表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/56

第3話 混沌を鎮めし者、“マナー講師”


「う、う、うわぁぁぁぁぁ!」


 サークルの一同は、パニックを起こしていた。

 たしかにわるふざけから、『B級ホラーで殺人事件が起きるような山奥の小屋に泊まってみたい』という要望を出しはしたもの、「自分がぜったいに安全な状況」にあればこそそうしたネタを楽しめるのであって、まさか目のまえで仲間にこのような惨事(さんじ)がおとずれるとは、まったく想像のそとであった。


「みんな、落ちついて!」


 そこへひとすじの雷霆(らいてい)のごとき、鋭い声が一同を大喝(だいかつ)した。


 ――“マナー講師”である。


「こういうときにパニックになってさわぎ立てるのは、マナー違反よ。冷静沈着にマナーをまもれば、今なにをするべきか、わかるはずだわ……」


 くちびるのまえへ指を一本立て、一同を見事におさめてみせる。


「さすが、“マナー講師”だぜ!」


 こう(はや)したのは“太鼓持(たいこも)ち”である。

 彼はその福々(ふくぶく)しい太鼓腹(たいこばら)と声でだれにでも「さすが」と言うが、言われてみると案外わるい気はしない。


「あっ、“ふくよかな尻”……!」


 そのときだれかが気づいたようで、息をのみつつも悲鳴をあげる。

 そう、和室の奥には“調子のり”とともに入った女性メンバー“ふくよかな尻”がいて、奥の畳の一枚に尻をついていたのだ。

 あまりの凶事(きょうじ)に失神し、もらしてしまったらしく、畳の中央がぬれて変色してゆく。


 アッ、そんな粗相(そそう)をしては彼女もまた無惨(むざん)に殺されてしまうのでは……といういやな(ヽヽヽ)想像が一同の頭をよぎったが、突如として命をうばわれてしまったふたりとは異なり、“ふくよかな尻”に畳がおそいかかる気配(けはい)はない。


「タミ、タミ……」


 と満ち足りたようにつぶやき、畳は先ほどかっぴらいていた目をスッと閉じる。

 その姿は、どんなに注意されても満腹になってすぐにリビングで寝てしまうお父さんを彷彿(ほうふつ)とさせた。


「あの畳、相手の発言はしっかり受けとるのがマナーだから、ひとまず呼称(こしょう)は『デス畳』を(もち)いましょう。デス畳氏のあの様子から、マナーを基準として考えると、答えはひとつだわ」


 “マナー講師”はどこから出したのか伸縮式の細長い指示棒を凛然(りんぜん)と立てると、みなを落ちつかせながら朗々(ろうろう)()く。


「マナー違反よ。デス畳氏がやむなく感情的になってしまうほどのマナー違反があったこと……みんなはわかった? 日ごろからマナーを意識していれば、決してしなかったはずの悲しいあやまち……。“調子のり”氏がおかした命よりも重いソレ(ヽヽ)は、そう――」


 “マナー講師”はピシャリとおのれのてのひらを指示棒で叩き、一同の気をひきしめたのち、こう断言した。


「畳のヘリを、踏んでしまったことよ」


 “カタブツ”は「そうかなぁ」と首をかしげたが、


「さすが“マナー講師”だぜ!」

 という“太鼓持ち”の声、また、


「なるほど、たしかに畳のヘリ、つまりあの端につけられている帯のような部分を踏むことは古来よりマナー違反とされていたはず……! 武家では相手に対する侮辱になるという見解もありましたし、それでデス畳が激怒しおそいかかってきたということですね」

 という“わけ知り顔”のメガネをクイッとあげながらの解説、


「ウウウワァァァァァ畳のヘリィィィィ!!」

 という“びびり八段”の悲鳴、などにかき消されて余人(よじん)にとどいた様子はなかった。


「いま助けに行くわ、“ふくよかな尻”氏!」


 “マナー講師”はそう絶叫すると、閉まりきっていない引き戸のドアを3回ノックしたのち、「このケースでは、相手から返事がきようはずはないからしかたないわね……」と自己正当化しつつ「失礼いたします!」と再度絶叫、深く一礼。つまり語先後礼(ごせんごれい)のマナーを遵守(じゅんしゅ)しつつ部屋へと突入した。


 “マナー講師”が、慎重に、けれどどこか優美(ゆうび)さをもって舞うように畳の中心へと足をつけ、まずはデス畳の上で正座をしてみせる。


 ――なにも起きない。


 それを確認すると、“マナー講師”は上半身をクルリとねじり、莞然(かんぜん)とほほえんだ。


「ほら、マナーをまもれば、どんな相手とだってわかり合える」


 と歌うように一同へ告げた瞬間、デス畳もまた、その大きな(まなこ)をニッコリとやわらげたかのようにも見えたが――


 バグンッ


 と、容赦なくひとくちで喰われた。

 ビチャリと“マナー講師”の血が、45度の角度で端然(たんぜん)と深くお辞儀をしているシルエット(がた)飛散(ひさん)する。


「ウワ、ウワ、ウワァァァァァマナー関係ないじゃんんんんん!!」


 “びびり八段”がこうさけび、一方で“わけ知り顔”が「はわ、わ、はわぁわわわ」と奇怪(きかい)な悲鳴で腰をぬかしたのち、「そうか、デス畳は、通常の畳とは異なるということですね……!」とメガネをクイッとあげるなどし、ほとんどの人間は狼狽(ろうばい)をさらす。

 そんななか――


「いや、どんなに凶暴でも畳は畳だろ。オレっちにまかせとけっつーの」


 こう言いながら、ズズイと前へ出てくるものがあった。

 “カタブツ”は彼を視認(しにん)し、たのもしそうにその名をさけぶ。


「“不用品回収業者”……!」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