▽第17話 新たな関係の誘い
「次、行きます。後はあなたの娘だけです」
「ワタクシの娘はトレイル、トレイル・ビスという名前ですわ」
ユウとマレイア辺境伯の会話から出た、最後の救出対象の名前──トレイル・ビス。
その名前を出した後、マレイア辺境伯は「二人は姉妹です」と意味深に会話を続けた。
「トレイルが長女で、マカルタが次女。しかし親はワタクシ一人なものですから、そろそろ家族を増やしたいと思いますの」
四十代後半なのに顔も体も魅力が枯れていない、マレイア辺境伯の女体。
そんな女体をユウにくっ付けながら家族構成を明かす。まるでユウを家族にしたいように。
「なるほど」
「ふふふ、淡泊ですわね」
マレイア辺境伯の明らかな誘惑。だが、ユウは人間的感情だけでなく男女間の意識も薄い。
魅惑的な女性の体に興奮もなければ、距離が近い異性に感情も乱されない。
ユウにとって異性とは生物学的な性別が違うだけの〝人間〟という認識である。男女で違いがあることは理解しつつも、オスとメスのある犬を犬という種の区切りで見るようにマレイア辺境伯のことは〝人間〟としか見ていない。
それ故の淡泊な返事。マレイア辺境伯の誘惑は、ただ耳で聞いているだけだった。
「勇者イサム、直球で申し上げますわ。ワタクシの家──ビス家に入りませんか?」
「俺がビス家に?」
「ええ、婿入りでも構いませんわ。勇者様が家族に加わってくれると、ワタクシはもちろんのこと、娘たちも喜んでくれます」
今度は〝ユウを家族にしたい〟ことを直接告げた。
「もちろん家族に加わってくれるなら、ワタクシが毎夜お相手してもよろしいですわよ♡」
次は家族になった時のことを示す。
自らの武器を知っているように、マレイア辺境伯は自らの体でユウを直接誘惑した。
「残念ながら夜遅くに相手してもらうようなことはありません」
「あら、ワタクシでは嫌ですか?」
「そういうことではありません。ただ夜に相手してもらう用事がないだけです」
「ふむ……」
「先を急ぎますよ」
「そうですわね」
マレイア辺境伯の誘惑に対して、ユウはスルーを通り越して気付かない。
話が進まず、噛み合わず、ユウを家族に引き入れる話は一旦中断。
二人はトレイルの救出に動き始める。
「……こっち、ここです」
触手が動く音以外に聞こえる、ほんの僅かな声らしき音。
マナ制御で強化した聴覚にて感じ取ったものを頼りに、ユウはある一点の触手の壁と向かい合う。
「その能力、さすがですわね」
「普通ですよ」
「その普通がすごいのですわよ。詠唱なしの魔法に、魔法に匹敵する超能力の行使なんて誰がどう見ても憧れを抱きますわ」
「そうですか」
マレイア辺境伯はユウの能力に興味を持っている。
ユウは自然体でいながら警戒。口に出す言葉を取捨選択して、マナや思考型魔法に関する話の導線を作らない。
詳細を話せば、また別の戦争の火種を抱え込みかねないのだから。
「引き続き先導します。付いてきてください」
「ええ、もちろん」
話を救出にずらす。
トレイルと思われる声の方へ進むため、ユウは凍った触手の壁を引き剥がす。
引き剥がした先にあるのは無数の触手で埋め尽くされた通路だった。
「この量……発生源はこっちか」
「通せんぼですわね」
「ご安心を、触手は除去します」
「任せますわ。対処法をよく見ておきたいですし」
マレイア辺境伯は後ろに下がり、ユウは触手の除去を始める。
まずは思考型魔法の武装現出を発動。
ヒートナイフを分解して、チェーンソーのような見た目をした武装──ヒートチェインソードを作り出す。
「動作チェック」
ユウは自身の腕部にヒートチェインソードを固定。安全装置を解除。稼働グリップを強く握り、動作チェックを行う。
動力の駆動に伴う爆発音並みの爆音。赤熱化するソーチェーン。黒煙が排気され、暴力的に回転する。
