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8.何ですの、この図々しい方々は

 わたくしは、レオニスを受け入れ始めていた。実のところ、もうとっくに受け入れていたのかもしれない。


 わたくしは恋を知らない。でも彼といると、時々心が奇妙に浮き立つのを感じる。もしかすると、これは恋の始まりなのかも。


 でも、焦ることはない。彼はわたくしに認められたいと、わたくしの婿になりたいとそう思ってくれている。だからわたくしは、じっくりと自分の思いと向き合うことができる。


 そうやってレオニスと共に過ごす日々は、驚くくらい穏やかで、幸せだった。


 ところが。




「何ですの何ですの何なんですの、あの無礼極まりない殿方たちは!!」


 ある日、豪華な馬車が何台もオウリーの城の前に乗り付けてきて、そこからこれでもかというくらいに着飾った殿方が何人も降りてきたのだ。


 彼らはアルジェ公爵家に連なる者と名乗り、そしてこの城にしばらく滞在すると、そう言い放った。


 城の主であるわたくしの都合など、何一つ尋ねることなく。一方的に。勝手に。横暴に。


 どうも彼らは、レオニスがこの城でそこそこうまくやっていることを知り、あわてて乗り込んできたらしい。


 一族の中でも低い立場のレオニスごときに、おいしい果実であるオウリー家を取られてなるものかと、彼らはそう考えているようだった。


 やってきたのはみな年頃の青年。みな、手に手に贈り物をたずさえていた。そして上っ面だけの、頭が痛くなるような口説き文句をべらべらとくっちゃべっていた。間違いなく、彼らの目的はわたくしだった。


 わたくしはどうにかこうにか彼らをあしらっていたが、ものの一日で音を上げた。


 全力で彼らから逃げ出して、鍛錬場に駆け込む。こんな汗臭いところに令嬢がいるなんて、常識的な貴族である彼らは想像もしないだろう。しばらくの間、ここは安全なはずだ。


「ああああもう、公爵家の人間だからって、偉そうに……わたくしのことを明らかに見下したあの目、何なんですの! 失礼な方々!」


 鍛錬場の片隅で、クッションをぼこぼこと殴りながら叫ぶ。通りすがりに、応接間からかすめとってきたものだ。


「……何というか、すまない。彼らは私の一族のものだが、私は彼らに意見できる立場にないんだ」


 じいやと手合わせをしていたレオニスが、心底申し訳なさそうな顔で言った。


「いいのよ、レオニス。あなたが気にすることじゃないわ。……どうにかして、彼らが自主的に帰りたくなるような方法を考えないと……前みたいに無理難題をふっかけるのは、難しそうだし……」


 激しく打ち合うじいやとレオニスを見ながら、ため息をつきつつ考える。


 二人とも激しく動き回っているというのに、息一つ切らしていない。じいやはいつものことなので気にも留めないけれど、レオニスも見事なものだ。


「ねえじいや、そろそろ暗殺者を送り込んできそうな親戚はいないかしら? その騒動に彼らを巻き込めば、おじけづいて帰ってくれるかもしれないわ」


「あいにくと、いませんな。先日の一味を派手に叩いてしまったことで、他の方々は様子見に入っているようです」


 手合わせをしながら、じいやが涼しい顔で答える。しかし私の心は、さらにずんと重くなった。


「だったら、ばあやに一服盛ってもらうしかないのかしら……」


「それも、ちょっとお勧めできませんよ」


 鍛錬場の入り口に、ひょっこりとばあやが顔を出していた。


「ただ眠らせてつまみ出しても、それではあの方々は納得してくれないでしょうねえ。今すぐ帰らなくては! と思わせるには、深刻な病気に見せかける薬を使えばいいのですが……」


