祭祀場襲撃事件 延長戦01
強敵の頭領を討ち果たした四季崎は、仲間を救った聖騎士の亡骸に敬意を払い、重傷の司祭のもとへ駆け寄る。
司祭は最後の力で今回の襲撃の真実を託し、四季崎の手に羊皮紙を残して息絶える。
一方、銀鏡は襲撃者の死体から手がかりを探すが得られず、増援の危険を察して気絶した伊勢の撤退を提案。
四季崎は伊勢を背負い街道へ向かうが、黒マントの男に襲われる。
老執事長・相模が間一髪で救援し、四季崎は伊勢を連れて逃走。
相模と銀鏡が敵を足止めし、四季崎は司祭の遺志を胸に夜の街道を走り抜けた。
四季崎が去った後、相模と銀鏡は再び男の方へ向き直った。
男は四季崎を追う術がないと悟ったのか、先ほどまでの殺気は霧散し、まるで魂が抜けたようにぼんやりと虚空を見上げていた。その瞳には何の光も宿っていない。
「お前を拘束し、ギルドに引き渡す」
銀鏡が音もなく矢を番え、男に向けて静かに告げた。一切の感情を排した声で警告を発すると同時に、その指から鋭い矢が放たれた。
「……もう、いいだろう。帰らせてくれ……」
しかし男は、目の前に迫る矢先をまるで鬱陶しい虫でも払うかのように気だるげに掴み取ると、ぽいと地面に投げ捨てた。その一連の動作に、一切の覇気は感じられない。
その様子に、相模はわずかに目を細め、しばし思案する素振りを見せた。やがて何か妙案でも浮かんだのか、どこか計算高い笑みを刷いた。
「では、こういたしましょうか」
相模は穏やかな、しかし有無を言わせぬ響きを帯びた声で切り出した。
「わたくし、若い頃には剣の修行にかこつけて、各地で少々後ろ暗い組織の掃除をしておりましたもので。もしかすると、どこぞで賞金の一つや二つ、懸けられているやもしれませぬな。遅れました。わたくし、相模 兼光と申します」
ほっほっほといつものように鷹揚な笑みを深め、真偽のほども定かではない過去を語る。男はなおも虚空を見つめたまま、何事かぶつぶつと聞き取れない言葉を漏らしていたが、その呟きが不意にぴたりと止まった。
「……兼光……? ……《大天狗 兼光》……!賞金額……五十万フィル……。ふん……ないよりはマシ、か……」
虚ろだった男の瞳にかすかな光が宿り、次の瞬間、まるで飢えた獣が極上の獲物を見つけたかのように、ギラリと獰猛な輝きを放った。
黒い外套を翻した男の双眸は、明確な殺意と愉悦の色を湛えて相模を射抜いていた。先ほどまでの無気力な姿は見る影もない。その変貌ぶりに、相模は
「おやおや? これはこれは……本当に当たりでございましたか」
とどこか楽しげに呟き、口元に笑みを浮かべた。
「わたくしを捕らえようという心意気やよし。して、あなたのお名前を伺ってもよろしいですかな?」
男は隠す様子もなく、「猫夜」と短く答えると、両腕をだらりと下げ、全身の力を抜いたような、それでいてどこにも隙のない独特の構えを取った。
「予定よりずいぶんと安くなっちまったが、その分、骨の髄まで楽しませろよォ!!」
まるで別人格が覚醒したかのように、猫夜は顔を歪めて嗤う。その狂気に満ちた声に、相模は猫夜から視線を外さぬまま、背後の銀鏡へと言葉を投げた。
「少年。奴は本気のようだ。構えなさい」
銀鏡は、自分がまだ名乗っていなかったことに今更ながら気づき、「銀鏡、です」と短く返した。
「では、銀鏡殿。わたくしの動きに、しっかりとついてきていただきたい」
相模はそれだけを告げると、視線を猫夜へと戻す。
ふぅ、と細く長く息を吐き出すと、彼の身体から淡い緑色の魔力が陽炎のように立ち昇り、まるで風を纏ったかのような不可視のオーラが周囲の空気を震わせた。彼の瞳が、淡い水色に強く輝きを増す。
次の瞬間、相模の姿が掻き消えたかと思うと、既に猫夜の懐深く――常人ならば到底反応できぬ速度で踏み込み、鞘に収まったままの愛剣「薄葉」を抜き放つ寸前の居合の構えを取っていた。
「エルフィコス流剣術――『浮揚』」
鞘走りの音すら置き去りにする神速の一閃。
猫夜は辛うじてその放たれた剣撃を受け止めたものの、凄まじい衝撃に抗いきれず、まるで木の葉のように軽々と宙へと舞い上げられた。
体勢を崩した猫夜に対し、相模は即座に再び居合の型を取り、今度は僅かに剣身を鞘から覗かせる。
