第15話 “悪魔ばらい”死す
〈あなたが誰かはわからないが、この紙を見ているということは、おそらくあの怪物が目ざめてしまったということだろう。
私は、この館の主である。いや、「主であった男」というべきか。
長く語ることはできないが、あなたがあの怪物を撃滅せしめたいと願うのであれば、私が力になろう。正確には、私が開発した兵器が、その一助となってくれるであろう。
地下で待っている。ただし、あなたが私の本願を成就するに足る人間であればの話だが……。危険を、試練を乗り越え、地下へたどりつき「書物」を手にしろ〉
手にとった“カタブツ”が手紙の内容を読みあげると、一同はざわついた。
“わけ知り顔”が、メガネをクイッとあげる。
「怪物というのは、いうまでもなくデス畳のことと考えられます。主のほうは、“お嬢さま”が言っていたこの洋館の前所有者である発明家、でしたか。その方のことですかね……」
「あっ! 少々おまちくださいまし」
“お嬢さま”が声をあげ、“カタブツ”のもつ紙の裏に、小さくなにかが書いてあるのを見つける。
「これは……間取り図ではございませんか? 一階という記載と、バッテンがついているのが地下への入口だとすると……これはキッチンですかしら。キッチンに地下への入口が……?」
「うーむ、わからないことだらけだが、打つ手のない現状をかんがみると、この『兵器』とやらに頼るほかないだろう。しかし『危険・試練』という書きぶりが気になるな……。地下の広さもわからないし、万が一の事態があり、全滅してしまうのは避けたい。デス畳の動きも気になる。地下へ向かうチームと、デス畳の動向をさぐるチームとで分かれるのはどうだろうか。動向をさぐるといっても、交代制にして、リビングの一番はなれたところから見ているだけでいい。いかに空を飛べてもあの図体だ。おそらく室内ではそこまで機敏に動きまわれないだろう。もしもデス畳に動きがあればすぐに逃げて、ほかのメンバーに知らせてほしい」
そうした話し合いの結果、“カタブツ”、“お嬢さま”、“可憐”、“わけ知り顔”の4人(加えてミニ畳)が地下を探索することとなった。
しかし、“カタブツ”の提案はあくまでいちメンバーのものにすぎず、全員が賛成したとはいえない。
すみのほうでもじもじとしていた男性“不沈艦”と、そのとなりでギラリと獣の目をしていた女性“女豹”とが、ズズイと進み出た。
「みんな、申しわけないけど、ぼくらに助かるすべはないと思っている。なら、最期は自分の好きなようにすごしたい……」
“わけ知り顔”がおどろいた顔でメガネをクイッとあげる。
「あの、『三日三晩いたそうとも萎えることなし』とまでいわれた“不沈艦”さんが、最後にしたいこととは……」
“不沈艦”と“女豹”とは、顔を見あわせ、たがいにほほえんだ。
“女豹”が“不沈艦”にしなだれかかりながらささやく。
「そんなの、ワインがあったら裸体にぶっかけてメンズにすすってもらうぐらいあたり前のことじゃない? 身をも滅ぼす情愛よ」
「ぼくは、『死ぬときは腹上死で』って、11歳で初体験したときから決めてたんだ。ただ三日三晩したときも難しかったからあきらめてたんだけど、こんな状況になってしまったし、せめて死ぬその瞬間まで肉欲におぼれていたいなって……」
「失礼ながら……おふたりは恋人でしたか? たしかそれぞれ別のお相手がいたのではないかと……」
「ナンセンスな質問ね。あなたとはファックできなそう。たがいを信じ、いつくしみ、愛の海におぼれられるかどうか。大切なのはそれだけよ」
「みんなのじゃまになってはいけないから、バスのなかを借りようと思うんだ。もう使いものにならないから、かまわないでしょう?」
「混ざりたい人は、いつでもウェルカムよ。アタシたちのスピードについてこれるなら、だけど」
そう妖しげな笑みを残し、ふたりはバスの中へと消えていった。
ほどなくして「オーイエス!」「カモンカモンカモン」「グレイトファッキンピストン」といった絶頂のおたけびがきこえ、「欧米風なんだ」というだれかのささやきだけが室内にただよった。
そうしたとき、“カタブツ”はふと、すみのほうで肩をふるわせている男に気がつく。
「どうした、“AVソムリエ”」
すすり泣いている男――“AVソムリエ”が、涙や鼻水をたらしながら“カタブツ”にすがりついた。
「“カタブツ”ぅ……おれ、おれぁ死にたくねぇよ……おれには、おれにはよ、生きて、生きのびてやらなくちゃいけないことが、あるんだ……」
“AVソムリエ”のひとみの奥底には、「これを果たさずば果てられぬ」という崇高なる使命感によってきらめくかがり火があった。
“カタブツ”はそっと、その肩に手を置く。
「ああ、みんなで、生きて帰ろう……! “AVソムリエ”、キミはデス畳の様子を見ていてくれ。なにかあったら、いの一番に逃げていい。それでみんなに知らせてほしい」
