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43.だから俺は、戦う。

『……っ、はぁ!? なんなの一体……』


 魔族の少女は、ここにきて初めて動揺する様子を見せた。


 一瞬視界に【青白い光】のようなものが映ったかと思えば、次の瞬間には狐耳の魔法使いを締め付けていた蔓が、根元から両断されていたのだから。


 少女の目では追うことすら出来なかった何かが、割って入ってきたのだ。

 少女は感情の昂りを抑えきれなかった。


『まだ楽しませてくれるのか』と。


 彼女の揺らいでいた表情が、再び歪んだ微笑みに移り変わる。


「間にっ……合った……」


 瞬時に数メートルの飛躍と全力の一撃という早業をこなしたルフトは、体力と魔力双方の消耗からか激しい息切れを起こしていた。


 先程まで蒼白の揺らめきを灯していた刃には、消えかかった小さな灯火が点々と燐光を放っている。


 外壁への衝突を回避しきれなかったことで巻き起こった土煙の中、敵の次の一手が来ないうちにとルフトは呼吸と体制を整える。


「えっ、と……お兄さん……?」


 けほけほと咳き込みながら、フェルトは目を開いて自分の置かれている状況を改めて確認する。ルフトの片腕に抱かれていることに気づき、頬を朱色に染めて。


 おそるおそる、荒い呼吸を続けるルフトを見上げた。


「助けて、くれたんですか……?」


 上目がちに訊ねるフェルトの無事を確認して、ルフトは安堵の息を吐く。


「ったく、当たり前だろ……」

「……あの、さっきはすみません。逃げろって言われたのに、私、あんなワガママ言って、足手まといで……」


 死力を尽くして自分の救助に入ってくれたことを嬉しく思いつつも、自身の無力さで迷惑をかけたことをつい申し訳なく思ってしまう。それも彼の指示に背いてのこととなっては、フェルトにとって尚更のことだった。


 消え入るような声で俯くフェルトから視線を離し、ルフトは肩で息を吸いながら言った。


「……考えすぎだ。俺は……フェルトが足手まといになるから逃げろって言った訳じゃない。未熟な俺のせいでフェルトに死なれたくなかっただけ、それだけだったんだよ」


 ルフトの腕の中でフェルトはその言葉を聞き入れ、不意にはっとする。

 フェルトが見上げた彼の視線は、既に対峙する敵へと向いていた。


『フフッ、最高ね。あんたまだそんな()()()を持ってたわけ?』


 狂気的な笑みを浮かべながら、魔族の少女は語りかける。


(隠し玉っていうか、偶然出来ただけなんだけどな……)


 火事場の馬鹿力というやつだろう。危機的状況の中での瞬時の「思いつき」と「思いきり」が、あのような無理矢理な挙動を可能にしたのだと、ルフトは勝手に自己解決する。人間、死ぬ気でやればなんとかなるもんだと。


 ――だが。


 気力を振り絞ってフェルトを救出した今、体力はともかく魔力は使い果たしてしまっている。


 もとより剣士であるルフトの魔力は少ない。

 一撃にあれだけの量を使ってしまっては、後が持たない。

 まさに諸刃の剣といったところだ。


 ようやく肺での呼吸が落ち着いてきた頃、ルフトは冴えきった頭をもう一度回転させる。


「フェルト、魔力は残ってるか?」

「えと……はい、まだ十分残ってると思います」

「よし、ならまだ勝てる……」


 ほんの僅かな望みではあったものの、ルフトには確信があった。

 一人剣を振るうだけでは勝てなくとも、フェルトが加われば百人力だ。

 ルフトの閃きも、フェルトの手助けがあれば敵を倒す決め手に変わる。


「力を貸してくれ、フェルト。今はお前の力が必要かもしれない……」


 簡潔に、端的にルフトはその策を伝えた。


(ふん、呑気なもんね……)


