第20話
早速「月刊スタイルナウ」の高木に電話をして相談する事にした。
高木の方も先日の智香の契約書の件で確認事項があるらしく、これから智香のマンションに
来たいということだった。
「この前高木さんに会ったとき、今回の雑誌の売れ行きで上手くいけば次の雑誌の
編集長になれるかもしれないって言ってた。今までみたいなメーカー指導のファッション誌
じゃなくて、もっと身近なデザイナーを見つけるってコンセプトなんだって」
「編集長って偉い人なんだろ?すごいじゃん」
「私達のお陰だって言ってたわよ」
「南沢佳代子サマサマだなー」そう言って佳代子の頬にキスをした。
「智弘・・・・私達一緒に住まない? あなたがデザインのお仕事が出来るようになったら
きっと忙しくなると思うの・・・そうしたら会えない日が多くなりそうで・・・」
「そうだね、でもまだ仕事が決まったわけじゃないし・・・今のところあの染色工場の
収入じゃ君にプロポーズもできない・・・・」
「プロポーズ?・・・・・・智弘・・・それ本気?」
「もちろん本気さ、ちゃんと佳代子を幸せに出来るって思ったなら、そうしようと
思ってた」
「今だって充分幸せよ・・・あなたに会えて・・・」
「どうしたの?泣いたりして・・・大丈夫?」
「ゴメンね・・・・あんまり嬉しかったから・・・・」
「それはこっちの台詞だよ。佳代子みたいな可愛い子が俺みたいなヤツを好きになって
くれたなんて・・・今だって信じられない。・・・痛い! 何? 」
「つねってあげたの。ほら、夢じゃないでしょ?」いたずらっぽく笑いながら
佳代子は智弘に抱きついた。
暫らくして「月刊スタイルナウ」の高木がやってきた。
「佳代子さん凄いですよ!今月号の「タム・タム」が我が社の発行部数の記録を
塗り替えました。いやー・・・これで新しい雑誌の企画もゴーサインがでますよ」
「良かったですね。編集長」佳代子が笑いながら言った。
「いやー・・・いい響きだー。どんなに待ったことか・・・・」
「高木さん、実は相談がありまして・・・・例のファーレンの件なんですけど・・」
「いい話でしょ?もう契約は済んだんですか?」
「それが・・・・・これ、見て貰えませんか?」
「凄い契約書だなあ・・・・どれどれ・・・・」そう言って高木は最初から順番に
目を通した。
「どうです? サインしてもいいでしょうか?」
「・・・・・・・この内容には2つ大切な事が書かれています。それがOKなら
問題ないでしょう。1つは貴方のデザインした服をファーレンが自由にデザイン変更
出来る・・・これはサイズや材質によって有り得ることです。次のポイントが・・・」
その内容は智弘が納得できる物ではなかった。智弘のデザインはファーレンの有名
デザイナー数名のブランドで販売される・・・・つまりゴースト・デザイナーと
いう事だった。
「智弘さん・・・・君のデザインした服はきっと売れるでしょう。だからギャランティは
高額なものになるはずです・・・それに、売れなくてもリスクが無い。ただね、私は
この条件なら断ったほうが良いんじゃないかって・・・・」
「智弘・・・私も高木さんの意見に賛成よ。貴方の名前を隠して売るなんて・・・」
「断っても・・・良いんでしょうか?」
「勿論いいですよ。ただし、今後、君が仕事をする上で敵に回すと一番厄介な相手だ
という事も覚えておいてください」
「わかりました。ありがとうございます」
「ねえ、智弘・・・・どうしたらいいのかしら?」
「俺にも分からないよ・・・・ゆっくり考えてみるよ」
「智弘君、ボクはあまりお勧めはしないな。君は自分の名前で絶対にやって行ける。
それは保証するよ。今日は佳代子さんに「タム・タム」以外に、次の僕の雑誌の
専属もお願いしに来たんだ。そこで君の服の特集を組んであげるよ」
「凄いじゃない。智弘、高木さんが見方になってくれるって」
「いや、見方だなんて大げさな・・・僕もこの雑誌には命を懸けてますから。今までに無い
雑誌にしてみせますよ」
高木が帰った後も二人はファーレンの事を話し合っていた。そして結論を出した。
「敵に回したっていいじゃない?今だって充分幸せなんだもん」
「そうだな・・・そんなに急がなくたっていいかもな・・・・」
「智弘が居てくれれば何もいらないもん・・・」
智弘は少し焦りすぎていた自分をあらためて感じていた。