「でも、リビングにいるなんて、危険じゃねぇかなぁ……? おれもおまえらといっしょに行ったほうがいいんじゃ……」
「うむ……しかし、ここはデス畳がいる洋館だ。手紙の『危険』という文字も気になるし、デス畳のような新たな脅威が発生しないともかぎらない。それでもかまわなければメンバーの入れ替えをするが……どうだ?」
“AVソムリエ”は想像のなかでデス畳に匹敵する新モンスターを思い浮かべたのか、それを聞くと高速で首をふり、
「イヤイヤイヤイヤだいじょうぶ! おれはほかのみんなと、ここで待ってるよ……」
としょんぼりとこたえた。
“カタブツ”は「わかった。ここはまかせたぞ」とポンと肩をたたいたが、これがこのふたりの今生の別れとなってしまったことは――1話にて述べたとおりである。
さて、ここで、“カタブツ”たち地下探査組、“AVソムリエ”たち監視組とに分かれてしまうわけであるが、やや時間を飛ばすと、監視組の控えとなった“悪魔ばらい”がとある密室でズボンをバッと勢いよくおろす事態となっていた。
比較的体格のいい男性である“悪魔ばらい”であるが、日ごろ便秘のきらいがあり、天啓のごとき5日ぶりのお通じの予感が脊髄をつらぬいたため、急ぎ一階のトイレへとこもったのであった。
この洋館の一階と二階にひとつずつ据えられたトイレは、一般の家の倍以上の広さを有しており、決して華美ではない鏡や手洗い場のしつらえひとつひとつが一級品に属することを感じさせる。
その便座にて、ズボンを脱いだあと、さながら「考える人」の彫刻を思わせる前傾姿勢をとった“悪魔ばらい”のひたいに、決死の汗がにじんだ。
「神よ……この六腑に宿りし邪悪を……祓いたまえ、清めたまえ……」
現代ではあまり五臓六腑を切り分けて用いることはしないし、大便が邪悪と呼べるほどのわるさをしているかはやや疑問であるが、よほど必死だったのであろう。
両手の指をつよく組み合わせ、腹部や下半身の筋肉をぎゅっと緊縮させながら、一心不乱に自身の信奉する神へ祈りをささげる。
閉じたひとみのすぐ脇に、ひとすじの脂汗がぬらりとすべりおりたときであった。
カッと、直腸通過のたしかな手ごたえとともに“悪魔ばらい”が開眼する。
それと同時に――
ズドォォォォン!!
というすさまじい轟音が屋内にひびき、建物をゆらした。
“悪魔ばらい”の脱糞が、大砲のごとき威力と爆音とをともなっていたのであろうか……?
否。
そうではなく、かたく閉じられていたトイレのドアが何者かによって破壊されたのである!
「タミィィィィィ」
そうして、心胆寒からしめる、怨悪のうめきとともに姿をあらわしたのは、左目のつぶれたデス畳であった――
“悪魔ばらい”は大層おどろいたが、かといってちょうど噴出をはじめた5日ぶりの大便をとめることなどできず、
「うわぁぁぁ悪魔よ去れ悪魔よ去れェェェ!!」
ブリブリと尻のあたりから耳あたりのよろしくない音を発しつつ、デス畳に憑いたと信ずる悪魔へと呼びかけ、人々をいやす生来の畳に復せよと印を結んで浄化をこころみる。
耳はふさいでおく必要があるものの、その真摯なまなざしだけを見れば、一片としてけがらわしいところのない、清明なる善の心をもってデス畳と正面からむきあったのである。
その懸命な思いがこのモンスターにもとどいたのか、デス畳は
「タミ?」
とつぶやき、首をかしげるようにはたと静止した。
効いているのかと勢いを得て、“悪魔ばらい”がさらに
「神よ、あわれなるこの者の魂を清めよ、御身のもとへいざない、どうか、そのいと深き慈愛でもってこの者の魂を救いたまえ!」
と、出し終えたあと後ろ手で器用に水を流しつつ、便座に満ちるその清らかな水流のごとき愛のことばでデス畳をつつみこむ。
そのことばののち、デス畳はぶるぶるとふるえた。
「タミィ!」
祈祷に応じるように、ひと声高く鳴く。
“悪魔ばらい”は高速でトイレットペーパーを巻きとりながら、たたみかけるように改めて、
「悪魔よ、去れぇぇぇ!」
と胸からさげたパワーストーンをかかげつつ絶叫した。
どうも、とりあえず汚物を流しておき、そののち尻をふこうと臨機に順序を変更したようである。
空いた手ですかさず尻に紙をあてると、ひさしぶりということもあり、便のキレがわるい。7拭きは必要であろうと勘定する。
“悪魔ばらい”が祓魔をしながら流麗な所作で2拭きめに入ろうとした刹那、デス畳は再度、
「タミィ!」
と咆哮。
バグンッ
だれも目撃するもののないまま、“悪魔ばらい”はデス畳に喰われてしまった。
また一瞬ピタリととまったあと、渋々といったようすで“悪魔ばらい”を咀嚼していくデス畳。
肉片とともに、トイレの壁紙へと飛び散った血によって、彼がいつも脇にかかえている聖典がえがかれた。
さらには、その横に、
「くっさぁ♡」
という血文字が潑剌たる筆致でえがかれたのであった――




