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36.雪月花

 城壁の方から音がした。

 何かが崩れ落ちるような音と、それから戦闘音。


 明らかに、こんな深夜にするような音ではなかった。


「始まった、のか……?」


 念のため、俺は外に出て城壁の方を確認しに行った。

 昼間とは打って変わって、夜を迎えたメインストリートの人通りはまばらだった。俺の他に道にいた人達も、俺と同じく聴こえてきた異音に目を覚ましてやって来たらしい。


 家から様子を見に来る人々がちらほら見えてくる中、戦闘音に耳を澄ませていた俺のもとにフェルトがやってきた。勉強のあと一眠りしたらしく、若干眠そうに目を擦っている。


「お兄さん、この音ってまさか……」

「ああ、来たんだよ。魔族が」


 街からすればこれは一大事だが、野次馬のごとく外で様子を窺っている人々は至って冷静だった。それもそうだ。城壁には魔力結界が張られているから魔族は街までは入ってこれない、人々はそう思っているのだろう。


 そしてそれを信じている街の人々を危険から護るため、領主であるノアさんは自ら足止め役を買って出ているのだ。


「大丈夫、なんですよね……?」


 不安げな表情を浮かべるフェルト。

 小刻みに震えた右手は握られ、速まる心臓を抑えるように胸の前に当てられている。


「大丈夫だよ、きっと。ノアさんなら問題ない」


 ハイル先輩の予知が当たった状況の今、ノアさんが無策で敵と立ち向かう筈はない。

 結界を守ることと魔族を退けること、双方の準備をしている筈だ。


 いざとなったら、というのも今は訪れないだろう。



   §



 一方、城壁の外では一進一退の攻防が繰り広げられていた。


 メイレスタ領主のノアと、十三魁厄の第十一位スペクターの一騎討ちは熾烈を極めており、戦局は依然拮抗したままだ。


(この相手、思ったより厄介ですね……)


 血筋による優秀な魔力量と魔力操作で、ノアはスペクターに攻撃を仕掛けている。

 だが彼の優秀さが、この敵には仇となるのだ。


「流石はレゾナンス家……まだ飽きずに氷結の魔法を継承しているとは、滑稽だな」

「ええ、滑稽ですね。父からはそれ以外の魔法は教わりませんでしたから」


 ノアは自身の得物である長槍で敵に斬りかかる。

 先端の刃は彼の魔法による氷で覆われており、唯一無二の鋭さを誇る代物だ。


「――〈氷華(ひょうか)〉」


 彼の無詠唱魔法により空中で水分が凝結し、形作られた鋭利な刃が扇状に並ぶ。宙に浮かぶ刃は氷点下の空気を纏いながら、彼の操作によって敵へと直進していく。


 それと同時に、ノアの長槍による一撃。

 近接武器による斬撃と、遠隔操作による死角からの刺突。


 彼の戦法には一見死角がないように見えた。


 しかし、敵は魔族の中でも屈指の実力を誇る十三魁厄の一人。

 どれだけ彼の魔法が優れていようと、撃破は一筋縄ではいかない。


「今の魔法……三世代前の領主も使っていたな」


 ノアの繰り出す氷の刃をその身に食らうたび、スペクターはそれを学習して複製する。やられたらやり返す、まさしく【意趣返し】の要領で、スペクターはノアの魔法を相殺する。


 どこからともなく創り出した長槍でノアの一撃を受け止めながら、スペクターは平然と言った。


「その領主はたしか、私が殺したがな。貴様より魔法の扱いは数段劣っていた」

「そうですか」


 数瞬の鍔迫り合いのあと、ノアは飛び退いた。

 手にした長槍を前方に振り払うと、氷の矢は呼応して一斉に直進する。


「それでは私は、敵討ちといきましょうか」


 一方のスペクターはその動きをトレースし、全く同じ動作で氷の矢を射出する。空中で凝結した氷の矢はぶつかり合い、互いに砕け散った。


「ならばこちらは、返り討ちといこう」


 再び二つの槍が衝突する。


 ノアが横に切り払う。

 スペクターはそれを避けるように上体を反らし、その勢いで回した脚で槍を蹴り飛ばす。得物を失ったノアは窮地に立たされたように見えたが、その場で生成した氷の刃を素手で掴み、敵の懐を狙った。