「き、奇怪な武器ですわ……」
マレイア辺境伯はヒートチェインソードの暴力的な動作に本能的な恐怖を覚えた。それと同時にユウが持つ能力に更に惹かれる。
「武装現出、精度よし」
ユウの能力が欲しいと言わんばかりのマレイア辺境伯の眼差し。
そんな物欲の眼差しにユウが気付くことはなく、ヒートチェインソードの動作チェックを終えた。
「やります。マレイア辺境伯は安全のため、下がっていてください」
「ええ、後ろでじっくり見ていますわ」
マレイア辺境伯の視線を浴びながら、ユウは通路を埋め尽くす触手の除去を実行。
ヒートチェインソードで爆音を鳴らしながら通路の触手を焼き切っていく。同時に氷魔法で切り落とした触手、壁の触手、全てを凍らせる。
そうやって焼き切ると凍らせるを繰り返す除去作業。
たったの五分で触手の除去を完了し、安全に歩いて通れる通路が完成した。
「除去が完了しました。急ぎましょう」
「さすがの手腕ですわ」
二人は通路を通って、次の触手の小部屋に到着。
再び凍らせながら小部屋に入っていく。
「勇者イサム、話の続きがあります」
「なんですか?」
「あなたをビス家に加える、という先ほどの話の続きですわ」
トレイルの捜索をしながら話が戻ってくる。
「なぜ俺なのですか?」
「理由はありますわ」
この場所にトレイルはいない。
トレイルの捜索も、マレイア辺境伯の話も続く。
「一つは純粋にあなたのような美男を家族に加えて、娘たちを喜ばせるため」
一つ目は母親らしい理由。
「二つ目は勇者を家族に加えて国民の求心力を得ること。ルゼン王亡き後を見据えた時、あなたの存在が必要になりますわ」
「まるでルセーレ王国の内戦を見据えた言い方ですね」
「ルゼン王は善人であっても賢人ではありませんわ。なにせ子供を作らず、ルセーレ王国の正当な後継者を用意していませんもの」
二つ目は貴族としての高度に政治的な理由。
「今でさえ権力争いの火種を抱えているのに、ルゼン王が亡くなったら権力を求めて内戦が必ず起きます」
「だから俺が必要と?」
「そうですわ。あなたのその力、勇者を家族に加えたことによる求心力、ワタクシが次期政権を握るために全てが必要になります」
二つ目の理由に隠れた真意。
マレイア辺境伯はルゼン王亡き後にルセーレ王国の政権を握ることを画策していた。
では政権を握る目的はなにか?
ユウは「目的は?」と素直に尋ねた。
「国のため、国民のためですわ。一部の身勝手な貴族に政権を取らせず、富と権力の独占を防ぐためにワタクシが政権を取るのです」
マレイア辺境伯から目的が話される。内容は至極真っ当だった。
「そして三つ目は、勇者様の子供が欲しいというのが理由ですわ♡」
三つ目の理由が言い放たれた。
二つ目が真っ当な代わりに、三つ目は直球な不純であった。
「俺と生殖行為をしたいと?」
「つ・ま・り、そういうことですわ♡」
男なら嬉しい誘惑であるが、ユウは三つ目の理由を聞いた途端に警戒した。
マナは体液や血液にも含まれる生体物質。つまり生殖行為もとい性行為で、他者へマナを流出してしまう。
「俺は辞退します」
「なぜ? ひょっとして娘たちの方をご希望でした?」
「俺の能力がこの世界に普及するのは危険だからです。きっと、マレイア辺境伯が望む展開にはなりませんよ」
マレイア辺境伯にどういう狙いがあるかはともかく、マナを広げる訳にいかない。
マナが戦争の火種と戦火の拡大に寄与することは、ユウの望みではなかった。
「……分かりましたわ。今回は諦めます」
「ご理解ありがとうございます。急ぎましょう」
ユウが脅しを含めた辞退を告げると、超えてはならない一線を察したマレイア辺境伯は大人しく引き下がった。
二人は家族という新たな関係にならず、まだ苗床となっているトレイルの救出を続ける。




