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トゥルーエンド

作者: 司弐紘

 トマさんが眠るベッドの横で、僕は託された――そう思っている――ウサギのペンダントを握りしめた。

 このペンダントを、もう一度トマさんの首にかける。それが僕が一番やりたいことだ。


 一月の間ずっと、その夢を見ていた。

 必ず叶うと信じて。


 そして……


「ん……うん……」


 今までとは明らかに違う。

 トマさんの声が聞こえる。


 僕はハッとなって、トマさんを見つめた。

 この時の僕は、どれほど間抜けな顔をしていたんだろう。


 けれどすぐに、


「トマさん! トマさん!」


 と、呼びかける。


 するとトマさんの目がいきなり開かれた。

 公園でトマさんを見つけたあの時のように。


 トマさんはあの時と同じように、すぐには理解が追い付かないみたいで……いや、それは当たり前か。

 その可能性もあるって聞かされていたしな。


 僕は覚悟を決めて、こう呼びかけた。


「鶴城――美穂さん」


 と。

 記憶が戻った場合、逆に記憶をなくしている間のことは忘れてしまう可能性があるって。

 つまり「トマさん」という名前は――


「何? いきなり本名なんか呼んで。『トマさん』でいいよ」


 やっぱり、いきなり起き上がった「トマさん」がこう返してきた。

 僕はそれを嬉しく思いながらも「トマさん」が通用するってことは……


「やっぱり記憶は……」

「ううん。両方覚えてるよ。あたしの名前は鶴城美穂。そして君が呼んでくれるあたしの名前は『トマさん』。ね? ちゃんと覚えてるでしょ?」


 トマさんは目が覚めたばっかりだというのに、全てを察しているかのように説明してくれた。

 ほ、本当に?


 トマさんは全部……


「あ、ねぇ。こういう時、お医者さん呼ぶんじゃないかしら。もう忘れないようにしないと」

「あ、ああ、そうだな!」


 僕は慌ててナースコールのボタンを押す。

 そこからは診察やらなにやらで大騒ぎになったけど、トマさんの強い希望で僕はずっと病室にいられることになった。


 元々、VIP用の特別個室を使っていることも大きかったのだろう。

 精密検査は残っているものの、まずは問題なしということで、僕とトマさんは心行くまで話をする……のはさすがに無理があったので、できるだけ簡単に僕は騒動の事を説明する。


 さすがに暗示の事は説明できなかったけど……


 そして何よりやりたかったこと――ウサギのペンダントをトマさんに返そうとすると、


「いいよ。君にあげる。その矢立ウサギ」


 と返ってきた。


「え? 飛脚じゃなかったんだ?」


 僕はてっきりそうだとばかり……それにしてもヤタテってなんだろう?

 それを僕が尋ねると、トマさんは嬉しそうに説明してくれた。


「昔の筆記用具だよ。そのウサギが担いでいる部分が筆。で、その先に墨が入ってる壺みたいなのがああるわけ」

「ははぁ、なるほど」

「で、ウサギでぴょんぴょん跳ね回っても、手紙だけは書くんだぞ、っていう意味の根付」

「ああ、そうか! これは根付か!」


 印籠を帯に吊るすための留め具。

 それが根付だ。僕も知識だけは知っていたけど……


「十善おじさんは、西洋風にウサギは幸運の印、みたいなとらえ方してたんだけどね。もらった後、意味を調べちゃって、悪いことしちゃったなぁって」

「ああ、やっぱり駕籠屋さんからの……」


 記憶をなくしたトマさんがずっと気にしていたペンダントだし、それは想像できていた。


「十善おじさんは、トマソンも好きでね。特に行き先が空に向かって伸びている空中階段のトマソンが好きだったわ……あたしが空中階段のトマソンに惹かれていたのも十善おじさんの影響ね、きっと。空に向かって伸びてゆく階段を駆け上がるウサギ。そんな話を十善おじさんはいつも語っていた……」


 そうか。

 希代の起業家なんて言われている駕籠屋十善さんの座右の銘みたいなものだったんだな、あのウサギ。


 だけどそれがわかったからにはますます受け取るわけにはいかない。


 僕はベッドの上で半身を起こすトマさんの首にウサギを返そうとする。


「え? だからいいんだって。それを君に渡した時のことも、あたし覚えてるし――」


 トマさんはそんな風に嫌がるけど、首にかけてしまえば。

 あ。あれ? なんだか距離感間違ってないか?


 どうしてトマさんの唇がこんなに近く……


「――目が覚めたって本当!!?」


 その瞬間、病室の扉が開いた。慌てて背をそらせて距離をとる僕とトマさん。

 声の主は部長だった。それに英賀先輩と卜部先輩も揃っている。


「ああ、本当だ! 良かった! 痛いところない?」

「部長、いきなりそんな」


 部長の暴走を英賀先輩が何とか止めようとしていた。


「……見る限り、大事無いようで何よりだ」


 そして珍しく笑みを浮かべて卜部先輩が渋い声でまとめた。

 いつもの……いつもの推理小説サークルだ。その雰囲気がある。


「あっはは。うん、あたしは大丈夫。ごめんなさい。そしてありがとう」


 その雰囲気を感じ取ったのか、トマさんは屈託なく笑った。


 「トマソンガール」


 それは佐久間さんが偽悪的にトマさんを評した言葉だったけど、僕もやっぱりトマさんを「トマソンガール」と呼びたいと思う。


 ――鶴城美穂、トマさんは人を惹きつける不可思議な魅力を持つ「トマソンガール」なんだから。


トゥルーエンド

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― 新着の感想 ―
[良い点] こんなところにトゥルーエンドがあったとは! とてもおもしろかったです。 [気になる点] 見逃した選択肢があったかも。 [一言] メモを取らないとだめでしたね。
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