第1話
:
パリコレに合わせて別会場で催されたトモ・ヨコーチの30周年式典には、世界中の
セレブや映画スターがゲストとして来ていた。
予定されたショーは大盛況のうちに幕を閉じ、16時40分からの主役のインタビューを
TV局やプレス記者が待ち構えている。
「ミスター・トモヒロ、ご用意はいいですか? 記者が首を長くして待ってますよ。
もっとも、このあとのパーティには全員来るはずだから早くシャンパンを飲みたいだけ
なのかもしれませんがね」
「何から何まですまないね、フィリップ君。 それはそうと、吉井さんは何時頃来るって
言ってた?」
「はい・・・ミスター吉井は、後1時間ぐらいでこちらに来られます。久しぶりですねえ」
「ああ、2年ぶりになるかな? じゃあ、そろそろ会見場に顔を出すか・・」
ショーが終わった会場には、20人程のプレス記者とTV関係者が数十人待機している。
横内智弘が会見席に着くと一斉にフラッシュが焚かれ、会場は真昼のような明るさに
なった。
「本日は遅くまでありがとうございました。 この後、ささやかですが食事会をご用意して
おりますので皆様ごゆっくりしていって下さい」横内智弘がそういい終わると
フランス人の記者が手を挙げインタビューを始めた。
「ミスター・ヨコーチ。30周年おめでとうございます! 世界に販売網を広げた
トモ・ヨコーチにとって記念すべき日にお招き頂き、まことに光栄です。さて、ヨコーチに
とって、デザインの原点とはいったい何でしょう?是非お聞きしたい」
「難しい質問ですね・・・・・」そういうと横内智弘は少し目を細め、遠くを見るような
素振りを見せた。 彼のデザインの原点・・・・・・
今年60歳を迎えた智弘の横顔には、老いを感じさせるような皺など皆無と言っても
良かったが、髪はさすがに白髪がかなり目立っている。
その髪を両の指で軽く後ろに撫で付けるような素振りを見せ、長い沈黙を置いて
記者の質問に答えだした。
「私の・・・私の服は、いつも心の中にいる理想の女性に捧げるためにデザインして
います。その女性は私に勇気を与え、生きる意味を与え、そして愛する喜びを教えて
くれました。私が生きている意味。洋服をデザインしている意味のすべてがそこに
あります」
「それはミスター・ヨコーチの恋人ですか?」
「そうです。私のすべて・・・・」そう言うとまた遠くを眺めるように窓の外を見つめた。
そこには澄んだ空気の中少し色づき始めたパリの街路樹が、優しい夕日を浴び美しく
輝きだしていた。
: