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風運 集治 じぃのお説教 02

四季崎と別れたあとカルマティアでの出来事です。


相模は四季崎や下関船長との約束を守り風運に対して鬼になる事が出来るのでしょうか?




それとも、主人に対して甘えを許してしまうのでしょうか?

 恐怖を振り払うように、風運は意を決し、得意の戦闘魔法で終わらせようと、右手を素早く上げ、詠唱を開始しようとした。


 だが、その予備動作を見逃す相模ではない。


 詠唱が始まるよりも早く、その瞬間、相模がまるで疾風のごとく一瞬で懐に潜り込み、抜き放っていた剣の鞘で、風運の右腕を下から鋭く薙ぎ払う。


 魔法の発動を阻まれ、がら空きになった風運のみぞうちに、相模は返す刀の勢いで、今度は剣の柄頭を、「ぐっ」という鈍い音と共に深々と叩き込んだ。


 強烈な衝撃に、風運は「うぐっ…!」と呻き、身体をくの字に折り曲がり、数メートル後方へ吹き飛ばされ、地面に転がった。


「この至近距離、剣士の間合いで安易に魔法に頼るとは。…本気で死にたいのですか? それとも、ただの自殺願望がおありで? ほっほっ」


 「ゲホッ…ゴホッ…」


 と咳き込みながらも、風運は睨みつけるように起き上がると、今度は油断なく相模との間合い――魔法が安全に使える距離――を確認した。


(よし、この距離なら…詠唱する時間はある!)


 風運は、剣は構えたままだが、あくまで牽制のつもりで、再び疾風の魔弾シフネーア ペシェットを素早く放った。


 しかし、相模は、その直線的な軌道を完全に見切り、それを最小限の動きで躱し、その勢いのまま一気に再び距離を詰めてきた!


(また来る!)

 今度こそ魔法で迎撃するか、あるいは剣で応じるか――迫りくる相模を前に、風運がコンマ数秒一瞬迷った頃には、既に懐に入られ、左腕を強く掴まれると、なす術もなく、受け身も取れずに再び地面に強く叩きつけられた。


「作戦を立てるなら、それが通じなかった場合の次善の策、そして更なる次の手まで常に考慮して動きなさい。戦場では、一瞬の迷いが命取りですぞ」


 相模は、忠告するように言うと、掴んでいた腕を静かに離し、再び最初と同じ距離、風運が魔法を使えると考えるであろう間合いまですっと離れた。


 まるで、もう一度試してみろ、とでも言うように。


(また同じパターンだ…! 接近されて何もできなかった。やはり、距離さえ稼げれば…俺の魔法なら…! ん? 待てよ、この展開…前にも、どこかで似たようなことを誰かに言われたような…?)


 叩きつけられた痛みも忘れ、風運は、油断なく相模を見据えた前にしたまま、必死に記憶を手繰り寄せ、考え込み始めた。


(そうだ! そういえば、あの船で、あの黒髪のおっさんと戦ってた時にも、言われたような気がする…。『詠唱が長すぎる』とか、『距離の利点を活かせ』とか、『シルフの精霊の恩恵は軽量化だ』とか…。あの時はムカついて聞き流していたが…!)


 風運は「ああ゛ーーっ!」と頭を掻きむしった。


(クソ! あの時、もっとちゃんと聞いていれば…! 肝心なことが、断片的にしか思い出せねぇ! だが、確かにあの男は、要は、もっと頭を使って、状況に合わせて考えて戦えって、そう言っていた気がする!)


(そうだ、ただ魔法を撃つだけじゃない、もっと考えて…!)


 風運は一旦、思い出すのを止め、改めて相模の隙を探るように鋭く見た。。


 そして、彼がまず試したのは、記憶で四季崎にも指摘された、精霊の恩恵を用いて、一気に高く、上空へ上昇して安全な距離を取ろうという戦法だった。


 しかし、相模は、まるで風運の思考を読むかのように、それを予期していた。


 風運が地面を蹴り、ふわりと浮き上がった瞬間、相模は腰を落とし、剣を腰溜めに構えると、低い声で、しかし凛と響く声で静かに技の名を告げた。


「エルフィコス流剣術――……《落葉》」


 技名を告げると同時、相模は腰溜めから、剣をまるで見えない何かを水平に斬るかのように、目にも止まらぬ速さで鋭く振り抜く。と、鋭い風切り音と共に、剣先から不可視の真空の刃、風の斬撃が放たれ、まだ上昇中だった風運の身体を正確に捉え、空中で再び木の葉のように吹き飛ばした。


 風運は、為す術もなく訓練所の石壁まで一直線に吹き飛ばされ、「ぐはっ!」という悲鳴と共に激しく叩きつけられた。


 相模は冷ややかに言い放つ。


「…また、安易に精霊の魔法に頼ろうとしましたね。その場当たり的で浅はかな考えの甘さが、今の貴方の一番の弱点です。」


 壁に叩きつけられた衝撃と、相模の厳しい言葉に、風運は一瞬めまいを覚えたが、そのショックで、逆に船上での四季崎とのやり取り、そして彼が語ったことを、今度こそはっきりと思い出した。


(そうだ…! 思い出した…! あのおっさ…いや、四季崎あの人が言ってたこと…!)


