祭祀場襲撃事件 延長戦03
強敵の頭領を討ち果たした四季崎は、仲間を救った聖騎士の亡骸に敬意を払い、重傷の司祭のもとへ駆け寄る。
司祭は最後の力で今回の襲撃の真実を託し、四季崎の手に羊皮紙を残して息絶える。
一方、銀鏡は襲撃者の死体から手がかりを探すが得られず、増援の危険を察して気絶した伊勢の撤退を提案。
四季崎は伊勢を背負い街道へ向かうが、黒マントの男に襲われる。
老執事長・相模が間一髪で救援し、四季崎は伊勢を連れて逃走。
相模と銀鏡が敵を足止めし、四季崎は司祭の遺志を胸に夜の街道を走り抜けた。
銀鏡は相模の勧めを受け、聖都カルマティアへと向かい、風運商会が手配してくれた一軒家でしばしの休息を取った。
激闘の疲労からか、深い眠りに落ちていたらしい。夜も更けた頃、ようやく覚醒した銀鏡は手早く身支度を整えると、家を後にしようと玄関の扉に手をかけた。
「おや、もうお発ちになられますか?」
扉を開けると、そこにはまるで待ち構えていたかのように相模が静かに立っていた。その佇まいは、夜の闇に溶け込む執事服も相まって、どこか影のようだ。
「せっかくですから、朝餉の支度でもいたそうかと思っておりましたが」
銀鏡は相模の言葉に、頭をぽりぽりと掻きながら、少し気恥ずかしそうに答えた。
「いえ、あの……今回の件で、ギルドにいくつか確認しておきたいことがありまして」
「ほっほっほ、左様でございますか」
相模はいつものように穏やかに笑みを浮かべたが、すぐにその表情を引き締め、真剣な眼差しを銀鏡に向けた。
「敬語は結構ですよ、銀鏡殿。それで……確認されたい内容とは、もしや昨日のと二人のことではございませんか?」
「……はい。あの二人の名前を手掛かりに、何か情報が得られればと」
相模はすっと銀鏡に歩み寄り、声を潜めて彼の耳元で囁いた。その息遣いすら感じられる近さに、銀鏡は僅かに身を強張らせる。
「差し出がましいようですが、銀鏡殿。その件からは、手を引かれた方が賢明かと存じます」
銀鏡は驚きに目を見開き、相模に倣って小声で問い返した。
「……なぜ、ですか?」
「彼らは、教会の“影”だからです。この聖都カルマティアのような場所で彼らの名を大声で口にすれば、それだけで“粛清”の対象となりかねませぬ」
「……何者なんですか、あの者たちは」
「表沙汰にできぬ、教会にとって都合の悪い事案を処理する者たち。一種の暗部組織、とでも申しましょうか。特徴といたしましては、構成員の多くが名前に動物の名を冠していることでございます」
銀鏡の脳裏に、猫夜、鳥進という二つの名が鮮明に蘇る。確かに、どちらも動物の名を含んでいた。
「相模さんは、なぜそこまで詳しいのですか?」
相模はそっと銀鏡から身を離すと、普段の落ち着いた声色に戻った。
「以前にもお話しいたしましたが、わたくしも若い頃には、少々正義の味方のような真似事をしておりましてな。その折に、彼らとは何度か剣を交える機会がございました。しかし、正直に申し上げますと……あれは、戦うべき相手ではございませぬ。今回は幸いにも、猫にじゃれつかれた程度で済みましたが、もしあの猫夜とやらが最初から本気であったなら、わたくしでも一瞬で勝負がついていたでしょう。……まったく、歳は取りたくないものですな」
あの常軌を逸した強さの猫夜が、本気ではなかった。
そして、相模ですら「猫にじゃれつかれた程度」と評する。その事実に、銀鏡は全身の血の気が引くような寒気を覚えた。
「……それでも、ギルドには報告しなければなりません。それが、今の俺にできることですから」
決意を秘めた銀鏡の背中を、相模は静かに見送った。
「お気をつけて」
