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40.抗戦、開始

 未だ爆発の連鎖が続く、メイレスタの街。


 街の半分ほどが立て続けの爆発で崩壊せんとする中、立ち上がった街の衛兵、そして有志の冒険者たちはこの脅威に真正面から立ち向かっていた。

 



「よし、敵を捕捉した!」


 とある弓使いが見据える先、街のシンボルとしての役割も果たす【アトリウム・クロック】の頂上。


 そこに鎮座していたのは、彼らが捜し求めていた悪の根源。

 塔の頂上付近の狭いスペースに後ろ手をついてゆったりと座る魔族の少女を、弓使いは鮮明にその視界に捉えた。


 人民が避難し終えた街の中心部の住宅街の一角、比較的高い位置から辺りを見渡せる集合住宅の部屋の窓から、数人の弓使いたちが様子を窺っていた。


「こっちには気づいてないの?」


 そのうちの一人、花を模した髪飾りを頭につけた弓使いの少女が訊ねる。


 彼女の背にも彼らと同じように頑丈な木で作られた弓が提げられ、肩から提げた筒状の入れ物で矢が擦れ合って微かな音を立てていた。


「今のところはな……でも、下手に手を出したら気づかれるだろ」


 戦況は現在、膠着状態。

 つまるところ『睨み合い』だ。


 ただ、魔族の少女がこちらに気づいている素振りをあまり見せないため、睨み合いとも言い難いところではある。


 冒険者協会に所属するパーティから寄せ集めといった形で集った弓使いたちは、遠距離支援を任されつつも前衛たちの先制攻撃にタイミングを委ねていた。


「!……前衛班が用意できたみたいだ!」


 一人別の窓から様子を窺っていた弓使いが、窓外の路地裏で親指を立てて合図してきた剣士と視線を合わせた。 


 彼の一声で待機していた弓使いたちの緊張が一気に高まる。


「俺たちも配置につくか?」

「当然!」


 弓使いたちはそれぞれ開けた窓枠越しで屈んで、弓を正面に構えた。彼らの視線は皆一様にある一点――標的(ターゲット)をしっかりと睨みつけている。


 ホルダーから取り出した矢を弦にかけ、静かに敵を見据える。

 その一瞬にして、聴こえるのは彼らの僅かな呼吸音だけとなった。


 完全なる静寂が作り出されようとしたそのとき。


 辺りに響き渡ったのは、爆発音。

 爆風で砕ける窓ガラス。それを割って入ってきた熱風。


「ばっ、馬鹿なっ!?」

「まさか気づかれたのか!?」


 予想外の事態に狼狽える弓使いたちを尻目に、その眼下に見える街道で立て続けに爆発。やがてその炎の連鎖は前衛班が待機していた地点まで達し、弓使いたちは戦慄する。


 外から聴こえるおびただしい数の悲鳴と断末魔。

 留まるところを知らない爆発の連鎖。


 敵を狙い撃つどころではなくなった弓使いたちは、恐慌に陥って統制すらとれなくなる。


 その場で力なく立ち尽くす者、身の危険を感じていち早く階段へと脱出を図ろうとする者、なんとかパニックを収めようとする者。


「前衛班がやられてる!!」

「わかってるよ! 俺たちも早く撤退――」


 弓を下ろした長身の男が全員に指示を出そうとした矢先、開け放たれた窓から何かが投げ入れられた。


 赤黒く不気味な配色をしたその球形の何かは、彼らが先ほど道で見かけたあの『果実』に酷似している。


「――――!!」


 光と、音。

 反応の遅れた弓使いたちの視界を包み込む、閃光。


 為す術なく狼狽える彼らを、それは部屋もろとも吹き飛ばしたのだった。



  §



「っ、遅かった……!」


 崩れゆく街の中心部――【アトリウム・クロック】に到着するや否や、ルフトの口から漏れたのはそんな一言だった。


 冒険者協会(ギルド)に所属する冒険者たちが先行して敵の対処にあたっていると直前に聞き付け、惨事になる前に駆けつけようとしていた矢先の出来事だった。


 おそらく彼らの潜んでいたであろう隠れ家は一つ残らず崩壊しており、そこに残っていたのは無惨にも焼き切られた遺体と、重症を負いながらも生き長らえていた、死に損ないの生ける(しかばね)。冒険者総出での掃討作戦は悉く敵に見透かされ、失敗に終わっていた。


