第21話
智弘の生活は、少し前の引きこもり生活からは想像できないほど充実していた。
月曜日と木曜日は染色工場で12時間働き、平日は新作を手がける。それは月2回ある
佳代子の撮影日に合わせるためでもあった。佳代子は日に20~30着の洋服を着て
撮影するのだが、智弘のデザインした服も必ず着る事になっていた。しかしどうかすると
当日仕上がる、などというハプニングもあったほどだ。
そんな生活が2ヶ月ほど続いたある日、二人は久しぶりに仕事とは関係なく原宿を
ブラブラと歩いていた。すると以前佳代子が初めて智弘に声をかけた店の前に、人だかりが出来ている。
「オシャレな店だからスゴイ人ねえ」
「あんな高い服がそんなに売れるんだ・・・」
「ひょっとしたらバーゲンなのかも?見てみましょうよ」
二人は人だかりの中に入っていった。ショーウインドウには閉店セールと書かれた
紙が貼ってあった。
「あれ?まだ出来たばかりのお店なのに・・・変ね?」
「そうだな、商品もほとんど半額以下だ・・・」
店主と思われる中年男性が中から出てきて話しかけてきた。
「いいデザインの服だねー。何処で買ったんだい?パルコ?」
「いえ、彼が作ったんです・・・」
「へー・・・・デザイナーさんなんだ。いいよなー。そんな商品があれば潰さなくても
済んだのに・・・ついて無いよ」
「閉店するんですか?まだ新しい店ですよね?」佳代子が不思議そうに尋ねた。
「高くて売れなかったんですよ。いいブランドなんですけどね・・・三田もダメだったし
こっちも・・・・」その言葉を聞いて智弘はドキッとした。この店主をどこかで見た
ことがあると何と無く思っていたのだが、あのマネキンを捨ててあった店で見たのだ。
「あの・・・・三田って、ファッション吉井の事ですか?」
「へー? 知ってるの? いやーちょっと前まであそこでやってたんだよ。
潰しちゃったんだけどね。それでこっちは友達の店なんだけど・・逃げちゃったんだよ。
まー、俺もついてねーや。そんな服があったら絶対立ち直るんだけどなぁ・・・・」
智弘は何か胸が苦しくなるような感覚を覚えた。あのマネキンが無かったなら
佳代子と出会うことも無かったし、引きこもり生活から抜け出すことも出来なかった
だろう。言ってみればあの店が智弘を変えたのかもしれないのだ。
「僕の服をここで売ってもらうことは出来ますか?」
店主は驚いた。まさか智弘がフリーで動けるとは思ってなかったのだ。
「いや・・・そりゃ勿論出来ますよ・・・どっかのメーカー専属じゃないんですか?」
「はい、作ってさえもらえれば・・・服はすべて1着しか作ってないんで・・・」
「ホントですか?作るのはルートがありますから・・・じゃあうちの店だけで売らせて
もらえるんですよね?」
「かまいませんよ。何かのご縁だと思いますから・・・」
「智弘、この本も見てもらえば?・・・今月号のタム・タム・・・・」
雑誌を手にとって店主は驚いた。見開きのメインのページに、今目の前にいる佳代子が
同じ服を着て写っているではないか。
「スゴイ・・・・こんな事って・・・・あるんだ?」
直ぐに契約の話をする事になった。さすがにこの時ばかりは智弘たちだけで話を
進めるのは躊躇われたので「月刊スタイルナウ」の高木に相談をした。
高木は大賛成であった。これから原宿をメインに雑誌を作る事になっており、吉井の
店と智弘を、その起爆剤にしたいと考えたのである。契約の内容などはスタイルナウ
専属の弁護士が協力してくれた。生産は吉井の知り合いで愛知県にある工場を使う事に
なった。繊維業界も不況で、ブランドの力を借りなければ安い韓国製にどんどん仕事が
奪われていたので協力的だった。
初回生産は6種類のワンピースだ。どれもタム・タムで問い合わせの多かった服ばかり
である。価格は縫製工場の協力もあり、1着5000円ほどに抑える事が出来た。
各生産枚数は40着。合計240着が店の倉庫に積み上げられた。
それほど大きくない店舗にこれだけの在庫数である。店主の吉井は賭けに出ていた。
これが売れなければ破産だ。その心意気に打たれ「月刊スタイルナウ」の高木も
新刊したばかりのファッション誌「原宿ロード」に特集記事を掲載してくれていた。
そして店頭に服が並ぶ日がやってきた。