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一人前のマンガ家になるには!

作者: 望月雲の介


【プロローグ】


――母は勉強しなさいが、口癖だった。

 

私は勉強が好きなほうではなく、その言葉が嫌いだった。

 中学の頃の私は反抗期も入っていたため、毎回、母の言葉に苛立ちを覚え、言い合いをしていた。

 確かに、今思えば、中学の頃父がいなくなり、シングルマザーで頑張っていた母は私が大人になって、家から出ていかずにいられても、いつまでも世話をしてやれないからだ。だから、私にいい大学、いい就職先に入って、自分でお金を稼いで自立しなさいという意味がこもっていたんだと今となってようやく感じる。

 ――中学三年生の受験シーズンの頃、母が自分の言葉が娘を追い込んでいると感じたのか、私の部屋にノックをし、一冊のマンガを渡し、「少し、息抜きでもしなさい」とねぎらいの言葉を掛けてくれた。

 私はそのマンガをペラッとおもむろに適当なページを開いた。

 マンガというものは今まで読んだことがなく、もちろん二次元という言葉なんて知らなかった。

 その読んだマンガはスポーツ系の熱血ものだった。母のこの選んだセンスは分からなかったが、そのマンガは新鮮で読むだけで二、三時間食われてしまうほど面白かった。少し、難しいところやよくわからないところもあったが、私はこの漫画のとりこになった。