「ほう、そうくるか」


 躱しきれない刃で掌を穿かれながらも、スペクターは受け止めた。


 氷の刃の表面温度は氷点下を優に超している。

 穿かれたスペクターの手が、掌から凍結を始める。


 当然、それを素手で掴むノアの手も。


「――! 貴様、正気か?」


 凍結された手をスペクターは長槍で切り離し、片腕で飛び退く。


 時間をかけてゆっくりと、その手首が修復されていく。


「なりふり構っていられませんから」


 空中で回転しながら落下してきた槍をノアはタイミングよく掴み、それと同時に宙空にさらに多くの氷の矢を出現させる。


 スペクターが宙空のそれを視認するよりも速く、矢は一斉に彼の身体目掛けて降下した。


 そのうちの数本が彼の身体に突き刺さり、肉体を抉る。

 ここにきて初めて、スペクターの表情が歪む。


「……見事なものだ。まさか、ここまでの冷気を操る逸材がレゾナンス家から生まれるとは」


 刃を掴んで凍りかけた左手を解きほぐしながら、ノアは冷気を纏った長槍を手のひらで回転させた。


「見くびってもらっては困りますね。氷を扱う魔法の性質上私たちは短命になりますが、その期間でより多くの魔族を倒すことに、全力を捧げているのですよ。当然、私もですが」

「そうか、狂った一族だな。ならば私は、その全力とやらを討ち果たしたあとで貴様の街を蹂躙するとしよう」

「ええどうぞ。――やれるものなら」


 ノアの目付きが険しくなり、冷気とともに長槍の刃が揺れる。

 距離を置いて睨み合っていた両者は、ノアの先攻によって再度刃を交えた。その背後で互いに創り出した氷の矢がぶつかり合う。


 その瞬間、刃を交えていたスペクターの槍が形を変え、巨大な鎌となる。

 三日月型の刃はノアの首をすんでのところで掠め、大きく振り下ろされた。


 魔族であるスペクターの武器は彼の魔力から生成されている。

 その形状すらも彼の思うがままだ。


 スペクターはその勢いのまま無表情で鎌による二撃目を繰り出す。


「――〈氷壁(ひょうへき)〉」


 ガキン、と高音を立てて氷の壁に鎌は打ち当たった。ノアの前に現れた分厚い氷の壁は、一見半透明で軟弱そうに見えるものの、スペクターの攻撃を一切通さない。


(この魔力密度……一気にこの量の魔力を?)


 破砕を諦めてスペクターは彼の魔法を模した氷の矢を生成し、上空からノアの死角を狙った。


 壁で防御する面を増やせば、彼の魔力消費は速まる。


「解除」


 『上』を防御するかと思いきや、ノアは防御壁を解除して正面からスペクターに特攻した。

 打ち上げられた氷の矢が、呆気なく地面に刺さる。


「チッ……」


 不測の事態に、スペクターは先程の氷の壁をトレースして防御を図る。

 迫り来る槍が氷の壁に衝突する。


 ――だが、偽物はときに本物に劣る。


 氷の壁がひび割れ、削れていく。

 完全に壁を突き破ったノアの長槍が、スペクターの腹部を捉えた。


 勢いのまま彼の腹を突き刺した槍。刃先から伝う冷気が彼の動きを封じる。

 



「――〈雪月花(せつげっか)〉!!」

 



 槍の刺さったスペクターの身体を、一瞬にして無数の氷柱が覆う。冷気という冷気を収束して爆発した氷は、スペクターひとりの肉体を完全に閉じ込めて無力化した。


 まるで巨大な『華』のように生きたまま彼を封じ込めた氷の檻は、その場で莫大な冷気を放って佇んでいた。


 これが、ノアの持てる魔力を最大限つぎ込んだ決戦兵器であり、捨て身の最終奥義。


(身動きがとれない……詰んだか)


 氷の結晶の中、身動きのとれないスペクターは無言無表情のままだ。


「魔力ももう残りわずか……では、貴方には最期に、これを捧げます」


 ノアの持つ得物――長槍の刃が魔法によって拡張し、巨大な三日月状の刃となる。

 それは皮肉にも、スペクターの創り出した鎌を『トレース』したかのように。


 大型化した白刃は、月の光を反射して鈍く光った。


「お休みなさい」


 ノアの呟きと同時に、振りかざされた鎌は氷の結晶ごとスペクターを横薙ぎにした。


 ただ、それは氷が氷を裂いただけのように。

 静かな現象の一つとして、夜に余韻を残した。

 灰となって消えゆく、彼の肉体とともに。


「今夜の月は、綺麗ですね……」


 静かな一夜の闘いが終わり、辺りにまた静寂が訪れる。

 空に登る月は輝きを増し、その静寂すらも照らしていた。


 

ノアが魔法を無詠唱で使っているのは、彼の素質と努力によるものです。

通常ならレリアのように詠唱が必要です。

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