第2話 落ちても思いは上昇中!
「……さて、これからどうしましょう」
私室に戻った私は、「ルシウス殿下陥落大作戦」についてを考えていた。
「エマ。何かいい案は無い?」
「え゛ぇっ!? わ、私ですかぁ!?」
人差し指を自分に突き刺してエマは狼狽している。
「そもそも、リリアーナ様は策があって条件をお出ししたんじゃないんですかぁ!?」
「ふふん。ノープランこそ、チャンスを最大化する黄金律よ」
「そんなの初耳ですぅ〜!!」
ため息混じりに嘆くエマを横目に、私はドレスの裾を払って立ち上がる。
「でも、殿下に"ガチ恋"させるには、やはり日常の中で特別な私を見せる必要があるわ。つまり──『ときめきイベント』が必要ね」
破天荒令嬢は殿下の婚約破棄を破棄します!
第2話 落ちても思いは上昇中!
「ときめき……イベント……?」
エマは何を言っているのかさっぱりって感じで私を見つめてくる。仕方ない、そこまで気になるなら説明してあげようじゃない。
「そう、いわゆるラブコメのお約束イベント! 落とし物拾いからの手が触れ合うやつとか、悪党から助けられてドキッとするやつとか!」
私の算段だと、あの王太子は恋愛経験が皆無。だから、少女漫画のような展開を意図的に起こしまくれば、私の事を段々意識していって、気づいたら私の可愛さに魅了されてしまうって訳。ふふん、やっぱり私は天才ね。
「えっ、えっ、それってルシウス殿下がリリアーナ様を助けてくれるって意味ですよね!?どうするんですかぁそんなのぉ〜!!」
「まあまあ、落ち着いて聞きなさいな。そこで"自作自演ヒロイン大作戦"の出番よ!」
我ながら完璧過ぎる作戦に、腰に両手を当て、自信満々な表情で宣言する。
「いやぁぁ〜!またよく分からない作戦が出てきましたぁ〜!!」
翌日、その日に行う作戦の振り返りをしつつ、エマと馬車で学園へ向かっていた。
「エマ。今日の作戦は分かっているわね?」
エマに今日やる作戦を確認する。
「ええっと、今日の作戦は……」
エマは、もはや観念したような顔で作戦内容を復唱する。
「リリアーナ様が"あえて"階段で転んで、通りかかったルシウス殿下に受け止めてもらい──『きゃっ……あ、ありがとう、ルシウス様』ってなる、いわゆる"お姫様キャッチ大作戦"ですぅ……」
「その通りよ、エマ! しかも、転び方にもこだわりがあるの。風属性魔法でスカートをふわりと揺らし、私の後ろに光を当てて後光が差す演出を入れるの。まるで乙女ゲームのイベントCGを再現する感じで!!」
「後光!? 転ぶだけじゃダメなんですかぁ〜!?」
エマが早速異議を唱えるけれど、そんなものは通すわけが無い。なぜなら、こっちには明確な根拠があるのだから。
「駄目よ。視覚に訴えてこそ、恋は芽生えるものなの。ちなみに、転んだ後の台詞はもう決めてあるの。“あ……支えてくれて、ありがとう……ルシウス様”って、甘い声で!」
「うわぁ〜……もうこの時点で私の胃がきりきりしますぅ……」
そんなこんなで、とうとうその時が来てしまった。時間は昼、教室から食堂へと向かう上り階段を、授業が終わって直ぐに利用するらしいけど……。
「エマ、本当にここに来るの?」
「え、えぇ。間違いありません〜。私が調べたところによると、ルシウス殿下は毎日こちらのルートを使って食堂へと向かうみたいですぅ〜」
まあ、エマが言うのなら、間違いないのだろう。彼女はこんなにドジっ子ぽそうな感じなのに、仕事に関しては完璧以上にこなすタイプですしおすし。
「よし、そうしたら、予定通りの作戦で行くわよ。いい? ルシウス殿下らしき人影が階段を登ってきたら、私の後ろから光を出して頂戴。そのタイミングで私も殿下に向かってわざと転ぶわ」
そんなこんなしていたら、階段の曲がり角から殿下が出てくるのを確認。階段を登り始めた辺りで、小声でエマに指示を出す。
「エマ、今よ!」
「は、はいっ!」
エマが返事をした瞬間、私の後ろから光が照らされる。そして、それと同時に風魔法を自分の後ろから当てて準備完了。よし、後はルシウス殿下に向かって落ちるだけだ!
(ここで1発かまして、ルシウス殿下の心をドキドキさせてやるんだから! ……よし、今ね!)
「キャッ! ……え?」
少しだけ勢いをつけて転ぶはずが、自分に掛けた風魔法が悪さをしてしまい、殿下を上を通り過ぎて下の階まで急降下してしまう。
まずい……このままだと確実に大怪我をしてしまう……
怪我を覚悟して目を瞑った瞬間、誰かが自分の身体を支えてくれた感触がした。
「……おい、何をやっているんだ、お前は!」
「……ぁ、ルシウス殿下……」
私が頭上を超えてしまったハズの殿下が、何故か私の身体を支えている。
「あと少し私の反応が遅れていたら、お前は大怪我をする所だったんだぞ。」
「そ、そうですわね。申し訳ありませんわ……」
助かった……危うくちゃんとした事故になる所だった。
ルシウス殿下はリリアーナの身体をしっかりと支えたまま、鋭い視線を向けてくる。
「……全く、何を考えているんだ。危険すぎる。階段で風魔法を使い飛ぼうとするなんて……貴族の娘としても、淑女としても、軽率すぎるだろう」
叱られているのに、心臓がドキドキしてしまうのは何故だろう。怒っているのに、こんなにも優しい手つきで支えてくれているから?
────ちがう、これは想定外! 本来なら、もっとロマンチックな流れに持っていく予定だったのに!
でも、ここで挽回しなければ!
私は少しだけ唇を噛んでから、ふと小さく微笑んで、言葉を返す。
「……でも、殿下が助けてくださったおかげで、私は無事でしたわ。ありがとうございます、ルシウス様」
そして、少しだけ頬を赤らめてみせる。もちろん演技だけれど、私の乙女ゲーム知識を総動員した、完璧な「惚れさせ台詞」だ。
ルシウス殿下は、一瞬だけ目を見開く。
────よし、効いてる。
しかし彼はすぐにいつもの仏頂面に戻って、そっぽを向いた。
「……気をつけろ」
そう言って、そっと私の手を離す。
……あれ? なんだかちょっと、耳が赤かったような……?
「リリアーナ様ぁ〜! ご無事ですかぁ〜!!」
階段の上からエマが駆け下りてくる。私を心配するその顔は、明らかに胃痛持ちのそれだ。
「ええ、大丈夫よエマ。ちゃんと────助けてもらったわ」
そう、予定とはちょっとズレたけれど、私はルシウス殿下に抱きとめられて、さらに感謝の言葉まで伝えられた。
これはもう、イベントCG確定ルートと言っても過言ではない。
(ふふっ、次はもっと自然にドキドキさせてあげるわよ、殿下!)
リリアーナは次の作戦に思いを馳せ、ほのかに頬を紅く染めたまま立ち上がるのだった。