 母に「この漫画の続編を見せて!」と読み終わってすぐに聞いたが、母は切なそうに微笑んで「それ、そこで終わりなの……」と言った。

 えっ? ここで終わり? と、疑問に思った。

 なら、と「じゃあこの作家の別の本見せて」と聞いたが、母は黙り込んで、数秒の沈黙が流れた後、「入試が終わったらね」優しく笑った。




【本編】


 受験も終わり、無事、第一志望の女子高校に入学した。

 ――そして、私は隠れオタクになった。また、漫画家になりたいという夢ができた。

 しかし、私には絵の才能がなかった。

 何度も、何度も、紙や、パソコンの絵の描く(かく)ツールを使ってイラストを描いたが思い描いた(えがいた)顔がけなかった。

 それで、イラストを描けないことに絶望した私は、ライトノベルを書いてみようと思った。

 何度もいろいろな新人賞に応募した。

そして、何度も何度も文を書くことにより、文を書くことにはまっていった。

私はこうなったらいいなとか、こういう子がいいなとかの想像力は無限に湧き、どんどん書いて応募しまくった。

 そして、私が高校二年生になった春。

 家のリビングでテレビをつけっぱなしにしながら、携帯を眺めていた時。

 携帯に一通のメールが届いた。それは、『新人賞であなたの作品は優秀賞を取りました。おめでとうございます』というメールだった。

 私は体が飛び跳ねるようにうれしくて、ついその場にいた母にそのメールを見せ、「受かった」言ってしまった。

 母は食器を洗う手を止めず「おめでとう」とたった一言発した。

 私は、なんてものに応募したの⁉ とか、なに変なことしてるのよ⁉ とか声を荒げて、叱ってくると思った。

 私は身構えて、母を苦い顔で見ていたが、母から発した言葉は私の想像していた言葉と違い、数秒固まってしまった。

すると、母は口を開いた。

「でも、ちゃんと学校には行って勉強もしっかりしなさい……」

 母は少しうれしそうに微笑んだ。

「分かった!」


        ×   ×   ×


『全然、ここが違います! ここは、主人公とヒロインが手を繋ぐシーンですよ‼』

 パソコンの中から、ディスコードの通話で、やいやいと言ってくる男の声。

「違いますよっ‼ ここは主人公とヒロインは初デートで恥ずかしいはずなので、小指だけしか繋いでないんですよ‼‼」

 私はパソコンの画面に向かい声を荒げる。

『はぁ⁉』

「はぁ⁉」

 お互いディスコードの音声だけではあるが、にらみ合ってるのは分かる。

 そんな感じで、私のラノベの挿絵の議論は終わった。


        ×   ×   ×


「なんなんですか、あのイラストレーターは!」

 私は私がラノベを出版させてもらってる編集部の一室で語気を強めて、私のお付きの女性編集者の『佳苗』さんに言う。

 佳苗さんは茶髪のポニーテールの若い編集者だ。

「は、は、は~。ちょっと小難しい方なんですよ。あの人は……」

 佳苗さんは愛想笑いをしながら言った。

「ちょっと、らちが明かないので今度、イラストレーターの人のところに言ってもいいですか?」

「ん……。まあ、分かりました」

 少し、沈黙があったが佳苗さんは了承した。


        ×   ×   ×


 一週間後、佳苗さんと共にそのイラストレーターさんのところに出向いた。

 確か、イラストレーターさんの名前は……、『ハタの内臓』さんだったような……。

 近くの駅から降りて、数分歩いて目的地に着いた、が。

「あの……、ここって……」

 案内された場所はどう見ても、家ではなく――病院だった、しかも大きな総合病院……。

「えっと、今、ハタの内臓さんは持病で入院されてるんです……」

 私は衝撃だった。あんなにやいやいと私と言い争っていた人が入院してる人なんて信じられなかった。

 そして、私は罪悪感に見舞われた。病人の人にイラストを頼んで、納得いかないと文句を言ったことを。

「まあ、そんなしょげた顔しないで、行こっ」

 佳苗さんは私の顔が曇っていたことに気付いて声をかけてくれた。


「こんにちは~」

 と、佳苗さんは病院の入院棟の一室の扉を優しく引いた。

「こんにちは~」

と、聞き覚えのある男性の声が聞こえた。

「いや~、来てくれるなんて嬉しいよ、佳苗さん。……まさか、その子!」

「はい、この子が、——ほら」

 まともに前を向けない私の肩をトントンと押す。

「あっ、えっと……。『明智 美鈴』(あけち みすず)です。ペンネームはベルです……」

「あぁ~、やっぱりその声、『森のそよ風合唱曲』の作者のベルっ‼」

 私のことを指さしてハタの内臓さんは驚き、声を上げた。

 

「いや~、驚いたよ。うちがイラスト差し込んでるラノベの作家は高校生かいな~」

 と、ハタの内臓さんは自身の病室のベッドの布団を下半身だけ掛け、上半身は起こしている状態で言った。右腕には点滴が打ってあった。

 病室は一人部屋でとても広く、パソコンやイラストを描くためのいろいろな機械が置いてあり、また、部屋の隅に置いてある花瓶に色とりどりの花が数本きれいに刺さっていた。

 ハタの内臓さんは整った顔立ちですらっとした身長の男性で、二十代前半ぐらいの肌の張りだが、佳苗さんから聞くには歳は三十九らしい。

「あぁ~、すまへんな、ちょっと今調子悪くて、ベッドから話してるけど」

 いつもディスコードで話す関西弁のお気楽口調で話している。

「いえいえ~」

 佳苗さんは部屋の隅から丸椅子を二つ持ってきて片方は自分、もう片方は私に渡し、腰かけた。

「なんでしょげた顔してんの、ベルさん?」

 ハタの内臓さんは私に突如話を振る。

「えっと、病人の人に、イラストを頼んだり、病人の人に絵を指摘したり、自分は絵なんて描けないのに……」

 率直な気持ちを伝えた。

「な~に、ぼけたこと言ってんの? 俺はこれが仕事、作家が書く文の挿絵をするのがな。それに、別に病人かどうかはかまへん、俺はこの仕事が好きでやってることだし、あんたと言い争いながら絵を描くのは俺てきには嫌いじゃない、だからあんたが負い目を感じるような必要ない」

「そうですか、そう言っていただけると嬉しいです、ハタの内臓さん」

 よかったのかな? これで嫌々私が頼んだことをやっているようなら、私は申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。お世辞だったとしても私にはうれしい言葉だった。

