39.帰ってきて
「本体?」
ハイル先輩の口から発された言葉に、俺は反射的にオウム返しをしていた。
例のごとく俺達の危機を察知して駆けつけてくれた先輩は、どうやらいち早くこの状況を把握していたようだ。
……マジでこの人何者?
「そう。この【蔓】を張り巡らせてる犯人はズバリ、時計塔の頂上にいるわけ」
果実を失ってもぬけの殻と化した【蔓】を、ハイル先輩はひょいと持ち上げる。
爆発物がなくなった【蔓】はほとんど無害らしい。
もう片方の手で先輩が指差す先にあったのは、おそらくここメイレスタのシンボルとも言える時計塔【アトリウム・クロック】。
「……というか、その、ハイルさんはもう牢屋を出て大丈夫なんですか?」
(いや、たしかに……)
フェルトが一番訊きづらいことを訊いてくれた。
いきなり脱獄しちゃって大丈夫なのかこの人は?
「いやー実はさ、こんな事態だからって、領主様が出してくれたんだよ」
あはは、と苦笑しながら頬を指で搔く先輩の表情から察するに、たぶん嘘だと思う。
後ろめたいことをしたときの誤魔化し方だ。
「まあ、そんなことは置いといてさ!」
「置いとくんかい」
「私たちが今すべきなのは、犯人をどうにかしてなんとかすることだよ。この爆発をうまく収めるにはやっぱり、そうする他ないし」
ちゃっかりこの場をうまく収めようとしている先輩だけど、言ってることは正しい。何気にこの人はいつも誰よりも状況判断が早くて正確だったりするから、そこに関しては異論はない。
「どうにかって言っても……敵が時計塔にいるなら総出で倒しにいけばいい話なんじゃないですか?」
それが却下されることは想定内だけど、一応訊いてみた。
先輩が先行して敵の居場所を掴んだにも関わらず、手を出さずに様子見しているということは、少なからず複雑な事情があるということでもあるからだ。
「総出で、ってのはやめた方がいいね。敵は時計塔の頂上に陣取ってるから、近づけばどうなるかはわかりきってるでしょ? 時計塔を登るのだってそれ自体難しいし」
珍しく理知的に悩みこんでいる様子のハイル先輩。
今回は一筋縄ではいかないという雰囲気が、ひしひしと伝わってくる。
「相手は魔族だし、下手に近づこうにもね……」
「誰かがデコイになって陽動するとか、考えられるのはそのくらいですかね?」
むむむ、と脳内で試行錯誤していたところ。
道端で作戦会議を始めた俺たちを、店長さんは呼び止めてきた。
「ねぇ、『魔族』ってあなたたち、まさか本気で戦おうとしてるの?」
真剣でどこか不安に苛まれているような表情で、店長さんは訊ねてきた。
目からして心配してくれてるのが俺にもわかる。
そんな目を人に向けられたのは久々だけど。
「いや、その前に魔族は結界があるから入れないはずじゃ……」
「そこのところは非常時だからなんとも言えないけど、魔族と戦うってのはもちろん本気だよ。だってやるしかないしね」
「あなたねぇ……」
さっばりと言い切る先輩に呆れるように、店長さんはため息をついてしまう。彼女からすればたしかに、この非常時になんでこんなに落ち着いていられるんだこいつら、とはなる。
「大丈夫だよ。今回の犯人は私の一番弟子である、このルフトくんがパパっと倒してみせるから」
ぽん、と肩に手を置かれた。
「…………え?」
「ルフトくんが?」
「お兄さんが?」
「そうそう」
いや、いやいやいやいやいやいやいやいや!
「なんで一番の重要職が俺なんですか!?」
「えっ? だって一番弟子だし」
「だってじゃない! ていうか俺はあんたの弟子じゃない!」
きょとんとした顔で俺の反論を一向に聞き入れない先輩に、さらに嫌な予感が増幅する。
この人の冗談はちゃんと冗談だってわかる。
でもこの場合、冗談で言ったわけじゃない、のか?
