5.演技って疲れるの、そうでしょう?
そうして応接間に顔を出したわたくしは、うげ、というはしたない声をぎりぎりのところで飲み込む羽目になった。
いつもは広々とした応接間に、隙間なく並べられた謎の箱の山。たぶんあれが、大量の贈り物とやらだろう。壁際には、それを運んできたらしい使用人たちがずらりと控えている。
それだけでも狭苦しいのに、椅子には三人の男性が澄ました顔で座っていた。コッペル、フェリー、ジンキーの子息たちだ。
みな若い貴族の青年。それ以外に取り立てて特徴もなく、目を引くような何かもない。そんな三人組だ。
三人はきざったらしい姿勢で、互いに無言で火花を飛ばし合っていたが、応接間の入り口に立つわたくしの姿に気づいたとたん、ころりと表情を変えた。
「麗しのリリーベル、今日はごきげんいかがかな」
甘ったるい笑みを浮かべて、真っ先にコッペルがそう言った。続いて、残りの二人が口を開く。
「私はずっとコッペル家の彼から、君のことを聞かされてきたんだ。そうして、矢も楯もたまらず……私はここで、君に正式に求婚したい」
その前にきちんと名乗りなさいよ、あなたはフェリーなの、それともジンキー? と口を挟む気にすらならない。
予想通り、というか予想より面倒なこの状況に、ただひたすらに頭が痛い。
「こら、抜け駆けするな。リリーベル、私は君に会ったことがある。とはいえ、夜会で遠くから、だけれど。その時からずっと気になっていたのだよ」
気になっていたのはオウリー家の財産でしょ、という言葉もどうにかのみ込めた。
こっそりとため息をついてから、お腹に力を入れる。さあ、ここからは本気でいこう。
しゃなりしゃなりとしなを作って歩き、誰も座っていない長椅子にゆったりと腰を下ろす。
普段のわたくしとは、まるで違う身のこなしだ。もちろん、意識してやっている。相手を圧倒するために。
それから上から目線で、三人を順に見渡した。女王のような貫禄を漂わせながら。
たったそれだけのことで、三人とも緊張してしまって何も言えなくなっているようだった。
うん、彼らは見事なまでの根性なしだ。でもそのほうがありがたい。
「まずは、はるばるここまで来ていただいたことにお礼を言うべきかしらね?」
いつもより鼻にかけた甘ったるい声で、そう言い放つ。歌うように、くすぐるように。
「贈り物もたくさん。求婚してくれる殿方もたくさん。わたくし、幸せ者ですわね」
その言葉に、三人組はうんうんとうなずく。勢いが良すぎて、首がもげないか心配だ。
そんな感想はひとまず置いておいて、ことさらに困ったような顔を作って両手を頬に当てる。とびきり可愛らしく、言葉を続けた。
「でも、求婚してくださる殿方はまだまだいるんですのよ。わたくし、いったいどなたを選べばいいのか分からなくなってしまいましたわ」
わざとらしくため息をついてみせると、コッペルが勢いよく立ち上がった。
「ならば、どうか私を選んでくれ! 私はずっと前から、君を愛していた。これからも変わることなく君を愛し続けると誓おう」
フェリーとジンキーも気後れしながら、だいたい同じようなことを口にする。どうせなら、もうちょっと気の利いたことを言ってくれれば面白かったのに。
ほんとみんな、判で押したように同じことを言う。愛してる、結婚してくれ。そのせりふはもう聞き飽きた。
彼らの言葉をしっかりと胸に刻んでいるふりをしてから、ゆっくりと口を開いた。
「みなさま、口ではそう言いますけれど……本当かしら? よく聞きますわよね、熱心な求婚を受けたはいいものの、結婚したらまるで扱いが違ってしまったって話。わたくし、そんな目にあいたくないんですの」
ここであえて、無邪気に笑ってみせる。無邪気な子供のように、夢見る乙女のように。
「どんな時も、わたくしのことを一番に考えてくれる……わたくしのためなら、なんだってしてくださる、そんな殿方を夫にしたいなあって、そう思ってるんですの」
「私は、なんでもするぞ!」
そんな感じの言葉が三つ、順に飛んでくる。うん、これで言質は取った。なんでもするというのなら、この次のお願いも無視できないだろう。
「あら、本当ですの? 嬉しいわ。実はわたくし、ずっと欲しかったものがあるのです」
感情を込めてそう言うと、三人が前のめりになった。よし、食いついた。にこりと笑って、とどめの一言を口にする。
「ありふれているのに唯一で、無価値なのにかけがえのないものを探してくださいませ。それを見つけてきてくださった方と、真剣にお付き合いしたいと思いますわ」
彼らは最初、私が言ったことが理解できなかったらしい。ぽかんと口を開けて、固まっている。
「さあ、それではみなさま、一刻も早く見つけ出してくださいな」