「あ~、えっと、ちょっとこの場ではペンネームやめてくれへん、ちょいハズイわ」

「あっ、すいません。じゃあ何て呼べば……」

「う~ん、そうや! 俺の本名が『葉野内 颯太』(はのうち そうた)やから、普通に颯太で呼んでくれ」

「分かりました! 私も美鈴で」

「おーっけー、美鈴ちゃんで」

 そこからは、いつもディスコードで話すみたいにフランクに話した。しかし、挿絵の話になった瞬間、言い合いになったのは、言うまでもない――。


        ×   ×   ×


「へぇ~、美鈴ちゃん。結構スポーツ系のマンガとか読むんか~」

 今日はこの前、「話し相手が欲しいから、いつでも来て~」と颯太さんに言われたため、家からそんな遠くなということもあり、病院に遊びに行った。

「そうですね~、颯太さんは何のマンガのジャンルが好きなんですか?」

「そうやね~、マンガのジャンルか~、やっぱり、熱血スポーツ系かな~」

「やっぱり! 分かりますか! あの良さを!」

 私は颯太さんとマンガのジャンルが合い、興奮しながら言った。

「特にサッカー系な!」

 颯太さんはゲッツと私を指さしながら言った。

「分かります~!」

 ここまで、マンガの趣味が合う人は初めてだ。

 その後もマンガの話で盛り上がっていくと、ふと颯太さんがこんなことを聞いた。


「なんで美鈴ちゃん、マンガ好きなのに、漫画家になろうと思わなかったの?」


「うっ、それは……」

 私は言葉が詰まった。

 颯太さんは私が言いづらそうにしていることを察して、

「別に、言わなくてもええよ。俺だって、もともと漫画家になりたかったんだから……」

 少し寂しそうに颯太さんは言った。

「そっ、そうなんですか?」

 私は気になって詮索してしまう。

「あぁ、俺な中学の頃、漫画家になりたくて、絵を描く練習をして、いろいろな賞に応募した。だが、いつも、ストーリーやキャラ設定が下手くそで、いつも落選だった。それで悩んでた時に、クラスの一人の女子にマンガを見られてしまったんだ。俺は馬鹿にされると思ったが、その女の子は俺の絵を評価してくれた。『絵、上手ね』って、それがとてもうれしくって、その子に描いた絵や漫画を見せて、評価をもらったんだ。それから、女の子がストーリーを考えて、二人でマンガを作っては応募した。そしてようやく、賞を受賞し、単行本を初めて出したんだ。——多分、俺あの子のことが当時好きだったんだ。でも、そんな嬉しくて、楽しい時間は長くは続かなかったんだ……。俺、倒れたんだ。心臓の病気だって……。まだその当時、その病気が珍しかったため、近所の大きい病院でも、治せないと言われた。それで、東京のもっと大きな病院があるところの近くに引っ越した。だから、その子とは別れの挨拶を言う、時間もなかったんだ……。それから、一人で頑張って漫画を描こうと思ったけど、やっぱり俺だけじゃストーリーが自分で見ても面白くないんだ。そう、俺には想像力がなかったんだ……。そこで、たまたまであったのがネット小説でさ、そこで小説にイラストを挟むことを知って――今になったてこと。それで、その時かかった病気が今も治まったり、また悪化したり……」

