで十二時間程喋られたら、流石に私も折れるしかなかった。


(あのまま止めなかったら、いつまで話し続けていたのかしら⋯⋯)


 結局、ライルズ様と私の婚約は継続し、レオンハルト様がご不在でいつ更生されるか分からないので、ライルズ様が後継していくそうだ。

 これも現国王夫妻は前々から考えていたそうだ。


(見えてる事が、全てではなかったのね⋯⋯)


 勿論、ロフィア卿の手は取らなかった。楽になる為に手を取るなど、失礼にも程があるから。

 なので、私はあれから家に帰らず、王太子妃教育を受ける為に王宮で過ごしている。基本的な王子妃教育が済んでるので、追加教育もすぐに終わるそうだ。


 何よりライルズ様が帰してくれないのが一番の理由。

 けれど、私も大分ライルズ様が好きなので、今回の一件で更に深みに嵌ったのもある。

 今後の自分達次第だけど、お互い過度に格好つけず、溜め込まずにありのままで⋯⋯と約束をして、これから過ごしていくことになった。


 私も穏やかに、日々を過ごしていける⋯⋯。


「フェリ!!どうしょう!!」

「そんなに急いで、何があったんです!?」


 最近は一緒にいる時は甘えた顔になるライルズ様が、血相を変えていきなりガゼボに走り込んできた。


「無理です!!抑え込めません!!」

「「!?」」


 そう言って、あの一件以降もライルズ様の護衛騎士であるロフィア卿も走り込んできた。

 この二人が抑え込めない程の人物って⋯⋯。


「フェリを監禁ってどういう事だ!!!!」

「お兄様!?」


 私のお兄様を前に震えて、私に隠れる王太子と護衛騎士って⋯⋯。


 まぁ、それも含めて何とかしましょう。見えてる事が全てではないので、包み隠さず話しましょう。

 私は笑顔を浮かべ、淑女として美しいカーテシーをする。


 まだ、波乱はありそうですが、何とかなる。

 ⋯⋯はず。







 長くなりましたが、最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

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