石像のようになっている三人を、そう言ってせきたてる。三人ははじかれたように立ち上がって、応接間から出ていこうとした。その背中に、あわてて呼びかける。
「あ、わたくし、お付き合いしていないかたから物をもらうのは心苦しいので……どうかこの贈り物も、いったん引き上げてくださらないかしら?」
そんなやり取りを経て、応接間はようやく元の姿を取り戻していた。ああ、疲れた。
ううんとのびをして、凝ってしまった肩に手を当てて。
「はあ……高飛車で高圧的な悪女を演じるのも疲れますわ。じいや、もう出てきていいわよ」
こういう話し合いの場には、だいたいじいやが同席している。というか、物陰から監視している。いざという時、わたくしを守るために。
あの三人とのやり取りですっかり調子が狂ってしまったので、じいや相手に愚痴ろうと思ったのだ。予想通りに飾り棚が内側からばんと開いて、中から人影が姿を現す。
「……え? レオニス……」
そこの隠れ場所にひそんでいたのは、じいやではなくレオニスだった。急に決まりの悪さを感じてしまい、あわてて彼に弁明する。
「あ、あの、さっきのあれこれは彼らを追い払うための演技なの。だから、その……」
「ああ。見事な演技だった。相手の性格をつかんだ上で、うまく自分の望むように話を持っていく……素晴らしい手腕だった、と思う」
「そこまで手放しに褒められると、それはそれで落ち着かないのだけれど」
「いや。このオウリー家を一人で守るには、それだけの能力が必要なのだと、改めて思い知らされた。私も頑張らねば」
何やら一人で納得して一人でやる気になっているレオニスに、あわてて口を挟む。
「あの、これ以上何を頑張るの? あなた、毎日じいやにしごかれているじゃない。あれ、途中で音を上げる人が続出する過酷な訓練よ?」
そうやって尋ねてしまったら、もう止まらなかった。ずっと気になっていたことが、次々と口をついて出る。
「なのにあなたは、必死で訓練に食らいついてるって聞いているし……その、公爵家の、貴族の青年があれについていけるだなんて思わなかったって、みんなそう言っているわ。……どうして、そこまでするの?」
「……私もまた、君の夫たることを望む人間の一人だ。君もそれは知っているだろう?」
「でもわたくしには、あなたがこの家の財産を狙っているとは、どうしても思えないのよ」
「ああ。私は財産に興味はない」
「だったら、どうして?」
もう一度重ねて問うと、彼は苦しげな顔をして黙り込んでしまった。じいやとばあやが言っていた通り、どうも彼は何やら訳ありらしい。
そう言えば、初めて会ったあのパーティーの夜も、彼はこんな表情を見せていた。不思議とわたくしの目を引き付ける、悲しげな顔。
彼のことを、知りたい。そんな思いが、ふとわいてきた。
でも、どうすればいいのだろう。うっとうしい求婚者を追い払うための言葉ならいくらでもするすると出てくるのに、彼にかける言葉が見つからない。
悩んで困って、戸惑って。結局わたくしは、話をそらすことしかできなかった。
「そ、それより、どうしてあなたがあそこにひそんでいたの? あそこでの見張りは、いつもならじいやの担当なのに」
「……そのじいやから、提案された。お嬢様には何も告げず、こっそりと入れ替わっていただけませんか、と」
「じいやは何を考えているのよ……」
「……お嬢様の普段見られない一面を目にできるでしょうと言っていた」
つまりじいやは、わたくしがコッペルたちを追い払う演技をしているところを、レオニスに見せようと思ったらしい。いったいなんだってまた、じいやはそんなことを思いついたのか。
「私は、入れ替わってよかったと思う。君の新たな一面を見られた。そして、君が直面している問題についても、より深く実感できたように思う」
「あ、さっきの新たな一面とやらについては忘れてちょうだい。恥ずかしいから。あと、そこまで深く考えなくてもいいわよ。どんな手を使ってでも、邪魔者には退場していただく。それだけのことだから」
生真面目に感想を述べているレオニス。それがどうにもこそばゆくて、話をそらす。
「それに演技だっていうなら、初対面の時のあなたこそ演技だったのではなくて? 今と、まるで印象が違うわ」
「そ、それは」
レオニスは目に見えてうろたえた。まさか本当に演技だったの? あの尊大な、あれが?
「……その、それについては、いずれまた、話す……かもしれない」
そうやって恥じらっている姿は、思いのほか可愛らしかった。そのせいか、今度はわたくしが動揺してしまう。
「あら、そうですの。それではわたくし、まだ執務がありますから」
そんなことをもごもごとつぶやいて、応接間を後にする。じいやが何を考えているのか、さっぱり読めなかった。