「やっぱり、蔓の根元の方が生ってる実も多いか……」


 この状況下でも冷静さを欠かないハイライトは、炎に包まれた住宅街と街の大広場を見て淡々と呟く。


 時計塔の頂上付近から伸びる蔓は、根本にかけての部分が太く【果実】の貯えも豊富なようだ。あの様子では、時計塔を直接登って奇襲をかけるというのは到底不可能に思える。


「二人とも、準備はできてる?」


 だがここで敢えて、彼女は自然体でいることを貫く。


「……はい! 杖もちゃんと持ってきましたから!」


 やや緊張気味に肩を強ばらせるフェルトに対し、ルフトは、


「俺は……いつでも。できるかどうかは別ですけど」


 正直もう無理、とでも言いたげな表情で自信なさげに返事をする。

 なんせ彼の本格的な戦闘は、奴隷商の拉致事件でのスライム退治以来なのだ。


 しかも前回はスライム退治。

 魔族との戦闘経験はおろか会敵経験すらない彼にとって、今回は最悪でしかない相手だった。


「ふふ、大丈夫だって。君は私の弟子なんだから、こんなところで死んだりしないよ。私が保証するもん!」

「はぁ……やれるだけやりますよ」


 ルフトのその言葉に、ハイライトは頬を綻ばせて。

 燃え盛る辺りの状況を加味しつつ作戦を開始する。


「今回私は後方支援に入るから、ここで分かれようか」

「了解です」

「ハイルさんも気をつけて!」


 崩れかけた住宅の前で、三人は二手に分かれた。

 常に敵の背後(しかく)をとるように、ルフトとフェルトは走り出した。


 相手がこちらを視認していないうちに敵情視察を済ませてしまおう、という作戦だ。

 相手の攻撃手段は分かりきっている。

 その上で攻めるには、弱点を見つけるのが不可欠だろう。


「弱点って言っても……」


 こまめに移動と偵察を繰り返しながら、ルフトは弱音にも近いトーンで呟く。


 半周して観察してみても、塔の頂上からは無数の蔓が伸びているのみで、まさに『孤城』といったところ。加えてその根元付近には、ハイルの言った通りさらに多くの爆薬が備えつけられている。迂闊に近づくのはまず危険すぎる。


(火力役じゃないと無理だろ、これ……)


 奴を塔から引きずり下ろすにしても、こちらからあの高さまで攻め込むにしても、ルフト単騎では話にならない。何か圧倒的な火力で塔から強制的に引きずり下ろすくらいしか、彼の頭には思い浮かんでいなかった。


 物陰にフェルトと身を隠しながら、ルフトは彼女に訊ねる。


「なあフェルト、あの塔って崩していいと思うか?」

「えっ、塔を、ですか……?」


 彼の突飛で突然な質問に戸惑いつつ、フェルトは塔に視線を合わせて小さく唸る。


「うーん、この状況なら壊すのもありだと思いますけど、さすがに私には弁償できません……」

「冗談だよ」


 実を言うとルフトは、この極限状態で思考がだいぶ鈍っていた。


 だからこれは場を和ませるための冗談ではなく、自分を落ち着かせるための冗談というべきだろう。


「やっぱり、ここは正攻法で――」


 仕方なくといった調子でルフトは言いかけ、そこで言葉を途切らせた。


 目の前を過ぎった人影を、ただ無言で目で追っていた。


 フェルトが不思議そうな目でルフトを見たが、彼の視線の先に同じく視線を合わせた。


 彼らが見つめていたその人影は、赤い血を滴らせながら絶え絶えの息で塔へと向かっていた。爆発で負傷したのか、焼け焦げて血塗れの右腕をもう片方の手で掴みながら。


 その様を見つめる二人の緊張が次第に高まる中、彼は突如絶叫――いや、嘲笑(わら)い出した。



『ハハハ……ハハハハハハハッ!! この俺がここで終わると思うなよ!! お前らみたいな人殺ししかできねぇクソ野郎にァな、冥土の土産にこいつを食らわせてやんよ!!』



 狂ったように高笑いを止めないその男は、流血などないもののように荒々しく右腕を前方に突き出す。


 血で紅く染まった両眼を瞠目し、焼け焦げた右手を指の引き裂けそうなほど開いて――


(おい、ちょっと待てよ……!)


『――破滅をもたらす魔法(アポカリプス)ッ!!』


 詠唱。

 彼の手のひらに展開された魔法陣から、黒い光が敵を穿つべく直進する。


 おそらくそれで残りの体力と魔力双方を使い果たしたその男は、腕下ろすとほぼ同時に膝から崩れ落ちた。前髪で伏せられたその表情は、なぜか笑っている。この世にもう、()()()()()()()()()()()


『くそったれ……』


 男の決死の攻撃は、塔を盛大に破壊して敵の陣地を蹂躙した――訳ではなく。

 

 実際にはその攻撃自体を、蛇のように操られた太い蔓が無慈悲にも弾いていたのだった。男のついた悪態はついに、彼の頭上に近づく蔓によって最期の言葉となってしまう。


 ――グシャッ。


 膝立ちで力なく立ち竦んでいた男を、巨大な蛇のようにうねる蔓はいとも簡単に薙ぎ払った。そのほんの一瞬で、男の身体は残酷にも大量の血液と肉片に変えられたのだった。


(おい、待て、ふざけんなよ……)


 目の前で起きた実に明瞭で残虐な出来事に、ルフトはしばらくの間放心する。

 だがその混乱は、目の前で男が圧壊したショックよりも、なによりも。


 ――男を肉片に変えた張本人が、自分と視線を合わせている。


 その事実に戦慄し、動けなくなっていた。

 一方で、蛇に睨まれた蛙のように身動きのとれないルフトを見下ろす魔族の少女は、彼の姿を確認した途端に口角を上げて。



『女の子にあんなこと言うなんて、酷い人よねぇ?』



 本命の獲物の到来に、ただただ歓喜していた。



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