12.とびっきりのサプライズ
そんなこんなで、わたくしは驚くほど平和な日々を過ごしていた。わたくしがレオニスと婚約したと聞いて、ほとんどの男たちが退いてくれたからだ。
もっとも時折、それでもと食い下がってくる面倒な男たちもいる。
でもそんな男たちも、レオニスとしばらく二人きりにしてやればなぜか素直に引き下がってくれた。
どうやらレオニスが、男たちを説得してくれているらしい。具体的に何をしているかについては、内緒だと言って教えてくれない。
じいやがこっそりと、ヒントだけをくれた。
レオニスはその生い立ちのせいか、貴族にありがちな浮ついたところがない。かつてはちょっと世間知らずだったけれど、それもこのオウリーの城で暮らすうちに変わっていった。
誠実な人柄に、重みのある言葉。それらを武器にして、彼はかたっぱしから男たちを説得しているのだそうだ。
このまま修練を積んでいけば、レオニス様はいずれ交渉の達人となられるかもしれません。じいやはそう言っていた。気性がまっすぐな分、交渉事は少々苦手なお嬢様の、よき補佐となられるでしょう、とも。
じいやのそんな言葉を、わたくしは書類を読みながら聞き流しているふりをした。ちょっと照れ臭いのを、隠すように。
そんなある日、レオニスがわたくしを外に誘った。オウリーの城の、すぐ外の野原に行きたいのだと言って。
やけに真剣な表情に、戸惑いながらもうなずく。そうして二人で、城を出た。
城門を出ると、そこには一面の草原が広がっている。
普通の城は、森のそばとか崖のそばとか、そういった障害物があるところに建てられることが多い。外から攻められる時に備えて。
でもオウリーの城は、そういった地形による守りを丸ごと捨てている。敵の接近をいち早く察知し、速攻で迎撃する。ここはそういう場所だ。先手必勝、分かりやすくて好きだ。
そんなことを考えながら、ゆっくりと進む。前を行くレオニスの背中が、いつになくこわばっているように思える。なんだかいつもと、様子が違う。
不思議に思いながら、彼の後に続く。やがて彼は、すぐ近くにある花畑で足を止めた。
かがみこんで何かを拾うような動きをしていたと思ったら、また立ち上がってこちらに向き直る。
その手には、一輪の花。白くて真ん丸な、ポンポンのような花だ。
「……これは、こういった野原によく咲いている花だ」
そう説明しているレオニスの声も、いつもよりうわずっている。緊張しているのだろうか。
彼は葉っぱをぷちぷちとちぎり、残った長い茎をくるくると丸めている。あっという間に、花の指輪のようなものができあがる。
「……その、手を出してくれ。左手を」
首をかしげながら、言われた通りにする。彼はうやうやしくわたくしの手を取って、左手の薬指に花の指輪をはめてくれた。
「きれい、ね。野の花でこんなものが作れるなんて知らなかった」
手に咲いた花をうっとりしながら眺めていると、レオニスが視線を落としてつぶやいた。
「私と母は、アルジェの家の片隅で、身を寄せ合うようにして生きていた。当主の情けだけで生かされている、そのことは自覚していたから」
彼の話に、じっと耳を傾ける。彼は昔を懐かしんでいるような顔をしていて、その口元にはかすかに笑みが浮かんでいた。
「だから母は、私をよく外に連れ出した。私たちのほか誰もいない野原や森に出向き、昼の間はそこで過ごしていた」
その言葉に、周囲に目をやる。小さな花々が咲き乱れる野原、そこに座っている母子の姿が、見えたような気がした。
「母は平民で、私を生んだことで苦労していたが、それでも色々なことを教えてくれた。……この指輪も、その一つだ。『いつか、お嫁さんにしたい子にあげなさい』と、そう言っていた」
お嫁さん。その言葉に、ちょっと照れ臭くなる。彼は既にわたくしの婚約者なのだし、今さら照れるというのもおかしな話だけれど。
「……ありふれているのに唯一で、無価値なのにかけがえのないもの」
不意に、レオニスがそんなことをつぶやいた。聞き覚えがある気がするけれど、何だったろうか。
「君は以前、求婚者たちを追い払う時にそんなことを言っていた。それを持ってきてくれた相手と、真剣に付き合うことにする、と」
