エピローグ
本編最終回から三日後の後日譚になります。
プロローグはないくせにエピローグはあります。
ある日の昼下がり。
街の爆撃騒ぎから、三日後のこと。
高くそびえる城壁に囲まれた都市、メイレスタは今日もこうして平和な一日を迎えることができていた。
魔族の脅威が一時的に去った今、街の民衆の大半は爆発によって破壊された街の外観の復旧に追われている。粉々に崩れ去った家屋の瓦礫撤去や、取り残された遺品の回収、インフラ整備の見直しなどやるべきことは山積み。
そのため人々は、ここぞとばかりに団結して作業に取り掛かっていた。
そして、そんな彼らの中には。
不運にも、大切な人を亡くした者もいた。
***
「これで、全員?」
銀髪を風に揺らしながら、ハイライトは殆ど独り言のように呟いた。
メイレスタを囲む城壁の外、人々で溢れかえる街とは対称的に、その場所は途方もなく開けた空間が広がっていた。辺りを見渡して目につくものといえば、背の高い広葉樹や獣道の脇に咲く代わり映えしない花たちなど。
そんな『何も無い場所』にハイライトが見ていたのは、分厚い布に包まれた幾つもの物体。
それぞれ大きさは違えど、それらは等間隔に地面に並べて置かれていた。
ざっと見たところ、その数は五十を軽く超えるといった感じだ。
ハイライトがその異様な光景にそれ以上何も言えないでいると、近くにいたノアが口を開いた。
少し時間を置いて、ノアは彼女の問いかけに答える。
「ええ、今回亡くなった方々は、これで全員です」
地べたに並べられたそれらを眺め、ノアは少し目を細める。
ノアがしゃがみこんでいても、冷たくなった彼らは当然誰一人として言葉を発さない。
雑多な布に包まれて、呼吸もしないままただそこにいるだけだ。
流れる重い空気を取り持つように、ハイライトは言葉を接ぐ。
「そっか、多いね」
「……いえ。貴女方のご協力があってこそ、ここまでの被害に留めることが出来たのですから。私としては感謝しなければなりません。街の方々もきっと、同じ心持ちでいられることでしょう」
「うん。私もそう信じるよ」
ハイライトの顔に微かに笑顔が戻る。
それでも、目の前に映る者たちへの思いは忘れてはいけない。
ノアに倣って、ハイライトもその場でしゃがみこむ。
「この地域も埋葬だったよね?」
「ええ。遺族の方々がお墓を立ててくださるので、皆様はその下に」
「じゃあ、まだ祈るには早いかな……」
両手を合わせかけたハイライトにノアはいいえ、と返す。
「私は祈りますよ。今回のような惨事が、今後二度と起きぬように」
「……君でも神に祈るんだね」
「私でも、ですか? 当然ですよ。私とてそればっかりは神頼みですから」
苦笑を交え、ノアは続ける。
「祈ってばかりではいけないということは分かってはいますが……人は誰でも、誰かに弱音を吐いたり、縋りたくなるものなんですよ」
「それは、頼られる側も大変だね」
「そうでしょうね。まったくです」
話に区切りをつけると、二人は静かに両手を合わせて静謐に目を閉じた。
神への、祈り。
もう二度と、という不確かで我儘な祈り。
それは死者を弔うためでもあり、今を生きる人々のためでもある。
すべての人々のために、願い事めいた祈りは神へと届けられる。
二人の祈りは確かに、魂の眠る空へと昇っていった。
ひとしきり祈りを終えたハイライトは、瞼を開いた。
合わせていた両手を膝について立ち上がり、彼女は軽く伸びをする。
「それじゃ、私はこれで。このあとはもう、ここを出なきゃだし」
「ああ、そう言えば今日でしたか」
「ほんとにいい暇つぶしになったよ」
「ふふっ、早いものですね。時の流れというのは」
「大袈裟だって~。それに……ここにはいずれ、また来ることになるだろうからね」
微笑みを交わし合って、ノアも服についた砂を払って立ち上がった。
「それでは、さようならもまだ早いですね」
「そうだね。……じゃあ、また」
「ええ。またどこかで」
言葉少なに二人は別れ、別々の方向へと向かっていく。