 悲しそうに自分の過去を明かしてくれた颯太さんに、私は何かしてあげられることがないかと考えていた。——そうだ‼


「私とマンガを作りませんか!」


 私は大声で颯太さんに訴えかけた。


「――それにしても急な提案だね、美鈴ちゃん」

 颯太さんは下を向いて考えていた。

「あはは……」

 私は苦笑いをした。

「でも、君にメリット、無くない?」

 ふと、颯太さんが聞いた。

「いや、別に私がやろうと言ったことなので、メリットもデメリットも無いですけど」

 颯太さんはさらに頭を悩ます。

「じゃあ、君は俺にストーリーを教えて、俺は君にイラストの描き方を教える。これでどう?」

「えっ、別にそんな、いいですって」

 私は首を横に振る。自分がやりたいことを颯太さんに押し付けているのだ。見返りなんていらない。

「いいや、これは引き下がれない。そうでなくちゃ、俺の気持ちが収まらへん」

 颯太さんも真面目な顔で首を横に振る。

「……う~ん。分かりました。それで、私が颯太さんにストーリーを教えて、颯太さんが私に絵を教える」

 私自身が提案したことなので颯太さんの提案に少し納得できないところもあるが、承諾した。


        ×   ×   ×


 美鈴がえった後、颯太は考え事をしていた。

「それにしても、あの子の苗字……。『明智』……。まさかね」

 颯太は中学の頃の自分と一緒にマンガを作ってくれた女の子と同じような苗字だったことを思い出し、その子と美鈴を重ねた。あまりにも雰囲気が似ているような気がした。


        ×   ×   ×


 それからというもの、私はほぼ毎日、颯太さんのところに通っていた。

「そうだ、夏休み暇?」

「えぇ」

 私はパソコンに文をかきこみながら適当に返事をした。

「じゃあ、俺来週から外出できるようになったから、デートしよう」

「分かりました。——……へっ? デ、デ、デ、デートォォォ???」

 私はその突拍子のない言葉に照れれれれれれれれ、頬が赤くなってしまう。

 たっ、確かに颯太さんは顔が結構美形で整っていたとしても、私みたいなオタ女子とははははははは、デデデデートなんてしないはずだよ! 聞き間違いだよ! ――だって年もまぁまぁ離れてるし!

