▽第9話 魔王の顔
王都ルクセフォンに行く準備を進めて、数十分後。
準備を終わらせた二人はいつもの格好で魔王城の外へと出ていた。
「行くぞ。王都に転移する」
「ちょっと待って」
ルーシーは振り返る。
「みんな、行ってくるねー! 留守番任せたから!」
魔王城に残る魔物たちに手を振った。
魔物たちも手を振り、もしくは頭や体を振り、これから王都に行く二人を見送る。
「よし、いいよ!」
「了解。転移を始める」
ユウはルーシーの手を握り、思考型の転移魔法でルーシーと共に転移開始。
次に二人が視界に映すのは王都ルクセフォンの街並み。あっという間に王都内に到着した。
「あ、勇者様!」
「あの娘の方はもう違うわよ。今は魔王なんだから」
「そ、そうだったわね」
周りから聞こえてくる会話。
ルーシーが魔王であること、それが既に王都内に広がっている。
周りに視線を移せば、不安が入り混じる市民たちと目が合う。その目には敵を見る時の感情が混ざっていた。
「ルーシー、俺だけを見ていろ。今は周りと目を合わせない方がいい」
「……大丈夫。アタシが魔王になったのは平和のためなんだから」
「強いな」
しかしルーシーは周りから敵のように見られても、周りと目を合わせ、胸を張って堂々とした。
ユウが思うよりも彼女は強かった。
「やぁ、元勇者のルーシーさん」
「んっ?」
そんな時、右手を背に隠した青年が声を掛けてくる。
「ルーシーさん、魔王になったんですよね?」
「そうだけど」
「魔王に人権はありますか?」
「え、あるに決まってるじゃん」
「ある訳ないだろう、敵なんかに!」
「!?」
それまで丁寧に話していた青年がチンピラに豹変。背に隠された右手が出てきた。
右手に握られているのは短剣。ルーシーに短剣の切っ先を向けて走り迫る。
「僕は勇者になる!」
「やめろ」
「邪魔だ!」
ルーシーと青年の間にユウが割り込んだ。
短剣が突き出される。
その瞬間にユウは最低限の動きだけで素早く回避。そのまま刃が体の横を通り過ぎたところで相手の袖と襟を掴み、柔道の技の一つ──大外刈りを繰り出した。
「ぐぁあっ!」
相手は倒れた。
その右手に短剣を持ったままでも振るうことは出来ない。ユウが右手を掴んで離さないからである。
「クソぅ……!」
「武器を捨てろ」
「僕は魔王を下して勇者になる! 誰が武器を捨てるか!」
「では、自衛のためにこの右手を切断。速やかに無力化する」
「やってみろよ! 一般市民を傷付けて勇者を名乗れるのかよ!」
相手は強気。人を守るはずの存在である勇者の弱みに付け込もうとしている。
だから警告を告げても聞く耳を持たない。
「了解した、右手を切断する」
「へっ?」
聞く耳がないのなら実力行使に移す。
ユウはマナを制御、消費して身体強化。怪力となって相手の右手を引きちぎり、切断を実行した。
「があぁぁぁぁぁぁぁっ!」
耐えがたい痛みに叫ぶ青年。地面に落ちる短剣を持ったままの右手。切断面から溢れ出てくる鮮血。
周りの市民は青年の奇行よりも暴力で圧倒するユウに戦慄した。
「ユウ君」
ルーシーの呼び声。
反応して、心配そうな彼女の顔を目に映す。
「それ以上はダメ」
「俺はこれで勇者の名を捨てることになっても構わない」
ルーシーの目には魔王を連想させるほどに冷酷な顔のユウが映った。
「そういうことじゃない。その人がかわいそうだから、やめてあげて」
「……了解した」
これ以上の暴力を止めて、ユウは治療に入る。
思考型魔法による治療。相手の右手を元に戻すことはせず、痛覚の遮断と切断面を塞ぐのみに限定。止血が出来たことで命に危険はなくなる。
「治療完了。今すぐ立ち去れ」
「く、くそ……」
青年は落ちた右手を置きっぱなしにして足早に立ち去った。
周りの市民も立ち去っていく。
「障害はなくなった。行くぞ」
「う、うん」
ユウとルーシーもこの場を立ち去る。
再びの王城へと向かい、ルゼン王に会いに行く。