という言葉と共に添えられた、深く美しい一礼が、彼の心に重く響いた。
* * *
銀鏡が交易都市セントナーレへと急ぎ戻る道中、昨夜死闘を繰り広げた祭祀場付近が、昨日とは打って変わって騒がしいことに気づき、足を緩めて物陰から様子を窺った。
どうやら、祭祀場襲撃事件の本格的な調査が始まったらしく、数多くの聖騎士たちが現場検証を行っている。昨日、猫夜と激しく争った場所には、戦闘の爪痕が生々しく残り、折れた矢や砕けた岩などが散乱していた。
聖騎士たちはそれらを一つ一つ念入りに調べ上げ、仲間内で何やら真剣に議論を交わしている。さらに、数名の神官が周囲で残留魔力の痕跡を探っている姿も見受けられた。
この状況では、自分がこの事件に関与していることが露見するのも時間の問題だろう。
(……どうせすぐにバレることだ。ならば、こちらから情報を引き出した方が早いか)
銀鏡は覚悟を決め、近くで作業をしていた聖騎士の一人に声をかけた。
「失礼。昨日、ここで護衛任務に就いていた者だが、何かあったのか?」
声をかけられた聖騎士は、銀鏡の姿を認めるなり、まるで値踏みでもするかのように足の先から頭のてっぺんまでじろりと視線を走らせ、険しい表情を浮かべた。
「……ギルドの者か。知らぬとでも言うつもりか?昨夜、ここで大規模な襲撃事件があったのだ。そして、犯人は貴様たちの仲間――四季崎という男で間違いない、との結論が出ている。貴様、何か知っているのではないか?」
あまりにも明白な虚偽情報に、銀鏡は思わず反論しかけたが、言葉を飲み込んだ。
下手に刺激するのは得策ではない。そんな彼の葛藤を見透かしたかのように、別の聖騎士がこちらに気づき、近づいてきた。
「おい、君。こちらだ。隊長がお呼びだぞ」
最初の聖騎士は、その言葉を聞くなり慌てた様子でその場を駆け足で離れていった。その後ろ姿を見送る銀鏡に対し、後から来た聖騎士が親しげな様子で話しかけてくる。
「しかし、驚きましたよ。まさか、あの司祭様が命懸けで破れた紙片を握りしめていなければ、犯人の特定には至らなかったでしょうからな」
その言葉に、銀鏡は祭祀場での四季崎の最後の不審な行動を思い出した。あの時、彼は確かに何かを探しているようだった。
「……どういうことです?」
「いやはや、実に見事な機転ですな。聞くところによると、四季崎という男は、亡くなられた司祭様が死の間際に手にした重要な証拠――犯行計画が記された紙片――に気づき、それを奪い取ろうとしたらしいのです。しかし、司祭様はその紙の半分だけでもと、命懸けで守り抜いたとか。そこには、犯人の名と、その計画の一部が記されていたそうですよ」
聖騎士はさも手柄話のように意気揚々と語っている。
そこへ、先ほどの聖騎士が「俺じゃなかったらしい……」と不機嫌そうに戻ってきた。後から来た聖騎士は「おや、それは申し訳ない」とでも言いたげな顔で彼を見送り、銀鏡から離れていく。
銀鏡は、これ以上ここにいても詮無いと判断し、足早にその場を立ち去ろうとした。その時、ふと先ほど親しげに話しかけてきた聖騎士の横顔が視界に入った。
その口元が、一瞬、不気味なほど歪み、頬を釣り上げた冷酷な笑みを浮かべているように見えた。
はっとして立ち止まり振り返ったが、その時にはもう、聖騎士は不思議そうに小首を傾げ、こちらを見ているだけだった。
(……気のせい、か……?)
拭いきれない嫌な予感を胸に抱きながら、銀鏡はギルドへと急いだ。道中、聖騎士の言葉が何度も頭の中で反芻される。
そして、一つの結論に達した。――この件は、四季崎本人に直接確かめるしかない、と。
私の作品を読んでいただき、本当にありがとうございます!感想を聞かせていただけると嬉しいです。