伊勢 巫琴 聖都カルマキア観光 01
四季崎是空が風運商会の若者たちに絡まれた騒動の中で、正義感あふれる少女・伊勢巫琴と出会う。
船を降りると、まるで待ちかねていたように、早々に船は出発してしまった。あっけなく去っていくその姿を、ボクはただ見送るしかできなかった。
聖都の港は、まるで形式だけのものであるかのようだ。波止場や桟橋っといった最低限の設備以外はほとんど何もなく、がらんとした風景に寂しさを感じさせる。ただ、港の奥にそびえ立つ白亜の巨壁だけが圧倒的な存在感を示していた。
ボクは、先ほど別れたばかりの四季崎の境遇を知り、彼がその中でどのようにして生きていたのか、何を信じて生きてきたのか……聞いてみたいことは山ほどあった。もう話せないのかと思うと、残念な気持ちでいっぱいだった。
船を降りた者が揃っていることを確認すると、聖騎士は無言で少年少女たちを促し、そびえ立つ白亜の巨大な門へと向かっていった。
門をくぐるとそこは聖都の下層地区と呼ばれる区域らしかった。建物は聖職者の生活を反映したか、簡素な造りだが、不思議と冷たい印象はない街並みだった。むしろ、街には汚れやゴミといったものは文字通り一切見当たらず、清潔さが行き届いていた。床は一面美しい石畳で覆われ、石の継ぎ目にはまるで一枚の岩かのように一切の隙間がないほど精密に組まれていた。
(うーん……。やっぱり、さっき操舵室に行って直接話を聞くべきだったかな?でも停船してからは、降りる人でごった返していて、とても行けそうになかったし…)
ボクは船での心残りな出来事を振り返り、どうすべきだったか後悔の念にに耽っていた。
「聖都の……は……であり、……できないため……」
聖騎士が淡々と街の説明をしていたが、上の空のボクはそれを聞き流し、地面見つめたまま、ただ前の人に付いていった。
一行が大きな3階建ての建物の前に到着し、周囲が立ち止まった。しかし、ボクはそれに気づかず、危うく前の人にぶつかりそうになる。その瞬間、近くにいた黒髪の少女がさっとボクの肩を掴んで止めてくれた。
「わっ…ありがとう」とボクは一言、お礼を言った。
「ここが今日から泊まる宿舎だ。……が門限……と、明日……」
ボクはまたしても聖騎士の話を半分聞きながら、別の考えに囚われていた。
(うん。くよくよ悩んでもしょうがない。せっかく滅多に来れない聖都に来たんだ。存分に楽しもう!)
無理やり自分を納得させると、今度こそ初めて聖騎士の話を聞こうと意識を向けたが、その時にはすで説明は終わっており、聖騎士は事務的にそれぞれに部屋の鍵を渡し始めていた。ボクも自分の鍵を受け取ると、そこに書かれた番号の部屋へと向うため、宿舎の中へ入っていった。
宿舎は、来賓を泊めることも想定して作られているのかもしれない簡素だった外観とは裏腹に、中は予想よりも豪華な造りになっていた。壁は滑らかな綺麗な漆喰で塗り固められ、床がきれいに磨き上げられた艶のある木材で、中央には深紅の絨毯が敷かれていた。
エントランスは広々としており、入って右手にはすぐに壁があるものの、その奥には長いダイニングテーブルと無数の椅子が並べられ、おそらく厨房からだろう、食欲をそそるいいにおいがふんわりと立ち込めていた。左手には重厚な革張りの長い椅子と大きなローテーブルが規則正しく並べられた談話室のようだった。
部屋番号が205と記されていたので、ボクは2階へ向かい、割り当てられた部屋に入った。手にした自分の荷物を無造作にベッドの上に放り投げると、すぐに踵を返し、また一階のエントランスに戻った。そこには、先ほどの聖騎士が依然として気怠そうに突っ立って。少年少女たちを見守っていた。
ボクはそんな聖騎士に歩み寄り、声をかけた。
「あの、騎士様。まだ時間があるなら、少し街を観光していいですか?」
聖騎士は、嫌そうな顔を隠すこともせず、面倒くさいに答えた。
「構わんが、門限には必ず戻ってこい」
そういうと、まるで厄介払いでもするかのように、逃げるようにその場を去っていった。
聖騎士の無礼な態度を特に気にする様子もなく、ボクはぱっと表情を輝かせ、嬉しそうに小走りで外へ飛び出た。
宿舎を出ると、改めて周囲を見渡した。来るときはあまり見ていなかったが、どうやらこの宿舎は都市の東区画の奥まった場所にあるようだ。宿舎の後ろには、都市の外からも見えた巨大な外壁がそびえ、左手には上層地区と下層地区を隔てるという純白の巨壁が天高くそびえ立っていた。
宿舎の大体の位置関係を覚えると、ボクは期待に胸を膨らませ、都市の散策を始めた。
(わぁ、世界には色々な人がいるんだなぁ。あっちにいるのは…もしかしてマーメイドかな?なんて綺麗な肌なんだろう。あっちは、すらっとしたエルフ!本当に背が高いなぁ。あっちは屈強なドワーフかな。すごい筋肉!)
