第22話
「原宿ロード」は6ページに及ぶ特集を用意していてくれた。
本来ならこの時期は夏服のオンパレードになるはずなのだが、比較的軽い素材の
智弘のワンピースは、まだ肌寒い5月の東京なら充分売れるはずである。
問題は発注した商品がすべて売れるかどうかであった。次のロットは智弘の新作夏物が
入る予定なのだ。もし在庫品が売れなければ生産することは出来ない。
しかも今回の売り上げと、その新作の売り上げを8月の支払いに充てていた。
吉井が落とさなければいけない手形は150万円だ。綱渡りのような支払い計画である。
出来なければ破産するしかなかった。
店舗は吉井がリニューアルさせ、店内の展示品も智弘やスタイルナウの高木の
アドバイスを取り入れ、シンプルな展示になっていた。
価格は2000円から5000円と大学生やOLでも手が出せる値段に設定し
おしゃれな紙袋も用意している。
5月29日は先週までの肌寒さに比べかなり暑い日になっていた。
用意した商品は、智弘のデザインした物を除けば全て夏物である。吉井は自分の考えが
少し甘かったことを後悔していた。夏用のデザインを待ってからでも良かったのでは
ないだろうか? しかし手形の期日までに売り上げを作るなら、今日から3週間で
最低でも在庫の半分を売らなければ無理なのだ。朝8時、店内を掃除しながら重い
気持ちになっていた。 開店1時間前に店の前を掃除するのが吉井の日課だ。しかし
この日はリニューアルという事もあり、1時間半前には用意をしようとシャッターに
手をかけその異様な雰囲気に気がついた。外で大勢の女性達の話し声がしていたのである。
吉井は何事かと一気にシャッターを上げた。
その瞬間信じられないような光景が目の前に広がっていた。
開店を待つ若い女性達の行列が出来ていたのである。
吉井は自分の目を疑った。未だかつて無い経験である。
気温は既に20度を超えている。今のうちに店内に入れ智弘のワンピースを試着させよう
という考えが浮かんだ。
「大変お待たせいたしました!本日、10時オープンの予定でしたが、すぐに開けます
のでどうぞゆっくりとお選びください!」その言葉を聞くや狭い店内に人が溢れかえった。
その光景はデパートのバーゲン会場さながらで、試着する者など誰も居なかった。
一人で3着4着買う女性も居り、レジはパニック寸前だ。
「吉井さん・・・・いったいどうなってるんです?」昼過ぎに様子を見に来た智弘と
佳代子はあまりの光景に絶句していた。
「何がなんだかわかんないよ!・・・あっ・・こちらですね!はい・・15、000円に
なります!・・・こちらも? あと、3000円です!ありがとうございます!」
直ぐに佳代子がレジに入り吉井を助けた。この混乱は、結局閉店の9時まで続き
店内の商品は7割がた売れてしまった。智弘のワンピースもほとんど完売状態で
明日の商品が無いという事態になりかけていた。
「いやー、まいった。こんな状態になるなんて予想もしなかった。どうしよう・・・・」
「明日は見本だけ置いて注文を受けるしか無いんじゃないですか?」夕方から駆けつけた
スタイルナウの高木が売り上げの集計をしながら口を挟んだ。
「予約注文ですか・・・・あの子達納得するかなー・・・」
「集計でました! 本日の売り上げ・・・2、435、800円!」
「えっ?2百万!?・・・・・・うそ・・・」そう言いながら吉井は暫らく固まっていた。
「良かったですね!吉井さん。これで閉店しなくて済みますね」佳代子が少し涙ぐみ
ながら吉井に言った。
「ありがとう!佳代ちゃん智弘君! 高木さんも本当にありがとう!」吉井はすでに
涙でぐちゃぐちゃになった顔で拝むように皆に言った。
「明日から忙しくなりますよ!直ぐに追加の商品を持ってこさせないと。それに
夏の新作の生産もゴーサイン出さないとね。3倍は発注していいんじゃない?」
高木が笑いながら智弘たちの顔を見ていた。
6月の中旬になり、智弘の新作夏物が店頭に出ると。信じられないことが起こっていた。
平日の売り上げが30万近くになっていたのである。土日のパニック状態を避けようと
客達が考えたのであろう。それほど週末の店内は凄まじかった。
「原宿ロード」の販売数も日増しに伸び、スタイルナウの2大看板誌となっていた。
企画の効果もあり、住宅街だった原宿がファッションリーダー的な注目を浴び始めたのは
丁度この頃であった。