そういえばそんなこともあった。あの時は、押しかけてきた三人に無理難題をふっかけて追い払うことしか考えていなかったから、今改めて言われるまで思い出せなかった。
「……この指輪は、ありふれた野の花の一輪でしかない。だが、私はこの花に思いの全てを込めた。この世に一つきりの、そんな指輪だ」
レオニスはわたくしの手を取って、うつむいた。わたくしの手にはまった可憐な指輪を見つめている。
「そしてこの指輪には、価値がない。けれど私にとっては、何よりもかけがえのないものなんだ。……君に贈る、初めてのものだから」
おそるおそるそう説明してから、彼はいったん口をつぐむ。一呼吸置いて、自信なげに言った。
「どう、だろう……この指輪は、君が出した条件に、当てはまってはいないだろうか」
わたくしは、すぐに返事ができなかった。彼の言う通りだと、思ってしまったから。あんな無理難題を、レオニスが解くなんて。
呆然としたまま、無言でうなずく。レオニスがほっとしたように、息を吐いた。
「良かった。ならばその……もう一度、改めて君に求婚してもいいだろうか」
「え、求婚……? でもわたくしたちは、もう婚約しているのだけれど……」
「ああ。だが、最初の求婚は我ながらひどいものだったし……私も、きちんと気持ちを伝えておきたいんだ」
そうして彼は、わたくしの手を両手でしっかりとにぎりしめた。伏せられていた目が、まっすぐにわたくしに向けられる。
「リリーベル。私は命じられて君に近づいた。そして君はきっと、私の能力や努力を買って、婚約者としてくれたのだろう。私たちの関係は、偶然や利害に支えられている」
彼のそんな言葉に、強烈な違和感を覚えた。違う、利害だけではないの、そんな言葉が飛び出しそうになった。
ちょっと待って、利害以外の何かって、いったい何?
「だが私は……君に、恋をした。いつも堂々と前を向いている君の美しい姿に、焦がれるようになったんだ。だからこそそんな君を守り、支えていきたいと……」
恥ずかしくなってしまって、下を向く。自分の指にはめられた野の花の指輪が目に入って、さらに恥ずかしくなる。
「君には知っていてほしい。私は君にとって最良の伴侶となれるよう努力する。だがそれは利害や義務ではなく、愛情によるものなのだと」
そこまで言って、レオニスは黙り込んだ。どうしたのかな、とそろそろと視線を上げると、すっかり真っ赤になった彼の顔が目に入った。
あ、あれ? 心臓が、なんかおかしい……ものすごくどきどきして……どどどどと、今まで聞いたことのない音がする。頭がぐるぐるして、考えがまとまらない。
「わ、わたくしっ」
口を開いたら、やけにうわずった声が出てしまった。押し倒してくるようなふらち者相手でも、格上の公爵が相手でも、こんな間の抜けた声が出るほど取り乱したことなんてないのに。
……ああ、そうか。
「その……ありがとう、レオニス。そして……これからはずっと、わたくしの一番近くにいてほしいの」
それだけ言うのが精いっぱいだった。どきどきしすぎて、めまいがし始めたのだ。レオニスは相変わらず真っ赤なまま、こくりとうなずいている。
どうしよう。ここからどうしよう。わたくしたち、これでも婚約している間柄なのに。いずれ結婚式を挙げて、夫婦になるのに。
レオニスに握られている手が、指輪のはめられた手が、熱を帯びている気がする。触れられていることが嬉しくて、恥ずかしくて、どうしよう。
すっかり困り果てていたその時、急に辺りが騒がしくなった。
ばっと顔を上げると、城の裏手から、椅子型の二人乗り馬車が猛烈な勢いで駆けつけてくるのが目についた。よく見ると、その馬車を操っているのはじいやだ。
何事かとレオニスと顔を見合わせる。しっかりと、手を取り合ったまま。
さらに執事たちが、わらわらと城から出てきた。なぜか笛やバイオリンなど、楽器を手にして。
それに続いて、ばあやとメイドたちも姿を現した。みんな、手にかごやら箱やらを持っている。
訳が分からずに立ち尽くしていると、じいやの馬車が目の前で止まった。
「さあお嬢様、レオニス様、乗ってください」
