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6.危険な香りのお客様がいらしたわ

 わたくしがレオニスとの距離をうまく取れずに、どことなくぎこちない空気の中を過ごしていたある日。


「お嬢様、今晩あたりお客様がいらっしゃるかもしれないわ。メイドたちが、他家の子とお喋りしてつかんできたの」


 仕事をしているわたくしのところに、ばあやがそんな報告を持ってきた。世間話でもしているような気軽な、おっとりとした様子で。


「分かったわ、ありがとう。それでは、いつも通りにお願い」


「ええ。ちょうど新しい薬を調合しましたから、実験台にでもなってもらおうかと思っていますの、うふふ」


「ふふ、ほどほどにね。ばあやはとても頼もしいけれど、時々暴走しがちだから」


「大丈夫ですよ、お嬢様。解毒薬も作りましたから。……そちらもまだ、試作品ですけどね」


 そんなやり取りを、レオニスは何とも言えない顔で聞いていた。急な仕事がいくつも舞い込んでてんやわんやになっていたので、ちょっと彼にも手伝わせていたのだ。


「何か聞きたそうな顔ね、レオニス?」


「……聞きたいことが多すぎて、何をどう聞いていいのか分からない」


 まあ、それはそうだろう。このオウリー家の者以外で、今のやり取りを一発で理解できる人間がそういるとは思えない。


「そうね……じゃあ、ちょっと耳を貸して。あまり大声で言えるような話でもないし」


 順を追って話していくと、レオニスがどんどん身をこわばらせるのが感じられた。


 そっと彼の様子をうかがうと、それはもう見事なまでにくっきりと、眉間にしわが浮かんでいた。




 そうして、その日の夜。


 わたくしはいつもと同じように寝間着に着替え、寝台に横たわる。この季節は、部屋の大きな窓を開けたまま眠るのが好きだ。


 目を閉じて、ゆったりと静かに呼吸する。そうやって寝たふりをしながらしばらく待っていたら、いきなり窓のところで押し殺したような悲鳴が上がった。野太い、男性の声だ。


 驚いたふりをして飛び起きると、開いた窓の真ん中に人間が一人浮いているのが見えた。ちょうどお腹の辺りに太い縄が巻き付いていて、その縄一本でぶら下げられているのだ。


 その誰かは縄を外そうともがいている。その時、窓辺のタンスの陰で動きがあった。そこにひそんでいたメイドが立ち上がって、その誰かに近づいたのだ。


 と、窓で暴れていた誰かがぴたりと動きを止める。その体から力が抜けて、両手足も首もだらりと垂れ下がってしまう。


 わたくしはあわてず騒がず、メイドにうなずきかける。それから、入り口の扉に目を向けた。


 やがて扉が開いて、別のメイドが顔を出した。彼女は私を見て、すっと手で合図をする。準備はできています、いつでもどうぞ、の合図だ。


 さあ、いよいよわたくしの出番だ。寝台に上体を起こしたまま大きく息を吸って、力いっぱい吐き出した。


「……きゃああああああ!!」


 わたくしの叫び声を合図に、メイドたちが明かりをともす。


 執事たちがばたばたと足音荒く寝室に入ってきて、ぶら下がったままの誰かを引きずり下ろし、かついで運び出していった。


 それから急いで上着を羽織り、執務室へと走る。そこには普段着のままのじいやとばあや、それにレオニスと執事たち、メイドたちがいた。


 机の上には屋敷の間取り図が置かれ、その上にチェスの駒のようなものがたくさん並べられている。


「わたくしの寝室にやってきた刺客は無事に捕らえたわ。そちらはどう?」


「はい、お嬢様。刺客は一人ではないとの報告が既に上がっております。ですがこちらも、猫の子一匹もらさぬ布陣が完成しております。あとはここで、みなの報告を待ちましょう」


 刺客。それこそがさっき窓にぶら下がっていた誰かだ。わたくしが窓を開けたまま眠るということを知っていて、そちらから忍び込んできた。


 だからあらかじめ、その窓に仕掛けをしておいた。輪っかにした縄を窓枠に軽く固定しておいて、そこを誰かが通ると同時に輪っかを引き締める。とても単純な罠だ。


 というか、窓を開けて寝るという情報も、わざと流したものなのだけれど。そんなところを普通の人間が通る訳がないから、侵入者とそれ以外の見分けが簡単でいい。


 そうして引っかかった刺客を、メイドが薬で黙らせた。あれ、ばあやの新作なのだけれど、刺客の人は大丈夫なのだろうか。ちょっと心配だ。


 そしてさっきわたくしが上げた悲鳴は、「わたくしたち、侵入者に気づきましてよ?」ということを屋敷中に知らせるものだ。


 もし刺客に仲間がいた場合、焦ってわたくしを倒しにくるか、あるいは分が悪いと踏んでいったん撤退するか。


 どちらにせよ、こちらの迎撃準備は万全だった。わたくしの部屋には、腕利きのメイドと執事がひそんでいる。そしてわたくしのそばには、最強のじいやと仲間たちが控えている。


