第24話 “カタブツ”の太もも大演説
「“カタブツ”さま、こちらへ!」
“お嬢さま”のその声でわれにかえった“カタブツ”は、あわてて床を蹴り、部屋のドアへとむかう。
まにあうか――
そうしているあいだも、扉は〈ピッ、ピッ〉という電子音をやむことなく発している。
しかしその電子音の間隔はやがて早まってゆき、“カタブツ”が手をさしのべる“お嬢さま”のもとへと必死にジャンプして飛びついたときには、〈ピピピピピピピピピ〉と連続する甲高い警告音のごときものへと変わっていた。
〈ピ――――――――〉
ひときわ高い電子音が部屋中に鳴りひびいたそのとき――
〈認証完了。カギが解除されました〉
という機械音声が流れた。
「な、な、なんというまぎらわしい……」
“わけ知り顔”が憤然と、しかし緊張をゆるませながらうめく。
「ほんと、爆発じゃなくてよかったね……」
と心底ほっとしたように“可憐”が息をつくが、すぐに「あら」とおどろきの声をあげた。
のばした手でジャンプした“カタブツ”をつかむや、廊下へと思いきりひっぱった“お嬢さま”だったが、その勢いあまってふたりはヒモがからまったように抱き合う状態となっていたのだった。
「す、す、すまない“お嬢さま”!!」
思わずさけんで“カタブツ”が飛びのこうとするが、ちょうど足もからみ合っていてうまく立てない。
それでもむりやり立ちあがろうとすると、“お嬢さま”の長いスカートがずるりとめくれ、そのむっちりとした太ももがあらわになってしまった。
「ギィヤァー!!」
それまで「ひ、非常時ですので……」と赤面しつつもどうにか平静をたもっていた“お嬢さま”だったが、太ももがまろび出た瞬間感情が爆裂してしまったものらしく、日ごろのおしとやかさをぶん投げて獣のごとき吠え声を発した。
どうにかふたりが離れると、“お嬢さま”ははぁはぁと息を乱し、スカートを必死にふくらはぎのあたりでおさえつける。
「しょ、少々鍛えておりますので、太ましくて……。もっとほそくて、スラリとしたおみ足でしたら恥ずかしくなかったのですけれども、たいへんお見ぐるしいものを、お見せいたしまして……」
どうやら太ももにコンプレックスがあったもののようで、沸き立つ羞恥にほおを濃く赤く染めあげて顔をあげることができずにいる。
“カタブツ”は太ももを目にした瞬間電撃にうたれたように固まっていたが、“お嬢さま”のつぶやきを聞くや「見ぐるしいもの……?」と茫然自失にくり返したあと、卒然こぶしを固くにぎりしめて、
「太ももはッ、太いからッ、太ももというんだッ!」
と天に届けとばかりに大絶叫した。
「太ももという人間の第一級品に属する部位を、神がもしも、万一、ほそくあるべきものとしてつくりたもうたとしたら、人類はその意図も汲まずして〈太もも〉などという名まえをつけるものだろうか? 否ッ! 断じて否であるッ! いやもちろんほそい太ももを帯びし人、そしてそれを好む人のことを否定するつもりは毛頭ない。だが、あの太もものむっちり感こそが至高、芸術あるいは美というもののひとつの到達点であることは、疑いようもないひとつの〈真実〉なんだ。諸君も西洋絵画や彫刻の裸婦を見たことがあるだろう……あれらの多くが神々しきむっちりをその画面に、その表面に宿らしめていることが、それが真実であることのゆるぎない証左ではないだろうかッ! “お嬢さま”、キミは『お見ぐるしいもの』をと言った。おそらく、それは単なる謙遜ではなく、キミの理想からは外れていて、それを恥ずかしく思っている、ということなんだろう。その認識は、どこまでいこうが他人にすぎない(それを歯がゆく思うこともある)ぼくにはもちろん軽々に否定することなんてできない。だがッ! それでもッ! せめて、ぼくの思いだけは伝えさせてくれ。