「あははは‼ むっちゃ初心な反応してくれるやんけ! なに、美鈴ちゃん彼氏いたことないんか! かわえぇぇーー!!!」

 颯太さんは面白おかしく笑っている。

 これは完全に煽っているな、この男………、絶対、今度の挿絵でむっちゃ訂正してやる……。

 静かな炎の小さな復讐心が湧く。

「なんですか! 急に‼ えぇ、彼氏いたことないですよ! しかも、男の子としゃべったことすらないですよーーーだ」

 私は不貞腐れ、むきになり、颯太さんにべぇー、と舌を出した。

「あはははは! 美鈴ちゃんといたら楽しいわ。まぁ、俺も彼女いないけど! あはは、まぁ、今度、マンガの取材に一緒に出かけへんか?」

 それをもっと早く言えばいいのに……。これだから、照れがない大人は。

「分かりました。行きましょう」


        ×   ×   ×


 そこから、夏休みの一週間、いろいろなところに行った。

 海や山、喫茶店や学校やその学校の最寄駅、通学路。いろいろなところに行った。

 どれもこれもいいインスピレーションを湧かす、いい場所だった。


「なぁ、この海岸どう?」

 颯太さんは私に聞いた。あまり質問の意図が読み取れず、率直に言うことにした。

「夕日が綺麗なところですね」

「やろ、俺もこの時間帯のこの海岸が好きなんだよね~」

 本当に夕日が綺麗な場所だった。夕日が大きく、輝いて見えて、星の集合体を見るぐらいに綺麗に見えた。また、夕日が水平線に沈んでいっているのも儚くて、綺麗に見えた。

 すると、颯太さんは急に夕日に向かって走り、海に足を突っ込んだ。波のせいで片足だけしか入れようと思ってなかった、颯太さんのもう片方の足を海水が包み込む。

「えい!」

 颯太さんはおもむろに海水をすくい上げ、私にかけた。

「わぁ!」

 急のことだったので私は驚き、避けようと思ってももう遅かった。——私は頭から水がかかった。

「この~!」

 私はむきになって、靴下を脱ぎ棄て、颯太さん同様、海に水を入れた。そして、

「えいっ!」

 私も颯太さんに水をかけた。

「やったな!」

 颯太さんももう一度水をすくいかける、そして、また私も水をすくい上げかける。

 そんな、いつもならこんなことでは楽しまない自分は無邪気に笑って遊んだ。

 ——水をかけ合い、二人とも体力が限界になって、体育座りをして、夕日が沈むのを静かに二人で眺めていた。すると、颯太さんは小さく口を開き、

「こんな楽しい生活がいつまでも続けばいいのに……」

 私に聞こえないぐらいの声量で呟いた。

 ふと、私の右肩に重さが伝わる。肩にサラサラとした女の子のような髪質が感触として伝わった。

「これは、まさか……」

 私の表情が驚きと照れで固まる。

 颯太さんが私の肩に頭を乗っけている、ことが分かる。

 そんな恥ずかしいことができるのか! この人は‼ これだから余裕がある大人は‼

 頬に熱がこもり、広がっていくのが分かる。

 でも、ちょっと体重をかけすぎじゃないか? 確かにこの人は頭が小さいが流石に重く感じてくる。

「ちょっ……!」

 体重かけすぎですよ、と言おうとしたが……。

 突如、颯太さんの頭は砂浜にドサッとと滑り落ちる。

「えっ?」

 状況が読めなかった……。

 そして、数秒経って、颯太さんが心臓の病気だったと、思い出す。

 しまった……。

そうだ、この一週、元気な普通の男の人と認識して、接してしまった。

颯太さんは病院から外出許可をもらった患者なのだ。