 蔓の再生を終え、魔族の少女は仁王立ちのまま無数の蔓を繰る。

 彼女にとって、彼らはもうそろそろ用済みのようだ。


 ここまで粘られるのは想定外だったが、蔓と果実の同時攻撃で畳かければいつでも勝機はあるといっていい。


『あんたたちもうお疲れみたいだけど、ほんとに今作戦会議なんて舐めてんの? 早く動かないと殺しちゃうわよ?』

「ああ、やってみれば? 俺たちはここで待っててやるから」


 ルフトのやや挑発的な言葉に、少女は眉間の皺を深める。


 所詮は弱者の虚勢、と片付けてしまうこともできたが、殺戮を快楽としか捉えていない彼女はあえてその挑発に乗る。


『……ふん、あとで泣いて後悔することね!』


 縦横無尽に張り巡らされた蔓が、一斉にルフトとフェルトを目掛けて向かっていく。

 石畳の地面、瓦礫の隙間、民家のレンガの外壁。


 ありとあらゆるところを這うように進み、彼らを包囲すべく一度に。


 今度は明確に、殺しに来た。


 少女の合図と共に向かってきた蔓に対し、ルフトとフェルトはその場に留まったまま。

 ルフトの作戦通り、『迎え撃つ』ことを選んだ。


「〈完全防御魔法(フルディフェンス)〉!!」


 左手を前に突き出し、フェルトの詠唱。

 半透明で強固な壁が、二人を半球状に包み込む。

 土壇場でなんとか成功した、彼女の奥義。


 膨大な魔力量を誇るフェルトだからこそ、持久戦での防御がここまで保っている。


(この程度なら、まだ()つ……)


 壁の外では夥しい数の蔓たちが鞭打っている。

 果実の爆発を含まなければ、しばらく耐久力は保てる。


 相手がこれだけ攻撃に専念している間は、やはり防御は手薄にするはず。

 そう考えたルフトは、ギリギリまで持久戦に持ち込むことに決めたのだった。


 そしてまさに今、反撃の準備は着々と進んでいた。


「魔力供給、よし! フェルト、今だ!!」


 ルフトはフェルトと()()()()()()を離す。


 と同時に、フェルトは全方位防御を解除。

 ついに、彼らの反撃ののろしが上がる。


 フェルトから臨時の魔力供給を受けたルフトは、真紅の剣を再び鞘から引き抜いて。あたかも(そら)を穿つように、切っ先を真上に掲げた。




「――〈灼炎の剣(レーヴァテイン)〉ッ!!」




 燃え上がる緋色の刀身。

 再び()を灯した鋭い刃は、先刻とは比にならないほどの爆炎をその身に宿す。


 防御を請け負っていたフェルトから、少しずつ供給された魔力。


 この緊迫した状況、制約された時間とはいえ、フェルトの持つ魔力を分け与えられた剣は、炎を煌々と空高く伸ばす。


 すぐ側の民家の屋根を優に超す長大な炎の剣は、ルフトの手で掲げられる。

 準備は万端。……だが、


(っ、まずい……)


 長大な剣を振り下ろすために、魔法による防御は解除している。


 そこに生まれるのは、一瞬の隙。……のはずが、あまりにも想定より遠大となった刀身をルフトが振り切るのに、大きなタイムラグが生じてしまう。


 その隙を突いて、障壁を取り除かれた蔓がルフトたちを追撃する。


 ――絶体絶命。


『ふっ、終わりね』


 無慈悲な微笑み。

 少女が目前の勝利を確信した、そのとき。




『いいえ、まだ終わらせませんよ』

 



 その声がしたと同時刻、蔓が、止まった。

 ――いや、()()()


 彼ら目掛けて鞭打とうとしていた無数の蔓が、空中で静止していた。常人なら凍えるような凍てつく冷気が、蔓にまとわりついて。結果的に蔓の動きを文字通り『凍結』させていた。


『なっ!?』

「僕たちの街は、そう簡単には壊させないよ!」

「ええ、これ以上は看過できませんね」


 長槍と長剣、それぞれの得物を携えた兄弟が、そこには立っていた。


(ノアさん、レリア……!)