キミの太ももを拝見した際に、ぼくの胸の〈真実〉からまろびいでた感情は『筆舌つくしがたき美との邂逅』をはたしたときのそれだったんだッ! すばらしい芸術作品を目にしたときとまったくたがわぬ、一片のにごりもない感謝、祈り、崇拝がそこにはあった……“お嬢さま”。キミに助けてもらったあげく、たまさか見てしまった身の上で、キミの恥じらいのもととなっている身体的特徴に言及するだなんて下劣きわまることも、もちろん理解している。だがッ! それでもッ! これだけは言わせてほしい。すばらしい、すばらしいむっちり感だった……ぼくの理想は、ここにあったんだ……」
熱弁しはじめたばかりか最後には感きわまってひとすじの涙さえ流した“カタブツ”を、一同はポカンとなにも言えずに見あげるばかりであった。
しばしの静寂ののち、“カタブツ”は放出された魂が徐々におのれのからだへともどってきたようで、ようやくそのことにハッと気がつくと、
「すすすすすすまない。ぼくは、なにを、口走っているんだ……。いや、悪魔の! デス畳を生んだ悪魔のしわざなんじゃないだろうかそんなものが存在するのかは不明だが、“お嬢さま”が気にしていたようだから少しでもフォローできないかと考えただけで、ぼくは、そんな悪意があったわけじゃなくていや下劣であったことは認めるけれども……」
としどろもどろ、かつ支離滅裂な弁明をしはじめる。
そのあまりにも狼狽したようすを見て、ぷっと“お嬢さま”たちが吹き出した。
「ふふ、ふふふふフォローという言葉ではおさまりきらない熱情があるもののようにも見受けられましたけれど……ありがとうございます。悪意がないことは、伝わりました。でも“カタブツ”さま、たとえ肯定の意味であろうと、女性の、いえ他者の身体のことを安易に言及してはいけませんよ。せめてそういうことは、ふ、ふふふふたりの関係ができあがってから、ほかにだれもいない、ふふふたりきりのときに、そっとほめ伝えるものです……」
「し、信頼関係とTPOが大事だということだな! そそそのとおりだ。申しわけなかった」
「なるほどなるほど……“カタブツ”さんは熱心な太ももフェチであると……これはこの“わけ知り顔”秘蔵の『わけ知りメモ』に追加しておかねばなりませんね……」
「やめるんだ“わけ知り顔”! 頼むから忘れてくれ!」
爆発への危惧という極度の緊張が緩和したためか、一同はわちゃわちゃとさわぐ。ミニ畳も、それぞれの顔を見ながらなぜかフリフリとおどった。
が、ひとり、遠巻きにながめていた“可憐”が、
「あのぅ、そろそろ、地下に……」
という声を発した。
「たしかに、たしかにそうだな! みんなッ! ひとまず地下へおりよう」
それを受け、なにかをごまかすように不必要に声をはりあげる“カタブツ”。
その勢いのままガコンと床の扉をもちあげると、なかから地下へとつながる階段があらわれた。
「さ、さあ行こうか!」
と告げた“カタブツ”のそばへ、少しの思案顔のあと、つつつと“可憐”が寄ってきて、余人には聞こえない声量でささやく。
「ね、“カタブツ”くん……なにかあったら、私のこと、まもってね」
「も、もちろんだ! ぼくはサークルのみんなのことを、まもってみせる太ももがあろうとなかろうといやないってことはないかミニ畳ぐらいかダハハさあ行こう!」
とひきつづき論理性を失いつつ、“カタブツ”がカチコチとひと昔前のロボットのごときぎこちない動きで、先頭に立って地下へとおりていく。
それを見とどけ、“わけ知り顔”たちに先をゆずった“可憐”は、おりる間際、スカートをはためかせて布越しに自分の足をじっと見た。
じまんの、日々の節制と運動の結晶であるほそい足。
思案をめぐらせ、それを振りはらうように、手間と時間をかけてつやをまとわせた長い黒髪をかきあげると、かれんなしぐさで一歩ずつ階段をくだってゆく。