「私が一人突っ込んだらさすがに目立つし、そこのところ、君なら敵もあんまり警戒しないと思ってさ」
「そんな理由で……」
あながち間違っているわけではなさそうなので、俺も返答に困る。
彼女の言う通りにしていれば、大抵のことはどうにかなりそうな気がするのは気の所為だろうか。
「それと、ルフトくんには保険としてフェルトちゃんについてもらおうかな」
「わ、私ですか?」
巻き込まれたフェルトは上擦った声で聞き返す。
だがフェルトの左足の火傷は、まだなんの処置も出来ていない。
戦闘参加以前にそれは問題な気がした。
「防御役ってことですよね?」
「そう。フェルトちゃんの魔力なら、並大抵の爆発は防げると思うから。防御魔法はもう覚えたでしょ?」
「はい、完全防御魔法まではまだですけど……」
でもそれなら、ある程度の攻撃は彼女の魔力なら防ぐことはできる。
できる、のかもしれない。
ここまで戦術立案を進めたところで、東側の爆発による地響きが大きくなる。
もうあまり時間もない。
残された時間と俺自身の勇気を秤にかけた結果、俺が敵を相手取るという結論に至った。
作戦実行に移す前に、俺はフェルトの火傷の応急処置を促した。ひとまずパン屋の建物内に隠れて、店長さんはフェルトの傷口の処置を始めた。
「……こんなものでいいのかしら?」
傷口を水で簡単に冷やし、濡らした包帯を店長さんはフェルトの左足に巻き付けた。端をきゅっと結び、不格好ながらも応急処置は形式的に終わった。
「ありがとうございます、シャリーさん」
歩いてみて行動に支障がないことを確認して、フェルトは華やかな笑顔を見せた。
どこか寂しげな顔で頷く店長さんは、俺の傷だらけの腕を見た。
「ルフトくんはそれ、大丈夫なの?」
さっき爆発で吹き飛ばされたときについたかすり傷だけど、もう血は乾いて固まっていた。少し痛みはするものの、気にしなければどうということはなさそうだ。
「大丈夫です。治すのは諸々終わったあとで」
「……そうね」
フェルトの処置も済んだところで、ハイル先輩はドアに手をかけた。
爆発音が激しくなってきていた。
いつここも爆破されてもおかしくない。
先輩に続いて俺もパン屋を出たところで、フェルトの手を店長さんは一度引き止めた。
「フェルト! ……お願い、これだけは言わせてほしいの」
「シャリーさん……?」
「私はあなたの母親でもなんでもないから『行かないで』とは言わないわ。……ただ、絶対に無茶はしないでほしいの。あなたはまだ魔物と戦ったことすらないんだから、絶対に死ぬような真似はしちゃだめよ。約束できる?」
店長さんの手が、優しくフェルトの手を握っていた。
決してフェルトを引き止める意志のないその手は、不安で震えていた。
「わかってます。私だってもう、誰かのために戦うくらいのことはできますから」
フェルトの微笑みに安堵したように、店長さんはその手を離した。
離れゆくフェルトの手を寂しげに見つめながら、彼女はドアの開いたパン屋からフェルトを見送った。
「行ってきます」
最後にフェルトはそう呟いた。
***
ドアが閉まった。
フェルトたちが出発した店内で、シャリーは一人溜め息をつく。
「あの子ももう……あんなに成長したのね」
我が子のように面倒を見ていたフェルトの言葉に、彼女は感慨に耽る。
家族を失って孤独だった少女は、今日この日まで、眩いほどの成長を彼女に示した。
「あなたも、見てる? あの泣き虫だったフェルトが、あんなに立派になって……」
自分のやりたいことを言えるようになったこと。
自分の意思で動くようになったこと。
年相応に、異性に好意を寄せるようになったこと。
行ってきますと、初めて言ったこと。
自分にはそれを喜ぶ資格はありはしないと思いつつも、シャリーは気づけば両目から涙を流していた。
「もう……私ったら、なに泣いてるのよ……」
寂しさと喜びが、胸の中で混ざり合う。
この感情を誰かと――今はもういない『彼』と分かち合いたいと、彼女は強く思う。
「ねぇ、あの子は無事に帰ってくるわよね? ……あなたみたいに、黙っていなくなったりしないわよね?」
いつかの後悔が、彼女の頭を過ぎる。
誰かの返答を求めたその言葉に、当然答えは返ってこない。
「答えなさいよ、シュプリンガー……」




