第12話
二人で観に行った映画は「エマニエル夫人」のジュスト・ジャカン監督の作品で、冒頭から
強烈な性描写があり、隣同士のシートに座っていることが恥ずかしいほどの作品だった。
ストーリーは主人公が性的奴隷になってゆく過程を、エロティックに映し出していた。
それにしても、こんなポルノまがいの映画を面識の浅い男と観に行きたいという心理は
どこから生まれてくるのだろう? 見た目の清楚な雰囲気と、初対面の男を自宅に上げたり
こういった映画に誘ったり・・・・・正直、南沢佳代子という人物がまるでわからない。
それほど長い映画ではなかったが、観終わった後は何故か身体がグッタリとしたような
感覚に襲われていた。
「すごい映画だったわね。映像がとてもきれいで・・・・」
「ストーリーが今一解らなかったよ・・・・SMって自分とは別世界だし」
「私はなんか解るような気がする・・・・よし、今日はこの話で盛り上がろうか?」
「えっ? まだどこかに行くの?」
「時間無いの?無理にとは言わないけど・・・・」
「時間はあるけど・・・」
「じゃあ、いいバーがあるんだ。一緒に行こうよ。その前に少し食事して・・・」
話をしながら智弘はお金の事が心配だった。財布には1万5千円ほど入っている。
しかしこのお金は今月の食費に当てる分である。まだ3月半ばなのにここで散財しては
月末の給料日までもたないかもしれない・・・しかし佳代子と一緒にお酒を飲める
なんて今後あるかどうか? ここは腹を決めて着いていこうと決めた。
連れて行かれた店はオープンして間もないバーだった。サムタイムというJAZZが
メインのバーで、この日はバンドの生演奏が聴けた。席に案内され佳代子はカクテル
智弘はビールを頼んだ。
「よく来るの?ここには」
「うん。たまにね。いい店でしょ?雰囲気がいいの」
生演奏が終わり少し、静かになった店内には聴いた事の無いJAZZが流れていた。
智弘は結構ラジオを聴く方だったがこういった曲はあまり流していない。
「いい曲だね・・・・・」
「コルトレーンよ。My Favorite Things・・サウンド・オブ・ミュージックで
使われてた・・・こんなにカッコよくしちゃうんだもん」
http://www.youtube.com/watch?v=0I6xkVRWzCY&feature=related
「そういえば聴いた事あると思った。 ジュリー・アンドリュースが出てたやつだ」
「そうそう。映画はよく観るの?」
「映画館にはほとんど行かないよ。家のテレビで見るくらいかな」
「好きなスタートか居るの?」
「エド・ビショップが結構好きだな」
「へー、UFOのストレイカー司令官でしょ? 君・・・あっ、また言っちゃった。
智弘でいいよね? 彼に少し似てるよね?」
「えー??そんな事言われたことが無いよ。あのスタイリッシュな感じが好きなんだ」
「私は、そうねークリント・イーストウッドかな。ダーティーハリー最高じゃない?」
「ああ。あれは観た!you've got to ask one question:"Do I feel lucky?"
あれは印象に残ってる」
「えっ?何て言ったの? ユーブ・・・・」
「you've got to ask one question:"Do I feel lucky?" ほら、弾が入ってるかどうか
わからない銃を犯人の頭に突きつけてさ。聞くんだよ。今日は運が良いか賭けてみるか?
あれは気持ちよかった」
「あっ、あのシーン。凄いね、英語得意なんだ?」
「そんな事無いけど・・・・FEN(注”Far East Network 駐留米軍放送)は、たまに
聴いてるかな」
「へー。智弘かっこいいじゃん。さー飲もう!もっと色々教えてよ」
「別に・・何も無いよ。家に居るだけだもん。外に出ないから・・・・」
「そうなんだー。そんな風に見えないけどなー。今度智弘の家に行っても良い?」
「えっ・・・・うん。いいけど・・・・ボロイよ」
「そんな事気にしません! 飲んでる?智弘」
「飲んでるよ・・・・だいぶ酔ったんじゃない? もう3杯目でしょ?それ」
「平気よー。こんなので酔わない!」そう言いながらもろれつが回っていない様子だった。
11時を廻ってそろそろ終電が気になっていた。智弘のアパートは三田にあるが
この時間ならまだ帰れそうだ。
「そろそろ行かないと・・・・終電なんだ」
「えー? 何言ってんの? 今夜は飲み明かすんでしょ?」
「えっ?・・・・よし、わかった。付き合うよ」そうは言ってはみたものの、ずっと
ビールばかり飲んでいてもあまり酔った気はしなかった。
智弘は酒はそこそこ飲める方である。
「そうと決まれば・・・スイマセン!ウイスキー下さい・・」智弘が手をあげると
「おっ? 飲みますか? じゃあ、わたくしも。バーボンを頂戴!」
出されたグラスにはワイルドターキーというバーボンが注がれていた。
「智弘との出会いに、かんぱーい!」それから数十分で佳代子は完全につぶれた。
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