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4.風変わりな居候ととんでもない城

 そうしてわたくしたちは、悠々とオウリーの城に戻ってきた。


 ばあやたち留守番組にレオニスのことを話すと、面白がっているような顔をしながら「分かりました、準備を整えておきますね」とうなずいていた。


 レオニスはさらに次の日の朝一番にやってきた。じいやに言われた通り、使用人を連れずに一人で。ふうん、きちんと約束を守るだけの誠意はあるのね。


 わたくしには当主としての仕事が山ほどあるので、彼の相手はじいやに頼むことにした。そもそもレオニスをここに招いたのはじいやなのだし。


 もとよりじいやもそのつもりだったらしく、「お任せあれ」と笑っていた。いつもより楽しそうな、ちょっと悪だくみをしているような顔だった。


 そんな中、レオニスはただ一人緊張した顔をしていた。先日アルジェの屋敷で、わたくしたちが夜這い男を片付けている現場を見てしまったからかもしれない。


 まあ、尻尾を巻いて逃げ帰るというのなら、止めない。お好きにどうぞ、だ。


 にっこりと笑いかけてやると、レオニスはぎこちなく笑い返してきた。




 そうして執務室にこもり、いつも通りに書類の山を片付けまくる。


 お昼を過ぎて午後になった頃、レオニスが遠慮がちに顔を見せた。小ぶりのワゴンをそろそろと押しながら。


「その、今いいだろうか。ばあやから、三時のおやつを持っていくように頼まれた」


 やってきたその日のうちに、もう使いっ走りにされている。この屋敷の使用人たちは色んな意味で強いし、レオニスはわたくしの伴侶候補として鍛え上げられることになっている。


 けれど、まさかレオニスをこんなふうに使うとは。これも、伴侶候補の特訓の一環ではあるのだろうけど。


「ありがとう。あら、二人分用意されているのね。だったら、あなたも一緒にどうかしら?」


 そう誘ってやると、レオニスは戸惑いながらもうなずいた。出会い頭に一方的な求婚をしてきたとは思えないほどの、腰の引けっぷりだった。


 執務机を離れ、休憩用の低いテーブルとソファのところに移動する。ワゴンにのせられていたお菓子と茶器をテーブルに並べ、お茶を注ぐ。


 わたくしが手慣れた動きで準備を進めているのが不思議だったのか、レオニスが首をかしげた。


「……普通、こういった作業はメイドがするものだと思うが」


「気晴らしにちょうどいいのよ。それにこの程度のことで、メイドたちの手をわずらわせたくないの。彼女たちも他の仕事で忙しいのだから」


 ここのメイドたちはあれこれと用事を作っては外に出向き、様々な噂や情報を拾ってくるという仕事もしている。レオニスにはまだ内緒だけれど。


 そうして二人お茶を飲み、お菓子をつまみながらのんびりとお喋りする。


「ところでレオニス、あなたは今日どうしていたのかしら?」


「……あの執事……『じいや』に鍛えられていた」


 予想通りの言葉に、うっかり笑いそうになるのをこらえる。


 じいやの特訓は、大概の者が音を上げるくらいに厳しい。なるほど、それでさっきからどことなく彼の動きがぎこちなかったのか。疲労と筋肉痛で。


 たぶんレオニスは朝からずっと、走り込みや素振りをやらされていたのだろう。わたくしはじいやにしごかれたことこそないけれど、使用人たちからその大変さは聞いている。


「じいやに任せるわ、とは言ったけれど、まさか本当にあなたを鍛えるなんて思いもしなかったわ」


「……『お嬢様の伴侶たることを望まれるのであれば、それにふさわしい能力を身につけるべきですな』と言っていた。だがそれがどうして、体を鍛えることになるんだろうか」


 お嬢様の伴侶たることを望まれるのであれば。それはじいやの口癖だ。下心丸出しの求婚者が現れるたび、じいやはそう言って眉間にくっきりとしわを刻んでいる。


 今のところ、じいやの眼鏡にかなった男性は現れていない。おそらくは気まぐれなのだろうけど、それでもじいやが使用人以外の誰かをわざわざ鍛えようとしたのは、レオニスが初めてだ。


「あなたも先日見たでしょう。わたくしは色々と危機にさらされているから。わたくしの近くにいると、それだけで危険な目にあいかねないの。せめて自分の身くらいは、自分で守ってもらわないと」