街へ戻る通行所へと歩き出したハイライトは、少しずつ足取りを軽くしながら進んでいく。やがて見えてきた門の向こう、賑わうメイレスタの街並み。二本指で挟んだ冒険者証を、宛もなくゆらゆらと揺らしながら。
「――さて、弟子くんも待ってるよね〜!」
自由で気ままに。
ちょっと特別な暇つぶしのために、彼女は今日も行く。
§
城壁都市メイレスタ。
領主レゾナンス家の住居もあり、その近辺の大通りの一際人々の営みが盛んな街の東部。普段なら活気にあふれた人々が織り成す風景が見られるその場所は、忍び寄ってきた魔の手の中で歪められてしまっていた。
それでも、悲運ながら命を落とした街の仲間のためにも、残された人々は復旧を急いでいた。
『こっちは瓦礫撤去済んだぞ!』
『手空いてる奴何人かこっち寄越してくれーっ!』
『これ終わったら昼休憩か……』
家を吹き飛ばされた者、屋台を出す場所を奪われた者、力仕事で呼ばれた筋骨隆々の戦士。
それぞれ抱える事情は異なるものの、この事態にそんな言い訳は無用だ。困ったときはお互い様、というのが彼らのもつ信念でもあるのだから。
『誰かぁ! 〈念動魔法〉使えるやつ呼んできてくれー! こりゃー腕力だけじゃ無理だーっ!』
『サボろうとすんじゃないよ男共ッ!!』
……お互い、さま?
厳しい状況にあっても本来の活気を忘れないこの街。
街を魔の手から救い出した張本人も、しれっとこの場に居合わせていたのだった。
***
「…………」
ルフトは一人、街を気ままにぶらぶらしていた。
まるでどっかの誰かさんみたいだな、と内心嘲りつつ。
変わったようで変わらないこの街の景色をその目に焼き付けながら、そんな景色に思わず笑みが溢れる。
自分がこの街を救った、なんてまだ彼には信じ難い話だ。
所々包帯で手当てされた身体も、ルフトは気にする素振りはない。一日ベッドで養生していたら健在になった自分を、意外と頑丈なんだと思うくらいだ。
「――よぉ、少年」
真横からした声にルフトは振り向く。
気さくな面持ちで近づいてきたその男は、鍛え抜かれた片手を高く見えるように上げていた。
「いや、『英雄』だったか?」
「よしてください、俺はそんな……」
遠慮がちにルフトは苦笑を浮かべる。
目覚めてからの二日間、街に出る度に言われるその褒め言葉に正直……うんざりしていた。
ルフトからすれば、フェルトやノア、そしてハイライトの助力があってこその勝利だったのだ。自分一人が讃えられることに違和感を持つのも不思議ではない。
でも、褒められるのは嫌いじゃない。
やっと一つ、何かを成し遂げることができた。
生きてていいんだと、思えたような気がした。
今はそう思ってもいい気がする。
「えと、ロディさんでしたっけ?」
「ああ。俺はメイレスタ衛兵団指揮官、ロディ・ゴールスだ。表彰式以来だな、刀使いの英雄さんよ」
無精髭を蓄えた顎が動き、頬が友好的な笑みを作り上げる。
目の前に差し出された彼の右手に、ルフトは同じく右手を差し出して応えた。がっしりと固い握手を交わすと、ロディは離した手をルフトの肩に置いた。
「お前さんには本当に、感謝しかねえよ。俺達が街の被害を最小限に留められたのも、全部お前さんが本体を倒してくれたお陰だ。若いのに本当によくやったな」
思わぬ謝礼の言葉に、照れくささを感じながら。
ルフトは頬を弛緩して言う。
「もう、表彰式で散々誉められたので十分ですよ……」
「ははっ、それならもっと誇らしくしてもいいんじゃねぇか?」
「……善処します」
「ったく、クールだなお前は」
励ましっぽく肩を叩かれる。
こういう対応には慣れていないルフトは、やはり歯痒く感じてしまう。
だから街の人々に引き止められる前に早々に退散しようと思っていたのだが……。
(まあ、いっか……)
苦笑に近い微笑みを貼り付けたまま、ルフトは思った。
「で、英雄さんがなんでも今こんなとこにいるんだ?」
「え、いや……何となく、ですかね」
おもむろに視線を逸らしたその先。
どこかで見たような輝く銀髪を目にして、はっと思い出す。
(あ、そうだった……!)
