第6話
その日から智弘とマネキンの、他人から見れば奇妙としか言いようの無い生活が始まった。
薄汚れていたマネキンは、クレンザーとワックスで見違えるほどキレイになった。
クシャクシャになっていたカツラも、丁寧にブラッシングすると人の髪のような
光沢があり均整の取れたスタイルは170cmの智弘より大きく見えた。
もちろんスタンドが付いているので実際の大きさは160を少し超えるぐらいだろうか。
部屋に裸のマネキンというのも滑稽なので、近所の古着屋の安いワンピースを着させて
みた。どうもサイズが合わないようで不恰好である。子供の頃雑巾を縫ったうろ覚えの
知識でマネキンに合う様に裁断しなおした。我ながらこんな才能があったのかと思うほど
それはピッタリマネキンにフィットした。
「結構・・・いい感じじゃん?」それが智弘が始めてマネキンに話した言葉だった。
次の日も古着屋に行ってマネキンが似合いそうな服を選んでいた。
マネキンが似合うというのも変な話だが、実際少し痩せ気味の女性の身体に合う洋服
など、あまり古着屋には置いていない。
仕方なく安いが色使いやボタンのキレイな服を何着か組み合わせ、自分で作る事にした。
裁縫の本も買って来て裁断や縫い方の勉強もした。
「待ってろよ・・・いいの作ってやるから。コレがここに重なって・・・」
誰かに話しかけているようにマネキンに布をあてがい、作業を進めた。
「あー・・疲れた。ちょっとご飯にするよ。まあ、話し相手になってくれ」
そう言いながら机の横にマネキンを立たせ、食事を始めた。
「そういえば、自己紹介をしてなかったよな。俺は横内智弘。本来なら慶早大学3年だ。
まあ・・・今はプー太郎ってトコかな。勉強が嫌いって訳じゃないけど・・・
学校が合わないんだよな。まあ、そのうちでっかい事やるつもりではいるけどな」
何も返事をしないマネキンに、自分でもびっくりするほど話しをすることが出来た。
和江と付き合っていたときでもこんなに話すことは無かった。
「今日テレビで観たんだけど・・・最近の政治家は腐ってるよな? 君はどう思う?
・・・まっ・・君には関係ない話だな・・」
政治の話など今まで誰とも話さなかった。大学の連中はディベートなどといいながら
自分の意見をこちらに押し付けることだけを楽しみにしていた。相手がめんどくさくなり
話さなくなるか、喧嘩沙汰になるまでどうでもいいようなことを討論していた。
1年の頃ゼミで恥をかいたことがあった。理論武装した相手に隙はなく、まるで
智弘が間違っている事を言っているかのように結論付けされた。
何のことは無い、議題はラーメンが好きか嫌いか程度の事だったような気がする。
「あれは君、好き嫌いの問題であって正しいか正しくないかを結論付ける話じゃないと
思わないか?・・・・そうか君というのも何か変だな。マネキンだからマーちゃんで
どうだ?そう・・・いい名前だろ?」
食事をしている間ずっと智弘はマネキンに向かって話していた。
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