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曇りなきリーリア

作者: まひろ

 今年も冬がやってきた。

 赤い煉瓦造りの建物が立ち並ぶこの交易都市は、毎年この時期にだけ、頭にまっ白い帽子を被る。

 白いのは何も、都市を覆うその帽子だけでは無い。

 道行く人々の吐息もまた、常の無色透明からぼんやりとした白に変わるのだ。


「ううー、寒いっ! あ、見てみてお母さん、ほら、白い息が出るよ!」

「あらあら、ほんとねえ」


 小さな男の子が母親の手を引きながら、自身の口から出る薄い雲を指差して笑う。


「空気は透明なのに! なんでだろう、不思議だなあー」

「うふふ、そうねえ」


 面白がって何度も息を吐いていた男の子は、街角の店を見てピタリと止まる。


「あっ! 魔道具屋さんだ! ねえお母さん、ちょっとだけ見ていっていい?」

「うふふ、あなたは本当に魔道具が好きねえ。いいわ、お母さん先に帰ってるから、遅くならないうちに帰ってくるのよ」

「わーい! ありがとう、お母さん!」


 男の子は母親にお礼を言うと、すぐさま魔道具屋へと駆け込んだ。


「こんにちは、おじさん! 今日も魔道具を見せてください!」

「はっはっは、今日も来たのか。坊主も物好きだなあ。いいよ、好きなだけ見ていきな」


 店主の親父もすっかりと男の子を見慣れているようで、呆れ半分に笑っている。


「うわあ、火起こしの魔道具の新作だ! 前回のものよりもちょっとだけ小型になってる! こっちは風起こしの魔道具だ! 少し大型だけど、燃費が他のものよりも随分と良さそうだぞ!」


 少年は胸ポケットから少しボロめのメモ帳を取り出し、スケッチや書き込みを加えていく。


「うわあ! すごい!うわあ! うわあ!」


 客のいない店内を飛び回るように、目を輝かせた男の子が動き回る。

 店主の親父が仕入れた新しい魔道具を探しては探し、次々とその手のペンを動かすのだ。


「……っと、あれ? おじさん、このビームが出る魔道具はなんでこんなに安いの? 凄そうなのに……」

「ん? ああ、それかい? そのビームが出る魔道具はな、眼鏡の形をしているだろう? 眼鏡は戦闘の際には邪魔だし、何より少しの水分があれば曇っちまう。だから使い勝手が悪くて、とても安いのさ」