ボクは見るものすべてが新鮮なのか、キョロキョロと興味深そうに辺りを見回した。時折、目が合った住人らしき人に人懐っこく手を振っていた。その無邪気な姿は。まるでじゃれつく子犬のようでもあった。
ボクは聖都を満喫すように、城壁の上や上層区へ続く階段・城門の衛兵など。出会う色々な人に物怖じせず話しかけては、時に喜ばれ、時にあからさまに煙たがられていた。そんな中、ふと、とある小さな家の前で足を止めた。
家自体はどこにでもあるような簡素な小さな家で、ただ、古びた扉の上部に掲げられた紋章だけが目を引いた。金色に縁どられた銀色の地に、二つの開かれた掌、その上に後光のような光輪で囲まれた一輪の蓮の花が精巧に形作られていた。
(この紋章?どこかで見たことがある気がする?)
ボクはその既視感に気になるあまり、ついノックもせずに扉を開けてしまい、はっとして慌てて、「あっ、すみません…」と小さな声を出した。
中を覗いてみると、意外にも家の広さの半分くらいの大きなリビングがあり、その奥には仕切られた二つの部屋の扉が見える。リビングは隅々まできれいに片づけられており、入ってすぐの左手には壁一面を埋め尽くす本棚と、使い込まれた様子の大きな木製の机と椅子が置かれていた。そして、部屋に入って、すぐ右手には、聖都らしく、大きなウィスプ教の祭壇が設けられていた。
ボクが祭壇の繊細な造りにに見とれていると、リビングの奥の部屋の扉が開き、「どなたかな?」と穏やかな声がした。80歳ぐらいだろうか。立派な白いひげを蓄えた老人がひょっこり顔を出した。
不意の出来事にボクが慌てていると、老人は悪戯っぽく目を細め、楽しそうに言った。
「おやおや、この老いぼれの家に客人とは、とんとも珍しいのぅ」
そういって、豊かな白い顎ひげをゆっくり触りながら、喜んでいる様子だった。
老人の落ち着き払った態度に、ボクもようやく冷静を取り戻し、深く頭を下げた。
「す、すみません!ノックのしないで勝手に入ってしまって…。その、扉の紋章が気になって……」
「ほぉう。あの紋章に気づくとは、これはまた珍しいことじゃ。あれは、今はもう廃れたしもうた宗派の一つでな。なの名を知る者もとんと少なくなったわぃ」
ボクは、改めて家の壁に飾られた紋章に視線を送りながら「そうなんですね…」と相槌を打ち、再び老人の方に顔を向けた。老人はどこか嬉しそうに頷くと「まぁ、立ち話もなんじゃ。お茶でも淹れようかのう?」と言って、リビング奥のキッチンへ入っていった。
招かれる形となり、少し戸惑いながらも、老人とこの家のことがやはり気になり、「お邪魔します」と言って、遠慮がちに中に入った。老人はキッチンでお茶の準備をしているらしく、奥からカチャカチャと心地よい音が聞こえてくる。
「まぁ、遠慮せず、好き見ていくといい」
と壁越しに声がした。
ボクは改めて室内にある立派な祭壇に近づき、その装飾をまじまじと見ていると、ふと、背後から不思議な視線を感じた。
慌てて後ろを振り返ると、しかしそこには誰も居ない。、ただ、反対の壁一面を占める大きな本棚が静かに佇んでいるだけだった。
(人がいるわけでもないのに…本棚の方から視線を感じる…?でも、嫌な感じじゃない。むしろ、どこか温かいような…。)
ボクは吸い寄せられるように本棚に近づいていき、先ほど視線を感じた先にあった、一際古びた装丁の本をそっと手に取った。すると不思議なことに、それと同時に視線はふっ、と感じなくなった。
お盆に湯気が立つお茶を載せた老人が戻って来ると、ボクがその本を熱心に眺めている姿に目を見張りすぐに落ち着いた声で尋ねた。
「ここにはウィスプ教に関係がある書物しか置いていなくてねぇ、お嬢さん、何か興味があるものでもあったかな?」
背後から声をかけられ、ボクは振り返りながら、手にした本を老人に見せた。
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