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41.正面突破

 心臓が鼓動を刻む。手が小刻みに震えている。


 身体中が危険を察知しては、己の意志とは無関係に慄き出す。

 脳内で警報が鳴り響く。


 「やばい」「動け」「逃げろ」……


 ――「死ぬぞ」


 塔の上から自分を見下ろす魔族の少女に、ルフトは恐怖という感情を再認識する。

 ここまできて、自分でも情けないとは思っていても。


 たった今、目の前で人間をいとも簡単に八つ裂きにしてみせた彼女が、途方もなく格上の相手に見えてしまう。 


 恐ろしいと思ってしまう。

 敵わないと、思ってしまう。


 だが、これが現実なのだ。


『ねぇ、いい加減出てきたら? 今隠れてても仕方ないでしょう?』


 遥か上、塔の頂上で。一切の穢れを知らぬような白さを誇る細い両脚を外界にぷらぷらと晒しながら、彼女は自らの『遊び相手』を俯瞰する。


 自分と視線を合わせながらも、その瞳を畏怖一色で染め上げる彼らを見て、ふと嘲りともとれる微笑みをこぼす。


『もう、なんとか言いなさいよ……』


 恐怖故に沈黙を貫く二人にしびれを切らしたのか、彼女は顔をしかめてまた口を開く。


 今度はその好奇の視線が、少年の後ろで同じく身を潜める狐耳の少女に無遠慮に向けられる。


『ねぇ、小狐ちゃん。アンタはなんでここにいるわけ? そっちの黒髪もそうだけど、目の前で人が一人死んだくらいでビクビクして……アンタたちはそんなことで死を覚悟するような弱虫さんなわけ?』


 ルフトとフェルト以外の戦闘人員が壊滅する中、炎で埋め尽くされながらも冷めきっていた街の中心部の広場に、その冷酷な言葉はこれでもかというほど響き渡った。息を殺してただうずくまっていた二人の耳にも、それは当然行き届いていた。


「そんなこと……?」


 彼女の言葉を反芻して。

 ルフトは心の奥に引っかかった一節を低い声音で呟いた。


「人が一人死んだくらいが、『そんなこと』?」

『何? 全然聞こえないんだけど』


 彼の小さな疑問を様子から感じ取った少女は、あっさりと塔の上から飛び降りた。


 数秒空中で長髪を翻しながら、軽い足取りで着地。十メートル近くの高さをもっていたはずの塔を、彼女は魔族特有の強靭な肉体で容易に飛び降りてみせた。


『で? なんて言ったの?』


 一歩一歩悠々と近づいてくる彼女。

 それとは対称的に、ルフトはその場で立ち上がった。

 隣にいたフェルトがその姿に呆気にとられる。


 彼はあたかも、彼女を迎え撃つような形となった。

 周囲の音が消え失せる中、二人は無言のまま対峙していた。


「なあ、一つ訊いていいか?」


 数秒経って、ルフトはその鋭い視線を向けたまま問う。


「お前は、なんでここまで無意味に人を殺したがるんだ?」


 至って平坦な声音で、ルフトは言った。

 その内で煮え上がる怒りを悟られぬように。

 それに対し、少女は全くと言っていいほど悪びれずに答えた。


『なんでって……(たの)しいからに決まってるでしょ? 人間の悲鳴、泣き声、断末魔、飛び散る血、最期に見せる絶望に満ちた表情……。それが見たいから、遊び感覚で殺してるだけ。簡単でしょ? 何が悪いの?』


 少女の口から出る言葉は決して、彼女が意図して悪意を持たせたものではなかった。

 それは正面から彼女の言葉を受け止めたルフトにも、当然のように伝わっていた。


 そう、伝わってしまったからこそ。




「そうか。……ならもう、話し合いは必要ないよな」




 ルフトはその掌に、武器(つるぎ)()び出す。

 ルフトの左手に固く握られた、漆黒の鞘。


 納められた直刀は、決して煌びやかな装飾を纏ってはいないものの、静かな存在感を放っている。かつての王国騎士団の英雄――シュプリンガーからルフトへと受け継がれた剣。彼の死後安置されていたその剣は、狩るべき相手と出会うことで長い眠りから覚めたのだった。


