第26話
翌週ちょっとしたニュースが芸能界で話題になっていた。
新曲がヒットチャートの上位に食い込んだアイドル歌手、山崎真也のスキャンダル記事が
原因だった。その内容とは先日の佳代子との件が一人歩きしたような内容で、二人は
恋人同士とまで書かれていた。佳代子にも取材の電話があったのだが、通り一遍の
簡単な会話のはずが記事になるとまったく違った話になっていた。
その記事が出るや取材は日増しにエスカレートし、終いにはマンションを盗撮する輩まで
現われる始末だった。
「智弘ごめんね・・・そっちに行きたいんだけど記者が張ってるのよ」
「こっちもだ。君の専属スタイリストか何かと勘違いしているようで・・・・」
「どうしよう・・・・」
「暫らくは様子を見るしか無いだろう。根も葉もない噂話だからそのうち火も消えるよ」
「そうだね・・・仕事は順調?」
「ああ、吉井さんがもう1店舗作るそうだ。今度はすべて僕の商品で企画するって
張り切ってるみたい。また忙しくなっちゃうかも・・・・・・寂しい?」
「大丈夫。仕事に打ち込んでる智弘の事が好きなんだもん。我慢できる・・・・」
「ありがとう。身体・・なんとも無い?」
「うん。平気・・・・ごめんね、騒ぎになっちゃって」
「いいよ。じゃあ、また電話する」
あの記事が出てから、取材のせいで智弘と会えない日が続いていた。
ずっとマンションに篭っている。カメラで狙われるのでカーテンも開ける事が出来な
かった。
こんな日が長引けば、普通の人間ならノイローゼになっても不思議ではない。
それから2日ほどして山崎真也から電話が入った。
「もしもし、佳代子さん? なんだか取材陣がそっちを張り込んでるって聞いたけど
大丈夫?」
「山崎さん、わざわざありがとうございます。毎日2~3人が張り込んでるみたいで
外にも出れなくて・・・」
「そうだったんですか。ひょっとしたらそうじゃないかと思って・・・・どこか
隠れるような場所は無いんですか?親戚とか・・・」
「父のところは、もう既にだれか見張ってるみたいで・・・」
「僕の別荘があるからそこを使って下さい。軽井沢だから多分誰も取材には来ない
でしょう。僕は仕事が忙しくてまったく使ってないし・・・」
「でも・・・そんなこと悪いです・・・」
「今回の事は僕に責任があるんです。是非そうしてください。そこに居たら
ノイローゼになってしまうかもしれませんよ」
そういわれて佳代子はドキッとした。昨日から自分の言動がおかしいような気がして
いたからである。智弘の電話にもイライラしてしまい、ちょっとした口論になっていた。
「でも、ここから出てタクシーに乗ればきっと尾行されるでしょ?」
「分かりました・・・それじゃあ、今夜11時に僕がバイクで迎えに行きます。
貴女はジーパンのようなものを履いて、上はセーターとジャンパーでそこを出てください」
「11時・・・・そんな遅い時間にですか?」
「その時間なら 奴らをまく事が出来るでしょ? 嫌ですか?」
「わかりました。あなたのおっしゃる通りにします」
「じゃあ、11時に・・・」
電話を切ってから佳代子は智弘に電話するべきかどうか迷っていた。
智弘はきっと反対するだろう。そんな男の世話になるなというはずである。それは
当然の事だ・・・・しかし、この現状から抜け出すには山崎真也の言うことが一番の
ような気がしていた。 佳代子は悩んだ・・・・・
夜11時。革のパンツに革ジャンを着た佳代子が、マンションの階段を静かに降りていた。