第7話 バスの異変――「デス畳からは逃げられない」
一方、別荘のなかへ搬入していた荷物をバスに積みこむべく、二階の部屋へと向かったメンバーのひとり、“逃げ腰”がさけぶ。
「なんだよアイツ、生きるか死ぬかってときにかっこつけてんじゃねぇっつーの! 早く、早く逃げようぜ。なんならおれたちだけでも……」
「ケヘッ、あいつらが出てきた瞬間にバスを出発させたら、さぞ絶望の表情が見れるだろうなぁ……おれァ想像しただけで絶頂しちまいそうだよ……」
「おまえらふざけんなよ! この“中型免許”の中型免許なしに出発できると思うな。あいつらを待って、いっしょに脱出するんだからな!」
キリッとした顔でさとす“中型免許”に、“逃げ腰”は「ケッ!」という声を吐いて自分の荷物だけをもって出ていった。
“ゲス野郎”は「ヘイヘイみなさまご立派でござぁますね……」と嘲笑をもらしつつ一応ふたり分の荷物をもっていく。
“中型免許”は背なかに2つかかえたあと、右手には自分のリュック、左手には“カタブツ”のリュックを手にとりながら、「ほんとに……無事にバスまで来なきゃゆるさねぇぞ……」とひとりつぶやく。
すると、
「ウウウワァァァァァ!!」
という“びびり八段”の悲鳴が階下からひびいた。
“中型免許”はおどろき、急いで向かう。
「どうした、“びびり八段”!」
そう“中型免許”がさけぶと、天井にまでとどこうかという高さの観葉植物のワサワサ音にびびった“びびり八段”が廊下で腰をぬかしているところであった。
残像が見えるほどのスピードでひざがふるえ、地震かと錯覚させる揺れさえ生じている。
駆けつけた“中型免許”に、しがみついて“びびり八段”はヒンヒンと泣いた。
「おれぁ……おれぁよ……デス畳がおれを殺すためにやってきたんじゃないかと思ってぇ……こわくってぇ……」
デス畳の幻像におびえる“びびり八段”に安堵の息をもらしつつ、“中型免許”はノドの奥まであがってきた「バカ」ということばを、そのおびえようを見てひかえたようでもあり、ポンポンとおだやかにその背をたたいた。
「デス畳がこんなところまで来るはずないだろ、あいつらが“ふくよかな尻”ともどってきたら、とにかくすぐここを出よう」
やがて落ちついた“びびり八段”とともに、ふたりで別荘のそとへと出ると、ときはすでに夕方で斜陽があたりを照らしていた。
森の木々とともに、彼らがのってきたバスもオレンジ色にそめられているのだが、そのバスのまわりに不自然な人だかりができている。
コソコソと、「そんな……」「もう終わりだ……」という絶望の色を帯びたささやきや、すすり泣きがもれきこえた。
「なんだ、どうしたんだ?」
そう、“中型免許”が声をかけながら近づくと、人垣が割れ、おそるべき事態がその姿をあらわす――
脱出のたよりとなるべき中型バスが、何者かによって、破壊されていたのだ。
破壊された箇所へ目を転じると、エンジンがあったはずの部位が、巨大なワニの怪獣に噛みちぎられでもしたように、深くえぐられてしまっている……
「エンジンが、なんで……」
バスのカギを手にし、呆然とつぶやく“中型免許”だったが、猛烈ないきおいで“逃げ腰”が寄ってくると、
「か、貸せ!」
とそのカギをうばう。
運転席まで走り、ふるえる手で何度も入れちがえながらカギをさしこみ、まわす。
バスのエンジンは、平時のブルルンといううなり声をまったくあげることなく、ただ無反応に沈黙するばかりだ。
「くそ、動けよ、動けよォォォ!」
“逃げ腰”が腹立ちをぶつけるように、ハンドルを強くたたくが、やはりバスは動く気配を見せない。
「ウウウワァァァァァ!! 逃げられない、デス畳からは逃げられないんだぁぁぁ」
“びびり八段”が絶叫しながら、もっていた荷物を地面に捨て、きびすをかえして別荘のなかへと逃げてゆく。
“中型免許”の手からも、ドサリと、リュックが落ちた。
時雨のごとく降るセミの声が、だれかがもらした嗚咽を、あざけるようにかき消す。