「ごめんなさい、颯太さん! 今救急車を呼びますから‼」

 焦りで手が震えて、スマホの緊急のキーパッドをタップできなかった。

 『119』と押し、救急車を呼んだ……。


        ×   ×   ×


 颯太さんは発作を起こしただけで命に別状はなかった……。

 でも、外で遊びすぎるのは心臓に負担がかかるため、当分の間、外出は許可できないと短刀の医師に言われてしまった。

 ――一週間後、ようやく颯太さんと面会ができた。

 病室に入り、一番最初に言う言葉を決めていた。

「あの……、」

「ごめんなさい」「すまへん!」

 私と颯太さんの謝罪の声が重なった。

 颯太さんはそれが面白おかしかったのか、笑った。私もつられて笑みがこぼれた。元気そうな颯太さんの声が聞こえたからだ。

「いやー、でも、ほんとすまへん! こっちから誘ったデートなのに、最後迷惑かけてしまって!」

「デデデデートじゃっ、ないです! 取材です! 取材」

 恥ずかしさで噛み噛みながらも訂正する。

「まっ、まあ、でも、元気そうな顔が見れてよかったです」

 声が上ずったまんまだが、素直な嬉しさを伝えた。

「デートじゃないんか……。俺はてっきり最後の方はデートだと思ってたんやけど……」

 颯太さんは「まじか~」と納得しないような顔で頭をポリポリと掻く。

「また冗談を!」

 語尾が上がりながら言った。この人はまた私の反応を見て、楽しんでるだろうだなと思う。

「………」

 颯太さんは口を瞑ったまんま、下を向いていた。

 私はどうかしたのか気になったが、颯太さんがまた頭を掻いて、


「………、君といる時間は楽しくて、君の隣でずっといたい……。おっ、俺と付き合ってくれませんか?」


 えっ? なんて言ったんだこの人は、またまた冗談を言っているように思ったが——この人の瞳はしんから私の瞳をまっすぐ見ていた。すぐに本気だとわかった。

 私は頬から耳まで顔全体が真っ赤になって、今にも爆発しそうになった。無理もない、生まれてきてからこの頃、告白なんてされたことがなかったからだ。

「こんなおっさんじゃ、駄目かな?」

 少し不安そうに、颯太さんは私に尋ねる。今の颯太さんは大人の余裕がないように見えた。

 私はなにか、なにか、言葉を返さなければ、と思ってはいるが、顔全体の熱が脳にまで伝わり、頭がまともに働かない。でも、何か言おうと言葉を紡いだ。

「はい、喜んで」

 十五畳ぐらいの広さ、一つの病室での出来事だった。


        ×   ×   ×


 私と颯太さんが付き合い始めてから二か月たち、私が高校の二年生の秋になった頃だ。

 最近、颯太さんの顔色が悪く、体も前見た時に比べてまた細くなってる気がする。また、私が来ていないときはいつも寝たきりだと颯太さんの担当看護師に聞いた。

「ねぇ、美鈴ちゃん。絵、描いたの見せてよ。この前描いて見せてって言ったじゃん」

 颯太さんは自身は元気そうにいつもと変わらないように話しているつもりだろうが、私には少し元気が無くなっているような声に聞こえた。

「わかりました。でも下手ですよ」

 私は学校指定のカバンから、一冊のスケッチブックを取り出し、颯太さんに自分が描いた絵を見せた。

 颯太さんはふむふむと頷くきながら、私の絵を端から端までじっくりと見る。

「いいね~、でも、人の顔がな~、ちょっとおかしい気がする。前より良くなってるとは思うんだよ、でも、この絵の中のこの笑みが、本当に笑ってるように見えないんだよね~」