 さらに、退路となりそうなところにも抜かりなく、あらかじめ人を伏せてある。


 この屋敷の人間たちは、下手な軍隊よりも強く、統率が取れている。そんな彼らが本気を出して待ち伏せているのだ。ひとたまりもない。


 彼らは刺客を誘い出すため最初は警備をゆるくして、わたくしの叫び声と同時に退路を断つように移動している。刺客たちは、もはや袋のネズミだった。


 そうこうしているうちにも、執事たちが入れ代わり立ち代わりやってきては、手短に報告を済ませて出ていく。


「今回は大所帯のようですな。最初の一人に加え、さらに三人捕獲できました。うむ、大漁です」


「まあ、それはお話を聞くのが大変ねえ。どなたに頼まれたのか、きちんと調べなくっちゃ」


 ばあやがにっこりと笑って、それからいたずらっぽく声をひそめた。


「でも、それならなおのこと、新作の薬を使ったのは正解だったわ」


「……ねえばあや、その新作って、どんな薬なのかしら?」


「頭をぼんやりとさせて、うっとりと幸せな気分にする薬ですよ。それに体を動かしにくくなる薬を合わせていますから……尋問なんかにはうってつけの一品になっているはずです」


「おや、それはありがたい。あなたの薬は、いつもとてもよく効きますからな」


「日々研究していますもの。お嬢様のためなんですから、気合も入ってしまうというものよ」


「うむ、その気持ち、とてもよく分かりますぞ。私も、老いてなお鍛錬を欠かさぬようにしておりますからな」


 じいやとばあやがそんなことをとても和やかに話し合っているのを、レオニスはすさまじく複雑な顔で聞いていた。


 さらに執事たちが報告にやってくる。どうやら、全ての刺客を捕獲できたらしい。


 それを聞いたばあやが、わたくしたちのほうを見てにっこりと笑う。


「さあさ、それではお嬢様はお休みになってください。美容と健康のためには、十分な睡眠が一番ですからね。レオニス様、お嬢様をお部屋まで送っていただけますか?」


 そうしてばあやは、有無を言わさずにわたくしとレオニスを部屋の外に追い出してしまった。あとはお二人でごゆっくり、などという言葉が聞こえたのは気のせいか。


 仕方なく、二人一緒にわたくしの寝室を目指す。廊下をのんびりと歩きながら、レオニスがぽつりとつぶやいた。


「……『今晩あたり暗殺者が来るから、みんなそれに備えているのよ』と言われた時は、自分の耳を疑った。暗殺者とは、そうも気軽にやってくるものなのか?」


「ええ、いつものことよ。わたくしが未婚のまま死ねば、自動的に親戚の誰かがこの家を継ぐことになる。だからああやって、暗殺者を差し向けてくるの」


 思わず立ち止まり呆然とこちらを見ているレオニスに笑いかけて、さらに説明を続ける。


「ちなみに、わたくしがオウリーの家を継いだ直後なんかは、ごろつきを雇ってこの城に火をつけさせようとした者もいたわね。ここの守りが堅いと知ってからは、きちんとした暗殺者を雇うことにしたみたい」


 もうすっかり慣れっこになってはいるものの、改めて言葉にしてみると、やっぱり現状はちょっと……かなり異常だなと思わなくもない。


「暗殺者を捕まえるたびに、黒幕を吐かせて……そのたびに親戚の数が減っていくのも、もう慣れてしまったわ」


「なんというか……じいやが私を鍛え上げようとする理由が、ようやくきちんと実感できたような気がする」


 レオニスは生真面目に考え込んでいる。腕を組んで、あごに手を当てて。


「君が結婚したところで、親戚たちは手を緩めないだろう。今度は夫婦まとめて、命を狙われるだけだ。……いつぞやのような面倒な求婚者が減るだけで」


 求婚者がいなくなる、ではなく減る、とのくだりには同感だ。たとえわたくしが結婚したとしても、隙あらば夫の座をかすめ取ろうという者が出てくるだろうし。


「私は以前、君の邪魔はしないから夫にしろと言った。だがそれだけでは不十分なのだな。君を守る力と知恵、どのような事態にも動じない胆力と、使用人たちを束ねる人望……様々なものが必要なようだ」


「ええっと……そこまで大仰なものでもないわよ。わたくしにはじいやとばあやがいるし」


「だがあの二人は高齢だ。いつまでも君を支えられる訳ではない。もちろん二人とも後継者を育ててはいるのだろうが、君を守る者は多いにこしたことはない」


 妙にきりりとした顔で決意を固めてしまったらしいレオニスに、戸惑いながら尋ねる。


「……ねえレオニス、あなたはどうしてそこまでして、わたくしの夫となろうとするの? その座がどれだけ面倒な、危険な場所か、今のあなたには分かっているでしょう? それなのに、どうしてあきらめないの?」


「…………そうだな。いい加減、話しておくべきなんだろう」

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