「……正直言って、自信がない。あのじいやも、彼が率いる執事や使用人たちも、みなとてもいい動きをしている。剣術の心得がない私にも、それくらいは分かる」


 しょんぼりと肩を落としていたレオニスが、こちらを見ないまま付け加えた。


「だが……見込みがある、とは言われた」


 そのレオニスの言葉に、思わずティーカップを取り落としそうになる。


「見込みがあるって、あなたが? じいやがそう言ったの?」


 レオニスと初めて会ったあの時、じいやは彼に興味を持っているようだった。でも、そこまで言うなんて。


 じいやからそんな評価をもらった人間は、今まで数えるほどしかいない。ちなみにその人間たちは全員執事として取り立てられて、わたくしの一番近くを守らせている。


「ああ。そんな風に認められたのは、初めてで……落ち着かない」


 驚きに硬直しているわたくしの耳に、そんな言葉が聞こえてきた。あら、今のはどういう意味だろう。ちょっと気になる。


 しかし彼はそこで言葉を切って、ゆっくりとお茶を飲んでいた。たぶん、それ以上は聞いてくれるなということなのだろう。


 まあ、この感じだと彼はもう少しここに滞在していくだろうし、また話す機会はあるだろう。焦ることはない。


 そう自分に言い聞かせて、優雅にお茶を飲む。興味の芽が胸の中でうずいているのを、見ないふりして。




 レオニスは、意外と頑張っていた。


 早朝から正午まではじいやにしごかれ、昼からは自主的に何やら学んでいる。書庫に出入りしたいと言い出したので許可をあげたら、毎日夕方までこもるようになったのだ。


 そうしてその合間に、わたくしのところに顔を出す。ばあやに頼まれてお茶のワゴンを押しながら。


 最初に会った夜こそ高慢な物言いをしていた彼だったが、今ではすっかりおとなしくなった。というより、もしかするとこちらが素なのかもしれないと、そう思った。


「……二人から見て、彼はどうなの?」


 ある日、わたくしはじいやとばあやを呼んで、こっそりと話し合っていた。お題は、レオニスについて。


「そうですな、身体能力はそこそこといったところですが、必死に食らいついてくるところは評価できます。久々に、しごきがいのある若者が来たかと」


「評価できる……」


「そうですわねえ、今時珍しい、純朴な若者だと思いますよ。私が毎日ワゴン運びを頼んでいるのに、嫌な顔一つしませんし」


「純朴な若者……」


 うんうんとうなずき合っている二人をよそに、わたくしは首をひねっていた。実のところ、二人の言うことにも納得はできていた。


 レオニスは意外に根性があるし、立場の割に腰も低い。どこかの家の当主とするには少々頼りない雰囲気かもしれないけれど、当主の伴侶としてならちょうどいいかもしれない。


 でもそうすると、一つ大きな謎が残るのだ。


「……あなたたちの言葉に、わたくしも同意するわ。レオニスは悪い人でない。でもそれならどうして、いきなりあんな偉そうな求婚をしてきたのかしら? わたくしにはそこが、どうしても分からないのよ」


 そう正直に言うと、二人は一瞬顔を見合わせて、それから同時にこちらを向いた。妙に思わせぶりな笑顔だ。


「きっと、彼にも事情があるんですよ。いずれ、お嬢様にも分かると思いますわ」


「ええ。おそらく彼は、もうしばらくこの屋敷に滞在するでしょう。その間に、焦らず騒がず、じっくりと距離を詰められると良いかと」


「といいますか、既にお嬢様もレオニス様のことが気になっておられるのではないかしら?」


「もっと早くに、お嬢様が彼のことを追い払ってしまうかもしれないと思っていたのですが……意外でしたな」


「あら、じいやはこうなることを予想していたのではなくって? あなたたち二人はわたくしのことについてなら、わたくしより詳しいもの」


「おや、見抜かれましたな」


「うふふ、ばれていましたねえ」


 笑い合う二人をよそに、頭の中で考えをまとめてみる。


 初対面は無礼で尊大だったレオニス。ここに来てから彼は、やけに真面目に頑張っていた。


 同時にちょっと世間知らずなところもあり、たまに礼儀に欠けるふるまいに出ることがあるのだが、そのつど指摘してやるとすぐに受け入れてくれるし、同じ間違いを繰り返したりはしない。とても素直だ。


 公爵家の人間だという割に、ずっと格下の伯爵家の、それも使用人であるじいややばあやの言うこともよく聞いている。


「じいやの見立ては、正しかったのかもしれないわね……」


 いい拾い物になるかもしれない。じいやは彼のことを、そう評価していた。いったい何をもって、そう思ったのかはいまだに分からないけれど。


 わたくしも、もう一歩踏み出してみようかしら。そう思った。


 その時、部屋の扉が叩かれる。入るようにうながすと、困り顔のメイドがやってきた。


「お嬢様に、お客様です。が……」


「あら、もしかして、コッペル家のあの方かしら? そろそろおいでになる頃かと思っていたのよ」


 言いよどむメイドに、ばあやがにっこりと笑いながら尋ねる。メイドはこくんとうなずいて、小声で付け加えた。


「さらにフェリー家の三番目のご令息とジンキー家の二番目のご令息もおいでです。しかも、大量の贈り物と共に」


「それは……面倒ね」


 コッペル家の長男は、ずっと前からわたくしに求婚し続けている。これっぽっちも興味はないのでばっさり振ったのに、まだこうして時々やってくる。


 うちの家の全員が、面倒な男だと口をそろえるくらいに、うっとうしい人物だった。


 そしてフェリー家の三男坊とジンキー家の次男坊、か。その二人には会ったことがないけれど、ばあやたちのおかげでどんな人物かは分かっている。


 彼らはコッペルの長男とは昔なじみの友人で、いつも何かで張り合って競争しているのだとか。


 それが一度にやってきたということは。予想が当たっていたら、この上なく面倒くさい。


「まとめて応接間にお通しして。こうなったら、まとめてけりをつけてやるわ」


 久々に、本気を出さないといけないようだった。

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