「う~ん、でもどうすれば?」

 と私は喉を鳴らしながら聞いた。

「そうだね~、自分が本当に描きたいものを描くかな? だって、この絵の子、僕が描いた絵の模写でしょ?」

 図星だった。

「はい……」

「あ、あとね、最初は現実にいる人を描くってのもいいかもね~。——あっ、そうだ、二人で作ったマンガ、今どうなってる?」

 よほど自分たちが描いた自信作のマンガが一次選考に通過したか気になるようで、身を乗り出して興奮気味に聞いた。

「えっと~」

 私はいたずら心で焦らす。まあ、私はもう結果は知っているのだが。

「焦らさんといて、はよ教えてくれや~」

 駄々をこねる子供のように颯太さんは聞く。

「なんと、一次選考通過です!」

「マジか‼‼」

 よほどうれしかったのか、私の肩をガシッと掴み、前後にグワングワンと揺らした後、私を力強く抱きしめた。

 私は颯太さんの大胆さでとてつもなく照れたが、私たち二人で作ったマンガ(夢)が誰かに評価されたことが純粋にうれしかった。


        ×   ×   ×


一月が過ぎ、私たちのマンガが無事二次選考を通過した時のことだった。

 私の携帯に一本の電話が掛かってきた。

 それは、颯太さんの様態が悪化して、命が危ないという担当医師からの連絡だった。

 その日、学校が終わってからすぐ、病院に行ったが、颯太さんは集中治療室にいるため、会えないと言われた。

 そして、一週間が経ち、ようやく会えるようになった。

 会えると思い、私は嬉しく思ったが、なぜか防護服を着させられ、案内されたのは、密閉された治療室だった。

「美鈴ちゃん……久しぶり……」

 弱々しく、掠れた声が聞こえた。

 そこには、肉が落ち体が痩せこけ、髪が抜け落ち、顔が青く、点滴などのいろいろな管が繋がれて病床で横になっている颯太さんがいた……。

「颯太さん……」

 私はそこにいる人を颯太さんと認めたくない、という気持ちがあった。

 なんで、なんで……。神様はこの人から何もかも奪っていくの……。

「そんな悲しい顔をしないで………」

 私の瞼に涙が溜まり、辛そうな顔をしていたのがばれたか、颯太さんは気を使い、微笑みかける。

「でっ、でも……」

 言葉がまとまらない。なんて、なんて……言葉を掛ければいいか、わからない。

 私の一言一言がこの人傷つけてしまう気がしたからだ。

「俺この人生、幸せやったわ。君と出会えて……」

 そんな死ぬ前のようなセリフを颯太さんは吐いた。

「なんで、なんで……そんなこと……」

「涙で、べっぴんさんな顔がぐちゃぐちゃや……、いつの日か俺が美鈴ちゃんのラノベのイラストを描いた時みたいに、元気にしゃべろうや……」

 私の涙を颯太さんは人差し指で拭いながら言った。

「でっ、でも……。そっ、そうだ、これ」

 私は涙で見えないスマホのディスプレイを手探りでアプリを探し、スマホのメールアプリを開く。

「ほら、これ、私たちのマンガ、最優秀賞は取れなかったけど、優秀賞ですよ……! 私たちのマンガ出版決定ですよ! これからなんですよ、これから……。だから……」

「ははは、うれしいなぁ~、出版決定か~……。死ぬ前に夢をもう一度叶えられてよかった……」

 颯太さんはうれしそうに笑うが、声がどんどん小さくなっていく。

「そうや……、美鈴ちゃん、お母さんの名前ってなに?」

「『明智 朱莉』(あけち あかり)ですけど……」

「そっか~」

 満足そうに笑った。

「やっぱり、【超次元爆熱サッカー】を一緒に描いた子だ……。やっぱり雰囲気とか似てるもんな~」

 そのマンガのタイトルに聞き覚えがあった……というか、私がオタク世界に足を踏み入れたきっかけとなった母がくれた本、マンガを一冊も持ってない母が唯一持っていた本だ。

 そっか、あの本が……。

「お母さんがまだ大事に持ってましたよ【超次元爆熱サッカー】。それに、私がこの世界に来るきっかけとなった私にとっても大切な本です……」

「そっか~、中学の時の記憶は病気のせいでつらい記憶が多く残ったけど、今となってこんな嬉しい気持ちになるもんなんだ……」

 筋肉が落ちてうまく表情が作れない颯太さんは、頑張って笑顔を作って見せた。

 私はその無理をして笑ってみせる颯太さんを見て、余計に悲しくなる。

「ねぇ、なんで……。そんなもう死ぬみたいな言葉を吐かないでよ……。だって、マンガどうするの……? 私たち二人で一人のマンガ家じゃん……」

 私の言葉にもう一度、つらいけど頑張って笑顔を作る颯太さんを見て、涙が溢れ出して止まらない……。私も颯太さんがもう長くないと実感してしまう。

 これが、最後なのだ。そういう雰囲気がしている。医者も看護師も颯太さんの両親も下を向いている。

「私どうすれば……。明日にあなたがいないなんて嫌……。もうマンガを一緒に描けないなんて嫌……」

 私は颯太さんのお腹に顔をうずめながら、涙を流し続ける。顔がぐちゃぐちゃになったとしても……。

 それを優しく撫でる颯太さんは、

「大丈夫。もう君はいい絵を描けるよ、描きたい絵を描けば……。だから、一人でもマンガを続けられるよ……。——俺、君に出会えてよかった。好きなマンガを描けて。夢を叶えられて……」

 そして、好きな人の声は消えた。永遠に……。

 私は小一時間ぐらい泣き続けた、もう二度と声や会話、笑ってくれたり、マンガを一緒に描いてくれることはない颯太さんの体の上で——。


【エピローグ】


 マンションの一室で子供と母親が話していた。

「ママー、私の似顔絵描いて~」

 子供が紙と色鉛筆を持ってきて母親の近くに寄ってきた。

「えぇ~」

「あんな感じに~」

 子供がリビングに額縁に入れて飾ってある一人の人物が描いてある絵を指さした。

「ねぇ~、あの人誰だっけ~?」

 子供は絵の人物を指す。

母親は素直に答えた。

「あの人はね~、私が高校生の頃好きだった絵の師匠……。もう病気でいなくなっちゃったんだけど、今でも大切な人……」

「パパとこの人どっちが好き~?」

「それはね……。どっちも比べられないほど好きかな!」

「えぇ~、どっちか決めてよ~」

 子供は思ってた答えが出てこなくて頬を膨らませた。

「あははは」

 そして、母親は自分の子供を見ながら、楽しそうに笑っていた。


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