「ふーん、そうなんだ……」


 男の子はややばかり気落ちしたように、メモ帳のページをめくりスケッチを加えていく。


「眼鏡型は使い勝手が悪くて安いのか……」


 男の子は一通り詳細をメモ帳に書き加えると、顔をあげた。

 そして、窓から外へと視線を移す。


「わあっ、もう外が暗いや! いけない、早く帰らなきゃ! おじさん、ありがとうございました!」

「はいよー」


 店主の親父は椅子の上で新聞を広げながら、後ろ手に手を振った。

 冬は日が落ちるのがいつもより早いのだ。


「ううっ、まずいな。すごく寒いし、このままだとご飯に間に合わないかもしれない。……よしっ、近道をしよう!」


 男の子は魔道具屋の前から駆け出すと、近づかないように母親から言われていた裏路地へと走っていく。

 裏路地は治安が悪く、たまにゴロつきやはぐれ冒険者が現れるから、なるべく近づかないように子供達は教えられている。

 しかし、いつもより帰りが遅くなってしまったため、男の子は少しくらいならと教えを破ってしまったのだ。


「はっ、はっ、急げっ、急げっ」


 男の子は息を切らしながら、人気のない裏路地を走っていく。

 裏路地はぼんやりと光る街灯が、ポツン、ポツンと表通りよりもかなり広めの感覚で設置されていた。

 視界の悪いなかで、男の子が細い道を曲がろうとした時、向かいからくる二人の人影に気づけなかったのも無理はない。


「うわっ!」


 どすん、と男の子は弾かれて尻餅をつく。


「ってえな、このガキ!」


 ぶつかられた二人組の片割れが、低い声で怒鳴り上げる。


「あわわわわっ! ご、ごめんなさい! あの、急いでて!」

「急いでたってーな、人様にぶつかっていい理由にはならねえんだよ!」


 男の子には運の悪いことに、二人組の男たちは随分と酔っ払っていた。

 真っ赤な頬で、タバコと酒の匂いを全身にまとい、なのにそれでいてしっかりとした体幹で男の子を弾き飛ばした。


 男たちは普段から荒事で金を稼いでいる、はぐれ冒険者たちだったのだ。


「おうおうおう! こんなに勢いよくぶつかられちゃあ、俺も脇腹が痛えよ。慰謝料が必要だなあ、慰謝料がよお!」

「はっは! その通りだぜ兄弟。おいガキ、兄弟に慰謝料払えよなあ!」


 こんな小さな男の子に金をたかっても、せいぜい飴玉を買うお小遣い程度の金額しか出せないだろう。

 それでも酒に酔ったはぐれ冒険者たちは、憂さ晴らしなのか、その程度の分別もつかなくなっているのか、男の子へと詰め寄った。


「おうおうおう! 脇腹が痛えなあ! こらガキ、さっさと慰謝料を払えや!」

「あわわわわ、ごっ、ごめんなさい! お、お金は持ってません! 払えないです!」

「あん? 兄弟にあれだけぶつかっといて慰謝料が出せねえだあ? これはちょっと、教育してやる必要があんなあ!」


 二人組の片割れが男の子へと手を伸ばした時、男たちの背後から声がした。


「やめなさい! いい歳して、みっともないと思わないの!?」

「あん? なんだあ、てめえ?」


 男たちが振り返ると、そこには男の子と同じくらいの背丈の、眼鏡をかけた少女が立っていた。


「私はリーリア! 通りすがりのリーリアよ! あなたたち、その子から手を離しなさい!」

「あんだあ? 横からしゃしゃりやがって、何様のつもりだ!」

「ガキが、大人に偉そうに語るもんじゃねえぞ! このガキは兄弟にぶつかりやがったからな、慰謝料を支払わせるんだよ!」


 二人組のはぐれ冒険者は、尻餅を付いている男の子に背を向け、眼鏡の少女の方へと詰め寄っていく。


「ぶつかったくらいで慰謝料なんて! あなたたち、元気にピンピンしてるじゃない! それは言いがかりってものよ!」

「ああっ!? てめえ、このガキがっ!」

「あわわっ、あわわわわ……」


 はぐれ冒険者の男がとうとう、少女の片手で胸ぐらを掴んだ。


「レディーの胸ぐらを掴むなんて最低ね! 正当防衛が成立したわ!」


 少女は流れるような動作で男の手を振り解き、短いスカートが捲れるのも構わずに男の顎にサマーソルトキックをかました。


「ふごぉ!?」


 男は顎を蹴り抜かれ、膝から崩れ落ちる。

 鼻からの出血を塞ごうとするように、両手で顔を抑えていた。


「てめえ、やりやがったな!?」

「ふごぉいつ、ぶほぅけんひゃだ……」


 もう一人の男の顔から酔いが消え、腰の短剣を手に取った。


「おらあっ!」


 男が短剣を横薙ぎに振るうが、少女は華麗に後方バク宙でひらりと躱す。


「こうなったら、ただじゃ済まさねえぞ!」

「ガキとは言え、もう容赦しねえ!」


 顎を蹴り抜かれた男もタフネスを発揮し、腰の剣を抜いて立ち上がる。

 男の子は尻餅をついたまま、少女へ向けて手を伸ばし、精一杯の勇気で叫んだ。


「あわわわわ、あわわ。あ、危ないよ! 逃げて!」

「もうおせえ!」

「殺してやる!」


 男たちが二人で一斉に切り掛かるが、少女はクルクルと回転しながらかわし、逆に男の脇腹へと蹴りを放つ。


「ぐふっ……」

「大丈夫か兄弟! 女のガキがこんなに強いわけが……あの眼鏡だ! あの眼鏡がなんらかの魔道具に違いない!」


 少女は武器どころか何も持っていない。

 衣服以外には眼鏡しか身につけていなかった。

 男たちは少女の眼鏡が魔道具だとあたりをつけ、狙うことにした。


「兄弟! 今は冬だ! 水魔法で水蒸気を当ててやれば、あの眼鏡は曇って映らない!」

「へへっ、ナイスだぜ……おらっ、くらいな!」


 長剣の男が剣で空を薙ぐと、剣筋からは微粒子の水が発射される。

 これまでの剣とは違い、広範囲に放たれた水魔法の前に、少女には逃げ道がなかった。

 あらゆるレンズを曇らせる、極寒の水蒸気が少女を襲う。


「あっ、危ない!」

「大丈夫よ! 私のレンズは曇らないわ。だって表面に界面活性剤を散布してあるもの!」


 少女は水蒸気の中へと突っ込み、長剣の男の顎を再び蹴り抜いた。


「うごあっ!」


 長剣の男は顎を横向きに撃ち抜かれ、その場に崩れ落ちる。


「て、てめえっ! なぜだっ! なんでこいつの眼鏡は曇らねえっ!?」

「私のレンズは絶対に曇らないの。だって曇ってしまったら、前が見えなくなってしまうでしょう?」


 少女は眼鏡を片手でクイッとあげると、短剣の男の顎も蹴り抜いた。

 短剣の男も、なすすべもなくその場に崩れ落ちる。


 少女は再び後方バク宙をして、両足で着地を決めた。

 そして、地面に蹲る二人のはぐれ冒険者たちにゆっくりと近づいていく。


「悪いことをするのは、心のレンズが曇っているからに違いないわ! もう二度と道を踏み外さないように、界面活性剤をかけてあげる!」


 少女はどこからともなく取り出した瓶を傾け、男たちに界面活性剤をかけていく。


「ぐあああっ! つっ、冷てえっ!」

「ぐおおおっ! 寒い! 寒すぎるぅ!」

「……はっ! だ、だめだよ、そんなにかけたら皮脂汚れへの洗浄力が強すぎるよ!」


 少女は一通りの界面活性剤を男たちにかけ終えると、瓶をその場に投げ捨てて後ろを向く。

 そのまま男の子に背を向け、後ろ手に手を振りながら去っていった。


 その場に残された男の子はようやく立ち上がり、冷たくなったお尻を払う。


「あの眼鏡型の魔道具使いの女の子、僕と同い年くらいだったよな……すごい、かっこいいや!」


 少年は少女の後を追うように、駆け出していった。

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