 ふっくらした手を頬に当てて、ばあやが困ったように首をかしげる。


「そうすると、今度はオウリーの家で疫病が発生したとか、そんな噂になってしまうかもしれませんからねえ。さすがにそれは、あまり良くありません」


「駄目……八方ふさがり……」


 クッションを抱えて、そのままうずくまる。ということは、あの面倒な殿方が飽きて帰るまで、ひたすら耐えないといけないのだろうか。


「……お嬢様。一つ、いい手がありますよ」


「なあに、ばあや! お願い、教えて!」


 ぱっと顔を上げて食い下がると、ばあやはおかしそうに笑った。ん? この意味ありげな笑みは。


「あの方々は、今ならお嬢様の夫になれるかもしれない、と考えてこちらに押しかけてこられたんですよ。ですから、夫はもう決まりましたよ、と教えて差し上げれば、すぐにでも引いてくださるんじゃないかしらねえ」


「ちょっと待ってばあや、それって……」


「レオニス様と婚約なさればいいのです」


 今度はじいやが、歯に衣着せることなく真正面から切り込んできた。当のレオニスは顔を真っ赤にしたまま、盛大にうろたえている。


「まだ彼は半人前です。お嬢様をお預けするにはまだまだ早い。ですが私の知る限り、もっとも見込みのある青年です」


「お嬢様だって、彼のことを憎からず思っているのでしょう? だったらひとまず婚約だけでも済ませてしまえばどうかしら」


 じいやとばあやが、交互に畳みかけてくる。


「そ、それはまあ……レオニスは今まで追い払ってきた残念な人たちとは違うのかもって、そう思うけれど」


「その、君の気が進まないなら、無理はしなくていい。彼らには私から話をしてみる」


 困っている私を見かねたのか、レオニスがそう口を挟んできた。そのしょんぼりとした姿を見ていたら、胸の中にむくむくとわき起こってきた。闘志が。


「……考えてみたら、あんな失礼な連中のせいでわたくしが縮こまる必要なんて、ないのよね」


 ゆらりと立ち上がると、その場にいた全員が息をのんだ。わたくしから立ち上る、闘志を通り越して殺気にすら感じられる何かに。


「目的のためなら手段は選ばない。敵はきっちりと叩きのめす。そんなじいやとばあやの教えのおかげで、わたくしはここまで生き延びることができた。……レオニス、ちょっと顔を貸してちょうだい」


 戸惑い顔のレオニスの腕をつかみ、そのまま鍛錬場から連れ出す。背後で、「がんばってくださいね」というじいやとばあやののどかな声援を聞きながら。




「みなさま! 聞いてくださいませ!」


 そうして、アルジェ家からやってきた失礼様ご一行様の前に姿を現す。すぐ後ろに、レオニスを伴って。


 彼らはわたくしの姿を見ると、すぐに近づいて口説こうとしてくる。それよりも先に、声を張り上げた。


「わたくし、このレオニスと婚約することに決めましたわ!」


 そう言ってレオニスのすぐ隣に立ち、親密そうに腕を組んでみせる。一応演技ではあるはずなのに、不思議なくらい素直に、幸せそうな笑みを浮かべることができた。


「そういった訳ですので、いったんみなさまにはお引き取り願えるでしょうか。婚約パーティーの準備やら、婚約の書類の準備やら色々ありまして、今の当家にはお客人をおもてなしする余裕がございませんの」


 にっこり笑いながら、声には別の思いを込める。いちゃいちゃするのに邪魔だから、とっとと帰れ、と。


 さすがの失礼様ご一行にもこの意味は理解できたらしい。彼らはそそくさと荷物をまとめると、ものすごい勢いで屋敷を飛び出していってしまった。


「はあ……やっと帰ってくれた」


「しかし、いいのだろうか? 彼らを追い返すための方便とはいえ、私を婚約者に仕立てるとは。……その、私に異論はないが」


「いいのよ。それより、もし嫌になったらいつでも言ってちょうだいね? いつでも婚約を破棄して、自由の身にしてあげるから」


「ああ……ありがとう……?」


 恐縮しつつも困惑するという器用な表情をしているレオニスに、さらに声をかけた。


「さて、出かけるわよ。もちろん、あなたも。……このままじゃ腹の虫がおさまらないから、問題の大元を叩き潰しにいこうと思うの」


「……一応、聞いてもいいだろうか。君は一体、どこに行こうとしているんだ」


「アルジェ家。当主のところに殴り込みよ」


 さらりとそう言った私の顔を見ながら、レオニスは何とも言えない表情をしていた。

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