『へぇ? アンタ一人でやろうっていうの?』


 鞘に納められた剣を手に臨戦態勢のルフトを見て、魔族の少女は目を細めてにやりと笑う。


 一方のフェルトは、無言で火花を散らし合う二人をただ陰から見守ることしかできない。ルフトのように怒りを原動力に変えられる力もなければ、勇猛果敢に目の前の敵と向かい合う勇気もない彼女にとっては。


「フェルト、やっぱりお前は逃げろ」


 彼は振り向かない。


 背後で隠れたままのフェルトの姿を見ずとも、かける言葉はそれしか彼にはなかったから。

 それを受け取ったフェルトが感じていた責任も知らずに。


「でも、私は……」

「お前まで傷つく必要なんてない。戦わないと生きていけないような俺とは、お前は違う」


 そう言い捨てて、ルフトは剣の柄を右手で掴む。

 そこから左足を退いて素早く構えの体勢。


 魔物との実戦でこの剣を使用するのはこれが初めてだが、使い慣れていない筈のその柄も鞘も、不思議とルフトの手に馴染んでいった。


(やっぱりこの感じ、なんかしっくりくる……)


 微かに手をずらして刀身を露わにする。鉄同士の擦れる音が小さく響く。

 居合の体勢で、ルフトは眼前の敵と睨み合う。


 少女は終始ふらふらとしていて、仕掛けてくる様子は一向に見せない。

 柄を握る手に汗を滲ませつつ、居合の体勢からルフトは前傾して。


 ――突撃。


 十メートルとないその距離を、ひび割れた石畳を踏みしめながら駆ける。

 相手との間合いが狭まっていく。


 あと少しで彼が剣を振り切る間合いというところで、少女は片頬だけ笑う。


「――!!」


 大蛇のように太い蔓。それが今、ルフトの頭上から彼を押し潰さんとうねる。


 ここにきて初の彼女の一撃を、ルフトは咄嗟の判断で後ろに飛び退いて回避した。直後に地面が轟音とともにかち割られる。あれを喰らえば誰であろうと一溜りもない。


 間一髪のところでかわしたルフトは、着地から立て続けの連撃に見舞われる。


『ほらほら、近づいてみなさい? 私を殺すんでしょう?』

(チッ、近づけない……!)


 目の前の地面を押し潰す蔓の連撃を、かろうじて見極めて回避。

 だが息つく暇もないその執拗な攻撃は、次第にルフトと少女の距離を遠ざけていく。


 まるで本当に彼女がそうなるように意図しているかのような、嫌らしい戦法。

 このままでは埒が開かないと、退避を強いられながらルフトは思う。


「――っ、邪魔、だ!」


 ついにその直刀が鞘から引き抜かれる。

 赤い宝石のような輝きを振り撒く刀身が、戦場でその姿を現した。


 全盛期から全く衰えていない剣は新たな持ち主の手によって振るわれ、敵を穿つ。ルフトを弄ぶように迫り来る蔓に赤い刀身が滑り込み、滑らかに両断した。


『ん、斬られた?』


 ぴくりと少女は片眉を上げる。自らの持てる最硬度の蔓を、少年の剣がいとも簡単に引き裂いてみせたのだ。塔の上から伸びる幾本もの蔓が彼に襲いかかるが、見切られているのかほとんど斬り捨てられていく。


 ――興味深い。


 半人前だと高をくくっていた少年によって、自分の想像があろう事か裏切られてしまっている。

 だがそれも面白い。流石だ、とさえ彼女は内心思った。


 やはり蔓の存在にいち早く気づけただけのことはある、と。

 彼に狙いを定めておいて正解だったと。


「――ハァッ!」


 終わりのない蔓の攻撃の対応に追われながらも、剣一本でその場をくぐり抜け。


 その内の一本の上に飛び乗って、跳躍。


 より高い位置から、攻撃の届かない死角から。

 ルフトは握る真紅の刀身を振りかざす。


『勝てる……と思った?』


 余裕の嘲笑。少女はその手に隠し持っていたものを瞬時にルフト目掛けて放り投げる。

 宙空で剣を振りかぶっていたルフトは、投擲された物体を確認して息を呑んだ。


(っ、隠し玉かよ……!)


 これまで幾度となくその威力を目の当たりにしてきたあの果実が、今自分目掛けて飛んできている。


 こちらは宙に浮いた状態のため、防御はおろか回避すらできそうにない。

 このまま降下しても、この剣が敵を斬る前に自分の身体が滅びてしまう。


 打つ手が、ない。読みが甘すぎた。

 『詰み』だ――。


 



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