今すぐにでもその白銀の影を追いたい衝動を抑えて。
「――すみません、俺そういえば用事あったんで!」
素早く腰を折り、一礼。ぱっと思いついた言葉を残して、ルフトはその場を後にした。
物凄い速度で駆け出した彼の背中を目で追いながら、ロディはため息混じりに呟く。
「やれやれ、ヒーローも大変だねぇ」
細道の先、人通りの多めなメインストリートの人混みの中に見つけた彼女を追う。
白銀のロングヘアを揺らす後頭部を見失わないように。
ルフトは行き交う人々をかき分けて走っていく。
ルフトがこれだけ必死に彼女を追っているのには、ちょっとした理由があった。というのも――
「ハイル、先、輩っ!」
逆行してきた人の群れで突っかかりながらも、ルフトは彼女のもとへたどり着いた。
呼び止められたハイライトは、背後で息を切らしていた彼を見て途端に頬を緩める。
「弟子くん! 丁度よかった、今君を探してたとこだったの~!」
「……人探ししてる人は、呑気にクレープなんか食べませんよ。普通」
バナナクレープを頬張っていたハイライトに思わず半目になってしまう。
頬にちょこんとついたクリームが目につく。
今日も今日とてマイペースな彼女に、今日もルフトは振り回されてばかりだ。
「えへへ、だってここのクレープ美味しいんだもん。あ、弟子くんも食べる?」
「全力で遠慮します」
「もー、素直じゃないなー」
「あとクリームついてますよ」
「む?」
珍しく頬を赤らめて、ハイライトは指で頬についたクリームをとる。
「ほんとだ」
「まったく……で、何で俺を探してたんですか?」
「え? あー、えっとね……」
クリームを舐めとった指を顎に添え、考える素振りは見せたものの。
ハイライトは一向に閃くこともなく、脳内でクエスチョンマークを増殖させていく。
「う~ん、なんでだっけ?」
「知りませんて……」
「まぁ、いいよ! 無事君を見つけられたことだしね」
途端に開き直って自己完結した彼女はもう、有無は言わせぬ感じだった。彼女にはポジティブでいてほしいと思う部分はあれど、ルフトは呆然と頬を歪めて苦笑を漏らしてしまう。
そしてまた手にしたクレープを一口かじって、ハイライトは訊ね返す。
「君は? 私を探してた理由、あるでしょ?」
「はい、まぁ……」
張りのない声で煮え切らない返事をして、ルフトはそっと〈アイテムボックス〉からある物を取り出した。黄色、いや金色の砂が陽の下で照らされルフトの手のひらの上で煌々と輝いている。
「これ、いりますか?」
「ん? 砂時計、だよねこれ?」
「はい、フェルトにも同じのあげてたんで、先輩もいるかなって。一応プレゼントです」
ガラス細工の中で陽の光を反射して煌めく金色の砂に、ハイライトは数瞬見惚れていた。
彼女の瞳と同じ、闇の中でも輝く金色。
それはましてや偶然ではなく、ルフトが選んだものだったりしたりしなかったり。
「綺麗だね、これ」
「そうですか?」
「うん。君がくれるって言うなら、有難く受け取っておこうかな」
照れながら微笑を見せるハイライトは、彼の掌から砂時計をひょいと持ち上げて掲げた。
嬉しそうに、その流れる砂を眺めて。
「それにしても、砂時計のプレゼントなんて、なんていうか君らしいね」
「変、ですかね……?」
「ううん、全然。きっとフェルトちゃんも喜んでるよ!」
「……だといいんですけど」
照れ隠しのためか、心なし視線を逸らすルフトの手を、ハイライトは握った。
困惑するルフトの手を引いて、振り向いたハイライトは微笑みかける。
「よし、行こうか。フェルトちゃんが待ってる!」
輝かしい笑みを浮かべて。
ルフトにとって本物の『英雄』でもある彼女は、今日もエルフに似つかわしくない奔放さを発揮する。
これまでも、これからも。
だからルフトは、今はそれでいいとさえ思ってしまう。
彼女がいれば、いさえすれば、きっと大丈夫だ。
「ですね。行きますか」
駆け出した彼女に手を引かれながら。
これからもこんな日々が続けばいいと、そう思った。
ご愛読ありがとうございました!




