第27話
1階に降りると、カメラマンの車が停まっているのが見えた。
暫らくエントランスで待っていると、1台の大型バイクがエンジンを切って近づいて
くる。
マンションの前に停めたバイクから、フルフェイスのヘルメットを被った山崎真也が
階段を昇ってきた。
「久しぶり。その格好なら大丈夫そうだ。はいコレ」
そう言うと、佳代子にもフルフェイスのヘルメットを渡した。二人は素早くバイクに
乗ると夜の街へ走り出した。追跡してくる車は無いようである。
6月とはいえこの時間は少し肌寒い。少し走ったところで缶コーヒーを買うために
自動販売機の前にバイクを停めた。
「大丈夫? 寒くない? はい、温かいコーヒー」
「ありがとう。なんか・・・変な感じ、バイクって。貴方に身体をあずけてる様な・・・
そんな気分になるわ」
「そうしてくれないと走りにくいんだよ。絶対安全だから安心して乗ってて」
「軽井沢って遠いよね? 車だと結構かかった記憶があるんだけど・・」
「バイクなら3時間はかからないよ。君を乗せてるから安全運転で走ってるけど
それくらい」
「そうなんだ。 お昼なら景色がキレイなんだろうけど、夜は寂しい感じね」
「じゃあ、音楽を流そう。 ロックばかりだけど・・・このイヤホンをつけて・・
カセットは・・・・・じゃあこの前言ってたレインボーの新譜だ」
二人は再びバイクに跨ると熊谷方面に走り出した。
中軽井沢にある山崎真也の別荘に到着したのは深夜2時を少し廻った頃だった。
「運転、疲れたでしょ?」
「平気だよ。バイク好きでね、仕事が終わってからよく出かけるんだ」
「そんな時間あるんだね?アイドルって睡眠時間も無いってよく聞くから」
「そう言っとかないと雑誌社がうるさいからね」
「わかった。そう言ってデートとかしてるんでしょ?」
「そうだといいんだけど・・・スキャンダルが一番怖いんだよ、プロダクションは。
だからこんな風に女の子とドライブなんて何年振りかな?」
「へー・・それは光栄です」
「からかってるでしょ?僕の事。 まあ、テレビでもそういうキャラなんだけど・・・」
「そういえば真也さんのレコード買ったわ。 B面の曲が結構好きなんだけど」
「ホントに? ありがとう。実はあの曲は僕が作詞・作曲してるんだ。ギターも入れてる」
「すごい!あのギターかっこよかった。ギタリストでもやっていけそうね」
「ホントはそうなりたくってプロダクションに所属したんだけど・・・じゃあこれ
ココの鍵。僕はこれで失礼するよ。電話は使えるから、何かあったらこの番号にかけて」
「えっ? もう行っちゃうの? 明日早いの仕事?」
「仕事は入れて無いけど・・・・まずいでしょ?こんな時間に男と女が部屋に居ちゃ?」
「だって、今到着したばかりじゃない。疲れてるでしょ?少しお酒が飲みたいと思って。
一人じゃつまらないわ」
「君が良いって言うならかまわないけど・・・・・・じゃあ、一緒に飲もうか?」
山崎真也はワインラックからシャトー・ラトゥール1962年を取り出しコルクを
抜いた。
「まだ若いけど・・・結構気に入ってるんだ」
「いい香り・・・・」
「じゃあ、二人の夜に乾杯!」
「乾杯!美味しい! なにこれ? こんなに美味しいワイン初めて!・・なんて書いて
あるの?シャトー・・・・ラト・・」
「ラトゥールだよ。フランスの五大シャトーの一つなんだ」
「すごい・・・ホントに美味しい・・」
「じゃあ、僕がちょっとつまみを作るから待ってて」
そう言うと真也はキッチンに入り、保存食の缶詰を使って簡単なオードブルを持ってきた。
「結構器用なんだね、なんか久しぶりに飲んだわ」
「家では飲まないの? まあ、あんな状態じゃ飲む気にはならないかぁ・・・」
「一人では飲まないわ。お酒は楽しく飲みたいもの・・・・」
「楽しんでる?今夜は。 そうだ!何かレコードかけようか?ここは少し古いのか
JAZZしかないけど・・・・」
「ジャズ・・・私好きよ。マイルス・デイビスが特に好き」
「へー、そうなんだ。ロックだけじゃないんだね?じゃあ、コレにしよう・・・
ウェイン・ショーターが加入してからの・・・・Round About Midnight」
http://www.youtube.com/watch?v=td3SE3zEVP0&feature=fvw
リビングにマイルスのトランペットの音が響いた。
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