 ノアとレリアの助太刀によって、窮地を脱したルフトたち。

 駆けつけてくれた仲間の助力を無駄にするまいと、ルフトは拳に力を込めた。


「ハアァァァァァァァァァァッ!!」


 舞い降りた奇跡を逃すまいと。

 手にした剣を、ルフトは腕の仰け反りを反動に振り下ろした。


 炎が波打った。すべての悪を滅ぼさんとする火炎の閃光が、その先の敵に向かっていく。

 それを阻む蔓を薙ぎ払い、()き尽くしながら。


 ただ、一直線に。


 強化された途轍もないリーチを誇る炎刀が、蔓を焼き付くしながら向かう先。


 物量攻撃で油断しきっていた魔族の少女の半身を、地獄の業火のごとく焼き払った。


『あああぁっ!?……ふっ、ふざけないで……あたしは!!』


 寸分軌道が逸れた炎は、少女の全身を燃やし尽くすには及ばない。


 それでも左半身を灼かれて灰を撒き散らしている少女は、ヤケになりながらも蔓を展開し直す。


「氷が持ちません! ルフトさん、本体を!」


 ルフトたちのいた道に面する民家の屋根から、ノアは呼びかける。


 ルフトの放った炎の熱による弊害で、蔓を凍結させていた氷が解け始めていた。

 刻一刻と、二人を潰しにかかろうと再起を図る。


 状況を呑み込み、フェルトとレリアはルフトの背中に叫ぶ。


「行くんだ、ルフト君!」

「お兄さん、行ってください! 私が引き付けます!」


 瞬時にその意味を察したルフトは、剣を握る手に再び力を込めて。


 使い切った魔力などきにせずに、石畳を踏み切った。

 後方で蔓を引きつける囮となったフェルトを残して。


 防御はかなぐり捨て、ただ前へ。

 加速。最後の力を振り絞って、最大限度の加速。


 速く。もっと速く。

 駆け抜けろ。


『――っ、まだ終わりじゃないっ!!』


 灼かれた半身を抑えながら、少女は抗う。


 彼女が片手で宙を薙ぐ。

 それに呼応するように、時計塔の頂上から襲い来る蔓。


 自らに迫り来る一人の死神(エネミー)を血走った眼で捉えながらも、ここにきて往生際の悪さを見せる。突如窮地に立たされた彼女は、自身のすべての魔力と蔓をもって眼前の少年一人の迎撃に集中した。


 まだ死ぬわけにはいかない、と柄にもなく必死になりながら。


『死ねぇえええええええええええええええっ!!』


 少女が慟哭したその瞬間(とき)

 ルフトを取り囲んでいた蔓が、寸前で止まった。


 やがてそれは灰のように脆くなって崩れ、風に吹かれて粉塵のごとく消え去っていく。




「――残念。時間切れだよ」




 背後、時計塔の上。

 儚げに銀髪を靡かせ、手にした大剣を〈種〉に突き立てながら。


 一人のエルフの少女が、塔の上で佇んでいるのが見えた。

 それが、彼女が最期に見た光景になることも知らずに。


「――」


 直後、剣の一閃。


 最期の一手、抗う手段すら奪われた魔族の少女は、ようやく一人の少年の手によって裁かれた。


 人間を殺して得た快楽を、彼らから奪った生命を、償うための贖罪。


『アハハッ……』


 少女は笑った。

 呆気ない最期を遂げた自分への、嘲笑。


 人殺しを生業としてきた自分が辿り着いた結末に、少女はただ笑うことしかできなかった。


 後悔も未練も怨恨も、そこには微塵も残っていない。


『くそったれ……ね……』


 深い斬撃を食らった胸部に目を落として。

 少女の最期に呟いた一言は、その身体とともに灰となって流されていった。





「勝っ、た……?」


 緋色の刀身を地に降ろし、ルフトは独りごちた。


 もてる余力のすべてを出し切った渾身の一撃。


 決死の加速による超速度の魔法付与斬撃は、見事に敵の胸部に命中した。

 一筋の閃光が、メイレスタの破壊の限りを尽くした元凶を討ち滅ぼしたのだ。


 彼女を討伐した張本人であるルフトは、未だ実感の湧かないまま、剣を握って立ち尽くしていた。


 ただ、目の前で崩れゆく灰の塊をぼんやりと見つめながら。


「あぁ、終わったのか……」


 静まり返った広場。流れる夜風の音。

 自身の(たお)した少女の最期の表情を、脳裏に焼き付けて。


 ふらつくような両脚から不意に力を抜いて、ルフトは地面に仰向けに倒れこんだ。

 大の字になって仰いだ時計塔の上に、見慣れた白い影を認めて。

 



「……あれ、眠っちゃった?」


 【アトリウム・クロック】の頂上。


 ようやく迎えた、事態の最後の行方。


 それを塔の上で見届けたハイライトは、眼下の地面で仰向けになったルフトを見下ろしていた。


 そのすぐ横で、自身の大剣に貫かれた敵の〈種〉が静かに崩壊していく。


 最後まで直接的な手助けはしなかったものの、彼が一つの勝利を掴み取る様をハイライトは見守っていたのだった。


 街を囲む城壁の外、遥か遠くに見える地平線から。眩い光を伴って朝日が昇っていく。

 もうじきに、朝が来る。


 視界を覆う光を手で遮りながら、ハイライトは眼下に見える少年に向けて。


「おつかれさま」


 ただ、その一言を贈った。



 

ルフトの初勝利で迎えた大団円。

次回、エピローグです。

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