第18話
渋谷に出てまず驚いたのは、声をかけてくる人が多かったことだ。
この日は木曜日とあって買い物や遊びで来ている人たちより、もっぱらビジネスで
歩いている人が多かったからだろうか、明らかにファッション関係と思われる人から
佳代子の服について質問を受けた。まず、どこで買ったのか? ブランドは?
値段は?と、ほとんどがこんな感じだった。
「智弘、あなたやっぱりデザイナーになるべきよ!きっと成功すると思う・・・」
「なんだか少し自信が出てきたような気がする。でも、自分で売り込むなんて無理だよ」
「じゃあ、土日のたびに私が智弘の服を着て歩くっていうのは?それなら向こうから
声をかけられるから大丈夫でしょ?」
「そんなに上手くいくのかな?」
「やってみなけりゃわかんないじゃん?」
佳代子の真剣な眼差しが眩しかった。褒められるというのは気分がいいものだが、それに
よってやる気が漲ってくる。寧ろ今の智弘にはそれが一番大切なことなのかもしれない。
この数週間の智弘の成長は、彼自身でもはっきりと認識できている。
その週の土曜日も「月刊スタイルナウ」の高木のインタビューを受けていた。
今度は智弘も記事にしたいと言うのである。
「横内智弘さんって言うんですか。デザインの仕事は長いの?」
「いっ・・いえ。まだ始めたばかりです」
「凄い才能ですね。ところで、まだ何処にも発表して無いとのことですが、今後
どうするつもりなんですか?」
「どうするといっても・・・全然知らないんです。業界の事・・・」
「たとえば、どこかのメーカーの専属としてデザインするとか、あるいは自分の
ブランドを立ち上げる・・・そういう事です」
「そりゃ・・・メーカーに雇ってもらえるんなら・・収入も安定するし・・・」
「きっとオファーがあると思いますよ。もうすぐ雑誌が発売されますがその前に
スポンサーに届けるんです。勿論、原稿確認の意味で。その時間違いなく話が
出るはずです。何せ数あるブランドを差し置いて4ページの特集記事が佳代子さん
1色になりますから・・・・」
「えー! そうなんですか?私がそんなに・・・・智弘、なんだかドキドキしてきた」
「あー。言ってませんでしたよね。ゴメンなさい。普通は4ページに20人位の
街頭インタビューを載せるんだけど、今回は君一人なんだ」
「すごいね佳代子・・・写真が見てみたい・・・」
「今日の撮影が終わったらお届けしますよ。その服がメインになるかな?今日はメイクも
連れて来てますから・・・・」
撮影は前回より2時間ほど余計にかかった。その中には智弘のインタビュー用写真の
撮影も数枚入っていた。
「ねえ、こんどは・・・ほら、2万円よ!すごいねー、こんなに貰えるなんて」
「佳代子が有名人になっちゃいそうで嫌だな・・・」
「何言ってるの?智弘が売り出すチャンスなんじゃないの。自信を持って!」
「わかった・・・・頑張ってみるよ」
「そうと決まれば・・・・・今夜は御寿司か?」
「いいねー。何年ぶりだろう?寿司なんて・・・・」
「私、ウニ食べちゃおーっと」
じゃれあうように仲の良い二人が、まだ少し寒い3月の街を暖かくしているようだった。
: