第23話
智弘の収入は劇的に変化していた。ロイヤリティは売り上げの5%であるから
初回生産だけでも6万円が振り込まれていた。その後も毎月15万から20万が
振り込まれる事になる。生産さえ増やせばいくらでも売れるといっても過言ではなかった。
智弘は三田のアパートを引き払い原宿に小さな事務所を借りた。二階には2部屋住居も
あり、今までのアパートからは想像もできないほど広々としている。
大卒の初任給が10万円に満たないこの頃、智弘の収入は相当なものであった。
勤めていた染色工場は既に辞め、デザインを中心とした生活になり佳代子とはほぼ一緒に
暮らしている状態だった。
「智弘、最近働きすよ。昨日も終電に間に合わなかったじゃない。タクシー代だって
バカにならないでしょ?」
「そうだなー・・・収入も安定してきたし、もう少し早く終わるようにしようかな?
佳代子との時間も作れるし」
「じゃあ毎晩美味しい物作ってあげるから、7時には帰って来てよー」
「7時かー・・・・頑張ってみるよ」そう言いながらも智弘は新しい服のデザインを
広告の裏に書いていた。まるで子供が遊んでいるように楽しそうに仕事をしている
智弘を見ているとそれ以上は言えない佳代子であった。
そんな生活が半年ほど続いたある日、佳代子が新宿を歩いていてその事件は起こった。
月2回発行の「タム・タム」と月に一度の「原宿ロード」に専属モデルとして出ている
佳代子は既にちょっとした有名人の仲間入りをしており、原宿などではサングラスを
かけていても直ぐに人だかりが出来てしまうほどの人気者になっていた。
仕方なく買い物は新宿や銀座といった場所でしていたのだが、この日偶然にも
以前仕事をしたアイドルと道でばったり出会ってしまい、軽く挨拶を交わしていた。
だが、それを彼のファンが見つけ人だかりが出来てしまったのだ。
一緒に居た佳代子は、彼女達の激しい罵りの的になってしまっていた。
なかなかその人だかりから抜け出せず、佳代子はストレスのためその場に倒れてしまった。数分後救急車が到着し、周りは騒然となった。
夕方、智弘のもとに佳代子の父親から電話が入った。
「もしもし、横内です」
「もしもし、智弘君か?南沢だ・・・佳代子が倒れた。直ぐに来て欲しい」
「えっ? お父さんいったいどうして・・・すぐに行きます」
智弘は突然の事に動揺を隠せなかった。直ぐにタクシーで慶早大付属病院に向かった。
「お父さん・・佳代子は大丈夫なんですか?」
佳代子の父親とは既に数回食事を共にし、結婚を前提にした交際にも快い承諾を
得ていた。ただ、結婚の日取りの事になると、もう少し待ったほうがいいのでは無いかと
智弘たちを諭すように言っていた。
「智弘君、ちょっといいかな・・・」佳代子の父、正春は佳代子が眠る病室から
智弘を待合室に誘った。
「智弘君、佳代子の母親が心臓の病気で亡くなった事は聞いてるよね?」
「はい、佳代子が14歳の時にお亡くなりになったと・・・」
「実は佳代子も同じ病気なんだ・・・・・」
「えっ?心臓が悪かったんですか?そんな事全然言ってませんでしたが・・・」
「言えなかったんだろう・・・・遺伝なんだ・・・今の医学では治せない・・・」
「まさか!?今まで何でも無かったじゃないですか!」
「ああ。症状が無かったんだろう・・・佳代子が前の仕事を辞めた理由もそれなんだ」
智弘は正春の話を聞いて、気が遠くなっていくような感覚を覚えた。