 風運は、痛む身体を押してゆっくりと身体を起こすと、俯いてまた深く考え込んだ。


(あの人が言っていたのは、ただ魔法に頼るのではなく、魔法の効果的な利用法、そして自分の力や恩恵の特性を理解し、それとの正しい向き合い方だ。…だとしたら、俺の取るべき戦い方は…。これを踏まえて…。)


(ようやく、少しは考えることを覚えましたかな)


 それまでの反抗的な光ではなく、何かを見据えるような、風運の目つきが明らかに変わったのを悟った相模は、口元に満足げなうっすらとした笑みを浮かべ、「さあ、どうぞ」とでも言うように再び剣を静かに構えた。


(だが、理屈が分かったとしても、今の俺の実力で、どうしたらあの化け物じみたじぃに一矢報いることができる? …考えていても仕方ない! まずは、思いついたことをとにかく試してぶつかってみるか!)


 「うおおぉぉ!」と気合を入れ、風運は剣を正眼に構えると、今度は真正面から相模に向かって突撃していった。


 キィン! カン! と金属音が響き、数十回の激しい剣の打ち合いが繰り広げられる。が、その間、相模はまるで赤子の手をひねるかのように、終始余裕綽々な態度を崩さなかった。


「踏み込みが甘い!」

「剣筋がぶれている!そこががら空きです!」


 それどころ、時折と鋭く、的確に風運の隙や欠点を指摘しては、その言葉通り、的確に風運の胴や腕を、加減はしているのだろうが、それでも鋭い痛みを与える鞘でピシパシと叩いていく。


 相模の的確な反撃を受け続け、風運はついに胴に痛烈な攻撃を受ける、まさにその寸前、


(これ以上は耐えられない!)


 と咄嗟に、もはや癖のようにシルフの恩恵を発動させ、風のように自分の意志で後方へ大きく距離を取った。


 その危機回避の機転自体には関心を示した様子の相模だったが、すぐにまた眉間に皺を寄せ、厳しい表情に戻り、失望したような声で言った。


「…結局、やはり、また安易に魔法に頼るのですか。」


 指摘され、風運は、今の回避が、考えるよりも先に身体が動いた、ほとんど無意識の行動だったことにようやく気づき、少し困惑した。


(あっ…確かに今、危ないと思って、無意識に恩恵で距離を取ろうとしてしまった。なんでだ? 剣で追い詰められたら、すぐに魔法に頼ってしまう…この癖は…)


 再び考えこんでいた風運は、ふと、忘れていた昔のことを思い出した。


(そうだ…。あれはまだ小さかった頃…。庭で遊んでいて、偶然、風を起こす魔法を初めて使った時。いつもは厳しい親父と、そして隣にいたじぃが、あの時だけは、目を丸くして驚き、初めて、心の底から『すごいぞ!』と褒めてくれた…。あの時の、二人の嬉しそうな顔…。そうだ、だから俺は…魔法が使える自分を誇りに思い、もっと褒めてほしくて、剣よりも魔法に…)


 その温かい思い出が鮮明に蘇ると、風運の中で、無意識のうちに根付いていた魔法への過度な信頼と執着が、より一層強くなったように感じられた。


「…分かったよ、じぃ。俺の悪い癖だ。じぃが何と言おうと、俺は俺のやり方で、魔法も、剣も使って、アンタに一撃入れてやる!」


 開き直ったかのように、風運は、まるで何か新しい戦術をひらめいたように、ニヤリと不敵な笑みを浮かべると、すぐさま行動に実行に移した。


『集え烈風。…』


  風運は、再び右手に風の魔法の詠唱を開始し、魔力をため始めた。


(また魔法か…? いや、何か違う…?)


 相模は、先ほどとは違う風運の雰囲気を感じ取り、放たれるであろう魔法とそのタイミングを警戒して、油断なく身構えた。


 だが、風運は、詠唱を止めずに続けながら、なんと相模の予想に反し、意外にもそのまま一直線に真っ直ぐ、相模へ向かって突っ込んできた!