じいやは有無を言わさずに、わたくしたちを馬車に放り込む。それから、さっきとは打って変わって気取った足取りで、馬を歩かせ始めた。
「な、何なのこれは」
「執事を数名、この草原にひそませておりました。目立たぬよう布をかぶって。彼らは鏡で、私たちに合図を送っていました」
「ちょっと待って……まさか、先ほどのわたくしたちのやり取りを……」
「申し訳ありません。盗み聞きしておりました。お二人の仲がそろそろ進展しそうだと、そう判断しましたので」
いっそすがすがしいほど堂々と、じいやは答える。その向こうに、オウリーの城が見えていた。執事たちとメイドたちが、一糸乱れず整列している。
わたくしたちが乗った馬車が近づくと、執事たちが一斉に楽器を構えた。そうして、音楽が流れ始める。
「これは……」
レオニスが目を見張って、身をこわばらせる。頬から耳まで真っ赤だ。
それもそうだろう、今執事たちが演奏しているのは、結婚式で新郎新婦を祝福する時のための曲なのだから。
馬車が城に近づいていくと、メイドたちがかごの中に手を入れて何かをまき散らした。
あれが何なのかも、もう分かる。色とりどりの紙を花びらのように切ったものだ。あれもまた、結婚式で使うものであって。
つまりみんなは、一足先にわたくしたちを祝福してくれているのだ。わたくしたちが二人とも奥手なのを見抜いた上で。
「……じいや。あなたたちは、覚悟を決めろ、と言いたいのね。恥ずかしいからってごまかすな、自分の気持ちに向き合えと」
「そうとも言いますな。お嬢様は有能であらせられますが、色恋沙汰は不得手ですから。寄ってくる殿方を追い払うのは大の得意ですが、受け入れるのは初めてでしょう」
やけに楽しそうな声で、じいやが答える。隣のレオニスを見ると、彼は真っ赤になったまま微笑みかけてくれた。
色とりどりの花びらと、優しい音楽。その中を、わたくしたちを乗せた馬車は通り抜ける。
「さあ、仕上げといきますよ!」
一番奥に立っていたばあやが、ひときわ明るい声を張り上げた。それを合図に、周囲のメイドたちが手に持った箱を地面に置いた。
少しして、ぱあんという大きな音と共に、何かが箱から飛び出した。それは真上に上がっていって、城の屋根くらいの高さではじける。
華やかなピンク色の雲がふわんと広がって、それからゆっくりと降りてきた。香木の粉でも混ざっているのか、とてもいい匂いがする。
ばあやが得意げに胸を張って、わたくしたちに向き直る。
「私特製の花火ですよ。夜に見たほうが綺麗なんですけどね、昼間でも楽しめるように細工をしましたから」
「ええ、とっても素敵……さすがはばあや、こんなものも作れるのね」
「それはもう、娘のように大切に思っているお嬢様のためですからね。レオニス様、お嬢様を泣かせたら承知しませんよ?」
「ああ。もちろんだ」
「……どちらかというと、お嬢様がレオニス様を泣かせる心配をしたほうがいいかもしれませんが」
じいやがそう口を挟んだのがおかしかったのか、レオニスは必死に笑いをこらえながら肩を震わせている。けれどやがてこちらを向いて、耳元でささやいてきた。
「君は、たくさんの人に愛されているんだな」
「あなたも、愛されているわ。もう、このオウリーの一員だもの」
「……そうか。アルジェの家にいた頃は、こんな形で幸せが舞い込んでくるなんて、思いもしなかった。この幸せを守れるよう、より一層努力しよう」
「二人一緒に、ね」
ピンクの雲に包まれて、辺りの風景がぼやけてくる。優しい音楽、色とりどりの花びら、いい香りの雲。まるで、夢の中にいるようだった。
「……でも、一番あなたのことを愛しているのは、このわたくしよ」
レオニスだけに聞こえる声で、そっとつぶやいた。彼はわたくしの手を包みこむようにして握った。優しく、それでいてしっかりと。
「もう、離さない」
「わたくしこそ、離す気はないわ」
左手の白い花の指輪が、ふと目についた。驚くくらいに幸せな笑みが浮かぶのを感じながら、レオニスの肩に頭をもたせかけた。
ここで完結です。読んでくださって、ありがとうございました。
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