第4話
春休みになり和江は実家の静岡に帰っていった。智弘も千葉の実家に戻ったが、自分が
使っていた部屋は7歳違いの妹の部屋になっており、まったく居心地が悪かったので
3日でアパートに戻っていた。大学の春休みは無駄に長く、アルバイトやクラブ活動でも
無ければ暇をもてあましてしまう。学生課に何度か足を運んだが、智弘がピンとくる
アルバイトはなかった。
元々体育会系ではないので肉体労働は無理だし、人前に出るウエーターなども嫌だった。
仕送りも充分ではないがそこそこあったし、時々資産家の祖母がお小遣いを渡してくれて
いた。
それを貯金してあり、贅沢をしなければアルバイトをしなくても何とかやていける。
春休みも終わり2年になっても和江が学校に姿を見せていない。心配になり下宿で聞いても
まだ来ていないという。「実家で何かあったんだろうか?」智弘は不安になり彼女の
静岡の自宅に電話をすることにした。
学内の公衆電話に10円玉を何枚も用意しダイアルを廻した。
「はい中野ですけど・・」電話口に出たのは和江の母親らしき女性だった。
「あの・・・僕は同じ大学に通う横内智弘といいますが・・和江さんはいらっしゃいます
でしょうか?」
「ああ、あんた和江の同級生かね? ちょっと待ってな・・・和江! お友達・・電話
和江・・・」
「すいません・・・・どうも・・」
「もしもし・・・」
「和江ちゃん? どうしたの? 何かあったの?」
「・・・・・・別になんでもない・・・」
「大学来ないの? 」
「・・・・・行きたくないの・・・」
「会いたいよ・・・今すぐにでも 会いたい・・・」
「ごめんなさい・・・もう・・会えない 会えないの・・」
そう言うと和江は泣き出してしまった。その時は訳がわからず電話を切ったが
結局その後一度も和江に会うことなく、智弘は大学を辞めている。
事実はこうだった・・・・
和江は春休みに帰った時、友人の誘いでスナックでアルバイトをしていた。
知り合いの店で、両親には居酒屋だと嘘をついていた。
1週間の勤めで2万近くのアルバイト料を受け取る事になっており、そんな最終日に
和江のお別れ会のよなことを店のママがやってくれたのである。
そこには常連客も何人か居り、その中の一人が和江を口説こうと色々と話しかけていた。
和江は最初軽くあしらっていたが、一度映画に付き合えばお小遣いをくれると言うので
話をする事にしたのだった。1日で1万というのだ。1週間働いて2万でも多いと思った
のに1日で・・・・。しかも映画を観るだけで、これは和江にとってそんなに悪い話では
ないような気がしてきた。翌日店の近くで待ち合わせをし、夕方食事をしてからナイトショーを見る約束をした。当日約束した場所に外車で現われた男は、店ではカツさんと
呼ばれており実業家だと聞いていた。
羽振りが良さそうで腕にはゴールドの時計が光っている。
「明るいところで見たら更に別嬪さんやな? ご飯は何が好き?」
「えっと・・・何でもいいです・・・」
「ほなら知ってる店で焼肉でも食べよか?」
関西弁で楽しそうに笑いながら話しかけてくるカツという男に和江はそれほど警戒心を
持たなかった。
カツが豹変したのは焼肉屋を出て車に乗り込んでからであった。
急にモーテルに誘い出したのである。もちろん和江は約束が違うと断ったが
車は人気の無い田んぼ道を走るだけである。怖くなりドアを開けようにも
速度が速すぎる。恐怖の中、車はある一軒家の前で止まった。
中から4~5人の男が降りてくるとカツに挨拶をしている。
見るからチンピラ風の男たちは車のドアを開け、和江を引きずり出し民家へ運んだ。
警察に言えば写真をばら撒くと脅され、和江が解放されたのは翌日の夕方だった。
智弘がこの話を和江本人から聞いたのは十数年も後の事である。
その時和江はヤクザの情婦になっていた。
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