水気
夜。サンダルを履いて、マンションの部屋から出た男は「うげっ」と思った。
廊下の電灯の光に映し出された靴跡。どうやら今、外は雨のようだ。しつこい残暑を凌ぐためにエアコンをつけ、窓を閉めていたため、雨に気がつかなかった。
男は手すりから身を乗り出し、空を見上げた。
――降って……ないな。
曇り空。星こは見えなかったが、雨は止んでいるようだ。
ここはラッキーと思おう。また降り出したとしても、目当てのコンビニまではそう遠くない。男はそう考え、歩き始めた。
しかし、角を曲がろうとしたとき、ふと疑問に思い、足を止めて振り返った。
――なぜ?
男の部屋の隣と、さらにその隣の角部屋には住人がいない。それなのに、あの靴跡は奥まで続いていた。
……いや、内見か業者だろう。他にも掃除や点検で人が通ることはある。
――こんな夜中に?
……ないこともないだろう。それに、靴跡がまだ乾いていないだけで、来たのはかなり前だったのかもしれない。
そう考えた男は前を向き直し、再び歩き出した。
しかし、階段を降りようとしたとき、また足を止めた。
ここは二階だ。エレベーターよりも、その手前の階段を使ったほうが早い。雨で滑らないように、気をつけよう。そう考え、下を向いた。それで気づいた。
――濡れていない。
男は一歩、また一歩と後ろに下がった。
――濡れている。
下りの階段は濡れていないが、上がりの階段にはあの靴跡があった。
それが何を意味するのかはわかった。男は階段を少し降り、踊り場から自分の部屋の方を見た。
それは上から来た。そして――
一番奥の部屋。目を凝らすと、そのドアが僅かに開いているのが見えた。
男は塀から身を乗り出し、今度は上を見上げた。
――貯水槽。
男に事をはっきりさせる気はなかった。身震いし、ただただ引っ越しを考えた。
それを見透かしたかのようにドアが閉じられた。