『…その形を弾丸へと変え、我が敵を撃ち抜け。』


 そして、相模の間合いに敢えて飛び込みながら、残りの詠唱を完了させる。それとほぼ同時に、風運は左手の鋭く剣を振り下ろし、魔法と剣の同時攻撃とも取れる、強引で無謀な剣の打ち合いに持ち込んだ。


 右手に魔法を溜めたまま突っ込んでくるという異常な状況に、相模は、いつ右手の魔法が放たれるか分からないため、その魔法の迎撃反撃を警戒し、慎重な立ち回りに徹して終始していた。


 キン! カン! と再び激しい剣戟の応酬が数合続いた途中で、風運は(今だ!)と不意に、右手に溜めていた『シフネーア ペシェット』を、上ではなく自らの真下、足元の砂地面に向かって、躊躇なく放った。


 放たれた疾風の魔弾が地面に炸裂し、あたり一面にもうもうと砂埃が舞い上がり、一瞬にしてお互いの視界が悪くなった。


「もらった!」


 視界が奪われたその瞬間、風運はこの機を逃さず、気配を探り、相模がいるであろう場所の隙を突いて渾身の横薙ぎ一撃を繰り出した。


 しかし、 その一撃は虚しく空を切り、確かな手ごたえは全くなく、空振りに終わった。

 

(どこへ消えた!?)


 砂埃の舞う中で、混乱しつつも索敵のために、感覚を頼りにもう一度風魔法を放とうとした。


「――そのように魔力を使えば、その状態では、坊ちゃまの場所が私には丸分かりですよ。」


 不意に、風運の砂煙の中から、相模の冷静な声が響いた。


  風運が発動した魔法の発動気配を逆探知察知され、位置を特定されたことに気づいた。


 相模は、砂埃の中から音もなく現れ、一瞬で間合いを詰めて、今度こそ反撃の必殺の一撃――鞘で最初と同じように右手を払いあげるように――を放った。


 だが! しかし、今度は相模のその鋭い一撃が、またしても虚しく空を切った。


 なんと、風運は、目眩ましで相模の視界を奪った後、敢えて魔法の発動動作を見せることで、相模の反撃とその位置を予測していたのだ!


 自分の立ち位置を、攻撃が来る瞬時に、体捌きで90度左にずらして移動して、相模の渾身の攻撃を見事にやり過ごす。と、がら空きになった目の前の相模の体勢が整う前に、剣を両手で振り下ろした。


 『……エルフィコス流剣術――《風車》!』


 だが、相模にとってあまりにも見慣れたものだった。


 相模は、一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに剣を振り上げたその姿勢から、風車のようにそのまま体勢で、鋭く、そして美しく縦に高速回転する。


 相模の剣から放たれた剣の風圧の渦が、風運の未熟な剣を容易く打ち消し、風運の体勢を大きく崩し、さらに続けざまに放たれた回転の衝撃波によって、なすすべなく再び後方へ吹き飛ばされた。


 実力の差は、まだ歴然としていた。


 相模は、華麗な回転の勢いをピタリと殺し、乱れぬ呼吸でその場で悠然と立ち、砂埃の中に倒れる飛ばされた風運へと視線を見た。


「お見事、と言っておきましょう。見違えましたぞ、集治様。普段であれば、貴方の成長を喜び、今の一撃、敢えて受けて差し上げたのですがね。しかし、今回は心を鬼にして、貴方に本当の厳しさを教えるべく、厳しく指導させていただくため、敢えて弾かせていただきました。」


 打ちのめされた風運は、全身の痛みと悔しさを滲ませながらも、相模の言葉を噛みしめるように、ゆっくりと、しかし今度はしっかりと立ち上がると、その濡れた目には、不思議と先ほどまでの刺々しい反抗的な色は消え、代わりに何かを求めるような真剣な光が宿っていた。


「じぃ…。もう一度、教えてくれ。俺が船で気を失っている間に、あの後、一体何があったんだ?」


 その変化を見て取った相模は、満足げに剣の構えを静かに解くと、先ほど省略した船での出来事を、今度は一部始終、包み隠さず話して聞かせた。


 それを聞き終えた風運は、四季崎への誤解、そして自分のこれまでの思い上がりと浅はかさを心の底から痛感し、言葉もなく、ただ固く唇を嚙み締めた。


「…さて。反省の時間は終わりです。では、休憩はこれくらいにして、日が暮れるまで、訓練を再開しましょうか。」


 相模は、再び厳しい師の顔で告げる


「えっ?」


 風運の悲鳴に近い声が上げたが、風運の悲鳴も虚しく、その後、本当に日が完全に暮れるまで、相模による愛の鞭、厳しい基礎訓練と組手は延々と続き、終わるころには、風運はもはや立っているのもやっとの状態、泥のように疲れ果てていた。




 しかし、その夜は違った。

 風運は、明日に備えて、相模に懇切丁寧に全身の筋肉をほぐしてもらい、疲労回復に身体にいい滋養に満ちた食事を準備してもらうと、文句も言わずそれを食べ、最後には、泥のように深い眠りに落ち、早い時間に就寝した。


 彼の寝顔には、これまでにない穏やかさが浮かんでいた。

私の作品を読んでいただき、本当にありがとうございます!感想を聞かせていただけると嬉しいです。

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