剣戟を奏でる偽りの月 01
* * *
四季崎たちが河上と食事を楽しんでいる事。
船着き場の一角に人の目から隠れるように二人の男女が身をひそめていた。
「うーちゃん。わたしたち、大変な仕事の後だったよね?なんでこんな依頼受けたの?私もう寝たい……」
伊勢のロングケープを羽織った女性が、四季崎のコートを羽織り、帽子を目深に被ったうーちゃんと呼ばれる人物に目を擦り、大きなあくびと共にぼやいていた。
「それさっきも話しただろ?あの人に恩を売っておいて損はないさ。それよりサエ。作戦は覚えてるか?」
呆れたように答えたうーちゃんはサエに作戦の確認をした。
「……聖騎士叩いて船に乗る」
船をこぎ始めたサエの両肩を掴むと「戻ってこーい」と揺さぶった。
「……もう寝たい。暖かい羽毛に包まりたい……」
「頼むぞ。お前は俺ら二人の参謀なんだからよ?ほら、これが終わったら長期休暇に入ろうな?」
うーちゃんはサエを諭すようになだめると。「作戦の最終確認いいか?」と訪ねた。サエはそれで妥協するように重たそうに瞼を開けた。
「聖騎士が二十人。内六人が魔法兵。残りが一般兵で剣八、槍三、弓三の構成。全員制圧してギルドの要した船乗って遠く海の彼方へ」
うーちゃんは安心するようにため息をつくと「必須項目は?」と確認すると当然のように「不殺」と答えた。
「それじゃあ行きますか!」
「りゅうかーい!」
* * *
二人は軽い感じで船着き場の一角から姿を現すと、船着き場に向かう人ごみに紛れた。
船着き場の入り口では、検問のように聖騎士は利用者の身元を確認していた。ゆっくりと流れていく列に潜むように並んでいると、二人の番が来た。
「貴様ら!身分証出せ!」
しかし、二人は出す素振りを見せないでいると、聖騎士たちは明らかに警戒態勢を取った。
「聖騎士様よ。これは正式な調査かい?そうでないなら、お断りだね」
聖騎士を挑発するような態度に周りにいた一般の人達にも動揺が広がり二人から離れていった。
「ああそうだ!だかr……」
「凶悪犯でも逃げ出したのか?そんな話、私たち一般人は聞いたこともないけどね?」
聖騎士たちはうーちゃんの態度に明らかに怒りを示しており、それでもできるだけ冷静に勤めようとしているようだった。
「それについては事情がある。だから早く、身分証を……」
すると、別の聖騎士が手にしている羊皮紙を見ながらなにか呟いた。
「指名手配の人物の特徴……赤い外套に……黒い……。まさか、貴様ら四季崎とその仲間か!」
うーちゃんはクックックと悪者のような笑い方をしている横でサエは「うーちゃんがキモイ……」と呟くと笑うのをやめてサエの方を見た。
「キモイはやめて……さすがに傷つくから」
涙目で訴えているとその二人の態度が聖騎士をバカにしていると捉えたのか、我慢の限界を迎えたのか聖騎士は叫んだ。
「成人の儀襲撃犯である四季崎!貴様を拘束する!大人しく投降しろ!さもないと……」
その時初めてうーちゃんの表情が真剣なものになった。両方の袖から黒い棒が伸びてくるとそれを掴んだ。
「その先を言って、自分が無傷でいられると思うな?サエ捕まっていろ」
サエは「……怒ってる」と呟きながらうーちゃんの背中にしがみ付いた手にはいつの間にか杖が握られていた。
「抵抗の意志ありと見た。今をもって武力制圧にかかる!抜剣!」
二人を取り囲んでいる聖騎士五人が抜剣と共に剣を鞘から引き抜くと二人に向けて構えた。
『……えーっと汝光にあれ』
『悪しき者から我らを隠し守れ』
二人が同時に詠唱を唱えると聖騎士たちは斬りかからんと剣を振り下ろした。
《ローウィスクイック シャイン》
《 ローウィス ウォール ヘイロー》
魔法が発動すると、二人を取り囲む聖騎士たちを巻き込むように半円状の結界が瞬時にして展開した。聖騎士たちは結界が展開したことで一瞬だけ意識を結界に向けたその刹那に二人は光の筋を残していなくなった。彼らはすぐに目の前に敵に剣を振り降ろしたが、すでに二人はそこにおらず、剣が地面にぶつかる甲高い音だけが響いた。
二人は光の筋を残すように光速で移動すると後方に控えていた弓兵の前にいた。
呆気に取られた弓兵の下顎を打ち上げるようにして黒い棒で打ち上げると追い打ちとばかりに頸部を横から一撃を加えると意識を刈り取った。
そのまま流れるように近くにいた状況を理解し始め矢を構え始めた弓兵を先ほどと同様に意識を刈り取った。
「……まず二人。後方支援は面倒だから先に潰すよ~」
うーちゃんの背中から気のない声が聞こえると、二人は戦場を見渡した。
「次はどうする?」
「もう一人は……もう魔法兵にかくれちゃたか〜じゃあ……分断できてるし、そのまま魔法兵を叩こうか?あの感じだと防御持ちっぽいけど、うーちゃんなられるよね?」
「任せろ。サエの作戦は必ず遂行する」
うーちゃんは一切疑うことなく、サエの作戦を肯定した。
* * *
こことは違う場所、溟岩亭のテラス席から声が響いた。
(そろそろ始まったみたいですよ)
河上は、眼下に広がる船着き場の騒動を見つめながら、近くに座る二人にそう告げる声だった。