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第6話 『勇気の量は玉袋に比例する』


 “ヤニカス”は、いついかなるときでもタバコを吸おうとし、文字どおりよく煙たがられている男である。

 彼は「愛煙家(あいえんか)にはまっこと住みにくい時代でんな」と慨嘆(がいたん)しつつ、電子タバコをすすめられても「火がつかんことにはな、タバコというものを吸ったことにはならしまへんのや」と(がん)としておのれの信念を曲げない(ごう)(もの)であった。

 なお、埼玉生まれ千葉育ちであり、関西弁らしきものをしゃべっているのはキャラづくりの一環にすぎないのだが、そういうところも煙たがられている原因のひとつであることに本人はおそらく気づいていない。


 “ヤニカス”はここぞとばかりに8本ものタバコを口にくわえ、一挙に火をつけた。

 近くにいた“可憐”がゴッホゴッホとむせる。

 “ヤニカス”は恍惚(こうこつ)とした表情で煙を味わったあと、言った。


「ワイが戦端(せんたん)をひらいたる。おどれらのうち、だれか勇気あるモンがおったら、そのスキに“ふくよかな尻”ちゃんを助けたらええがな」


「……では、ぼくが行こう」


 “ヤニカス”の提案ののち、自分が行って無惨(むざん)にデス畳に()われるさまを思い浮かべたのか一瞬だれもがシンとしずまったあと、つむっていた目をカッとひらいて“カタブツ”が応じる。

 その声を受け、別の男もまえに進み出た。


「人ひとりかつぎあげるのはカンタンじゃない。おれも行くよ」


「“中型免許”……! 心強いが、キミはダメだ。キミが死んだら、だれがここを逃げるときにバスを運転するんだ! 中型免許をもってるのはキミしかいないんだぞ。道路交通法違反になってしまう」


「おい“カタブツ”! そんなカタいこと言ってる場合じゃないだろ。オートマだから、車の免許さえもってればだれでもある程度は運転できる。こんな非常事態だ、ここから逃げ出すだけならだれだって……」


「いや、ダメだ!」


 “カタブツ”がぐいと、現場仕事で鍛えあげられたガタイをもつ“中型免許”の肩をつかんだかと思うと、小声になってささやいた。


「……“ふくよかな尻”を助ける過程で、ぼくがデス畳に喰われて死ぬ可能性は……おそらく高い。そのあと、冷静な判断ができる人はきっとそう多くはないだろう。ぼくの判断が常に正しいだなんて思っちゃいないが、判断をするときに冷静である必要はあるはずだ。悲惨な状況になったときに冷静さを保てるのは、キミのほかは、おそらくひとりいるかどうかだ。コトは運転だけの問題じゃないんだ」


 デス畳に殺されることをも覚悟した“カタブツ”のひとみに炎がゆらめき、熱くかがやいている。


「“カタブツ”……」


「ボ、ボクも行く……」


 そのあとこう挙手をしたのは、“玉袋デカ男”である。

 それを見た“太鼓持ち”が(はや)す。


「よっ、『勇気の量は玉袋に比例する』ってことわざはほんとだな! おまえ、“ふくよかな尻”に惚れてたもんなぁ!」


「バ、バカ、そんなんじゃないよ……!」


 あわてて“玉袋デカ男”は反論するが、真っ赤になった顔色が(あん)にそのことを肯定(こうてい)していた。

 だれかの「そんなことわざある?」「あるわけねぇだろ」という会話がかすかに漂ったが、そこで“カタブツ”が口をひらきかけたところで、


「わたくしも行きますわ」


 と、“お嬢さま”がゆらりと立ちあがりながら言った。

 “可憐”がとめる。


「“お嬢さま”……! そんなにふるえたからだで、ムリだよ!」


「いえ、これはわたくしの責任……。わたくしの命に代えても、“ふくよかな尻”さまはお助けしてみせますわ」


 “カタブツ”はとめようか迷うもののように見えたが、“お嬢さま”の眼光(がんこう)にたたえられた決意の強さを見てとり、うなずいた。


「わかった。四畳半の和室で広くないし、あまり大勢で行っても身動きがとれないだろうから、ぼく、“玉袋デカ男”、“お嬢さま”の3人で行こう。“ヤニカス”にデス畳の気を引いてもらっているうちに、急いで奥にいる“ふくよかな尻”を助け出すんだ。しかし“お嬢さま”、キミの命に代える必要はない。残ったみんなで生きてここを出るんだ。いいね?」


「……! はい!」


「とはいっても、相手はデス畳。不測の事態が起きないともかぎらない。腕におぼえのある何人かは、ひかえておいてくれると助かる。そのほかのみんなは、荷物を積んでバスで出発する準備をしておいてくれ。“ふくよかな尻”を連れてくることができたら、すぐに出よう。“中型免許”……頼んだ」


「くそ、“カタブツ”、おれが大型免許を取るまでに死にやがったらゆるさねぇからな!」


「では拙者はここでひかえておこう……浮世(うきよ)のしがらみにとらわれてやむなく(さん)じた合宿ではあったけれど、まさかかような腕試しの機会がおとずれるとはな……」


「“剣豪”……! ああ、なにかあったときはキミにお願いするよ」


 “剣豪”は、腰にさした日本刀のツバを、血に飢える獣の()(ごえ)のごとくチャキリと鳴らしてみせた。

 まぎれもなく銃刀法違反であり、一人称が拙者だし剣豪も自称なのでちょっとこわく、“カタブツ”以外のサークルメンバーからは距離を置かれている。なぜ今回の合宿に参加したのかもよくわかっていない。


 ――だれも誘っていないのである。


 “カタブツ”は何度か「キミに遵法(じゅんぽう)精神はないのかッ!」とやり合ったことがあるのだが、今回ばかりは目をつぶって頼ることとしたようだ。


「よし、じゃあ行こう」


 と、方針が決まったところで、「た、助けて……!」という悲鳴がかすかに和室からもれきこえてくる。

 急ぎ引き戸をあけた一同は、思わぬ光景にことばを失った。


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