「エルフィコス流剣術――『落葉』」
空中で無防備な猫夜目掛け、剣から抜かれた刀身より、不可視の斬撃が真空の刃となって直線的に襲い掛かる。
猫夜は咄嗟に両腕を前に突き出し両手牙のように構え、呻くように呟いた。
「――喰らい尽くせ……!」
猫夜の両腕の前に、空間が歪むような黒い渦が発生し、相模の斬撃を飲み込もうとする。本来ならば、如何なる攻撃も虚無へと還すはずの魔法。
しかし、相模の斬撃は猫夜の防御を嘲笑うかのように黒い渦を切り裂き、その両腕を容赦なく切り刻んだ。
鮮血が迸り、猫夜は苦悶の声を上げながら地面へと墜落していく。その落下地点を正確に予測した相模は、とどめとばかりに剣を正眼に構え、猫夜が地面に激突する寸前、その間合いに入った瞬間――。
「エルフィコス流剣術――『凪』」
相模が剣を振るったのかどうかすら、銀鏡の動体視力をもってしても捉えきれなかった。
ただ、相模が一瞬だけ微かに剣を動かしたように見えた刹那、周囲の風がぴたりと止み、まるで時が止まったかのような静寂が戦場を支配した。
次の瞬間、凄まじい衝撃波が猫夜の身体を襲い、まるで巨大な何かに薙ぎ払われたかのように数十メートルも吹き飛ばされ、背後の大岩を粉々に砕いてようやくその勢いを止めた。
(……目で追うことすらできない。これが、相模さんの実力……。次元が違いすぎる……!)
圧倒的な剣技の前に、銀鏡はただ立ち尽くすことしかできず、戦慄と共にその卓越した技量に感嘆の念を禁じ得なかった。
相模は静かに剣を鞘に納めると、土煙の上がる方角へ背を向け、「まだ息はあるはずです。捕縛しましょう」と銀鏡に淡々と告げ、その場を立ち去ろうとした。
その時、背後からガラガラと瓦礫が崩れる音が響いた。
「クク……クハハハ! こいつぁ、たまんねぇ! 死闘ってのはこうでなくっちゃなぁ!」
土煙の中から、猫夜がゆらりと立ち上がった。
その身体は満身創痍のはずだが、その瞳は先ほどよりもさらに狂的な光を増している。
ボロボロになった外套を「バリッ!」と力任せに引き裂き捨てると、猫のようにしなった背中と、蜘蛛のように不気味に長い四肢を持つ筋肉質の肉体が露わになった。その姿はもはや人間というより、飢えた野獣そのもの。
地面を蹴る音すら残さず、相模の剣技を完璧に模倣したかのような常軌を逸した速度で、再び間合いを詰めてきた。刹那、甲高い金属音と火花が夕闇を切り裂き、激しい剣戟の応酬が始まった。
(……このままでは埒が明かない。加勢するにも、あの高速戦闘に割って入るのは危険すぎる……!)
銀鏡は一瞬の逡巡の後、即座に判断を下す。彼は魔法の詠唱を短く呟き、自身の気配を断つハイドの術を発動させると、最適な狙撃地点を求めて素早く周囲を見渡した。
(あの大岩の上ならば、双方の動きを捉えやすく、かつ安全に狙撃できるか……!)
音もなく、銀鏡は手近で最も高い大岩の上へと駆け上がり、そこから眼下の死闘を冷静に観察し始めた。
(……双方、一瞬たりとも気が抜けない攻防。このままでは消耗戦になる。だが、下手に矢を放てば相模さんに誤射しかねない……!)
彼は愛用の弓に矢を番え、神経を研ぎ澄ませながら、千載一遇の好機を待った。
一方、猫夜との激しい斬り結びの最中にも、相模は銀鏡が戦場から離脱し、気配を潜ませたことを正確に感知していた。老練な剣士は、その気配が岩の上から自分たちの戦いを注視していることまで把握している。
(どうやら、岩の上から狙撃の好機を窺っているご様子。しかし……ふふ、まだまだお若い。その殺気、こちらに筒抜けでございますよ)
相模は、銀鏡の未熟ながらも真摯な戦いぶりに、思わず口元に笑みを浮かべた。その心中を読み取る術もない猫夜は、相模が自分との戦いを楽しんでいると誤解したらしい。
「おいおい、テメェも楽しんでるじゃねぇか! そうだろう!? こんな命のやり取り、滅多にできるもんじゃねぇからなぁ!」
猫夜は獣のような咆哮を上げながら、渾身の力を込めた蹴りを相模の側頭部目掛けて繰り出す。しかし相模は、その殺人的な一撃を紙一重で見切り、最小限の動きで後方へ退き、的確に回避した。
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