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4.剣と魔法と脳筋エルフ

 剣を振った。

 空気が薄く裂かれる音がした。


 そしてまた剣を振る。さっきからこの動作を何回も繰り返している。無意味だ。


「うんうん、だいぶ良くなったよ」

「そうですかね⋯⋯?」

「まったく、師匠の言うことぐらい信用しなよ」

「師匠があなただから信用できないんですけどね」


 足の甲をぐりぐり、と彼女に蹴られる。


「さあ、次は実践練習といこうか」

「あー帰りたい」


 帰る場所なんてないけどな。


 彼女――ハイル先輩は周りの折れた木々を集め始める。

 両手が木材でいっぱいになったところで、彼女は五本ほどその木材を持ち出し、それぞれを地面に打ち込み始めた。杭として打ち込まれた木々は、やがて大きめの円を形作った。


 そして不思議な杭のサークルができたところで、ようやく先輩が説明⋯⋯かと思いきや。


「はい、次の課題はこれ!」

「は?⋯⋯いやハイル先輩、なんですかこれ?」

「これはあれだよ。ほら、わかるでしょ?」

「早速説明を放棄するな」

「えー、仕方ないなぁ⋯⋯」


 フィーリングで物事がうまく進むような仲だったら、俺は彼女の弟子になることを拒否などしていないだろう。

 ともかく、これは意味わからん。マジで。


「まずこの円の中心に立って⋯⋯」

「剣を構えます。あ、これ見られてると緊張するね」

「ですねー」「雑だねー」「で?」


 だいたい分かった(大嘘)から聞くまでもないけど。


「ここから、二秒以内にこの杭を全部斬るの」


 ほえー、と思わず変な声が漏れる。

 二秒ねー、はいはい。無理じゃね?


「簡単でしょ?」

「⋯⋯まあ、そうなんでしょうね」

「じゃあやってみようか、弟子リムシくん」

「死ぬほどダサいあだ名ですね」


 弟子とゾウリムシが融合した特殊すぎるニックネームが爆誕してしまったところで。俺はとりあえず先輩の指示通りサークルの真ん中に立つ。


 杭は目測で中心から半径三メートルは離れている。杭同士の距離はだいたい一メートル。走っていけば、なんとかなる距離とでも彼女は踏んだのだろう。


「数えるよー」


 俺はうなずく。そして安物ながら頑丈なつくりの剣を構え、息を整える。


「よーい、どん!」


 合図と同時に駆け出し、まず一本。そのまま切り返しで二本目。構え直して三本目⋯⋯


「しゅうりょー」


 先輩の声。俺の手は止まった。

 待て、今斬ったのはたった二本?


「意外と難しいですね」

「そう? でも二秒はちょっと短かったかな⋯⋯」

「いえ、まだなんとかできそうです」

「お、珍しくやる気だね。じゃあその意気でもう一回!」


 二回、三回と繰り返しても、俺が二秒で斬れるのは最大で三本だった。

 繰り返していくうちに、疲労で足取りが悪くなっていく。


 次第に俺もムキになっていくものの、結果的に変わらない。悪循環だ。


「⋯⋯くっそ、もう一回、」


 肩で息をする俺に、先輩は諭すように肩に手を添える。


「弟子くん、焦っちゃダメだよ」

「わかってます、でも⋯⋯」

「息切れがひどいね。休憩しようか」

「⋯⋯え?」

「休憩。疲れたでしょ?」


 そんな人道的な時間を設けてくれるとは思っていなかったので、素直に驚く。

 意外とこういうところはまともなんだな、と勝手に失礼なことを思う。


 というわけで、俺とハイル先輩は森の中の川辺に移動した。


 澄んだ透明の水を手ですくって飲んでみる。やっぱり美味い。

 川の水は余計な風味がないから、喉が乾いたときには純粋に重宝する。


 思わず深い溜息が出る。


「川っていいよねー。心が豊かになる感じがする」

「そうですね」

「せっかくだし水浴びでもしようかな」


 ブーツとソックスを脱ぎ、先輩は素足で水面をなぞる。

 スカートから伸びる白い脚が露わになる形だ。

 今更ながら、意外と脚長いなって思う。


 そう、彼女は「意外と」と言うべき一面が多いのだ。

 単に俺が過小評価してるだけな気もするけど。


「あ、もしかして私の生足にドキドキしてる?」アホか。

「その歳で何言ってんですか」

「歳でいじるの禁止! あと私はそこまで年老いてないから!」

「へーそうなんですかすみません」


 まあ、エルフだから五百歳ぐらいまでは許容範囲なんだろう。多分。

 でも外見上彼女は、十代後半の未熟な少女にしか見えない。不思議な話だ。


「青二才め、私に惚れても知らないぞー?」

「その心配は絶対にいりませんね」


 アホめ。誰がこんな人⋯⋯

 いや、悪く言いすぎか。外見だけ切り取ればの話だけど。


「まあ⋯⋯君とはそうならないだろうね。弟子だし」

「だから弟子じゃないですって⋯⋯」

「えー? まだこれでも私の弟子を拒否するの? じゃあどうしたら君を弟子にできるわけ? 装備だって買ってあげたのに⋯⋯」

「それを俺に訊きます?⋯⋯俺はただ、怖いんですよ。見ず知らずだった先輩(あなた)にそれだけ恩を売られるのが」


 本音を言えばそうだった。


 助けたついでとはいえ、俺は彼女に木の実のスープしか与えていない。

 その見返りにしては、彼女の厚意は筋違いな気がするのだ。


 いくら長い半生を送るエルフの暇つぶしとはいえ。


「⋯⋯それは、君が仲間に裏切られたから?」

「そうかもしれません。けどそれに甘える自分も俺は嫌いです」

「信じてほしいなぁ⋯⋯君を助けた私が、君を裏切るわけないのに」

「そりゃあまあ、そうですけど⋯⋯」


 厚意を向けられた相手を疑うのは、失礼だろうか?


「さ、この話は置いといて。そろそろ修行の続きといこうか」

「⋯⋯ですね」


 水面に水滴が落ちて音を立てた。

 



 再び杭のサークルの中心に戻る。

 頭でイメージしてみても、この五本を斬りながら走り回るのは無理がありそうだ。


「弟子くん」ハイル先輩の呼び声。

「はい?」

「この訓練はね、単に瞬発力を上げるための訓練じゃないんだよ」

「?⋯⋯それは、どういうことですか?」

「うーん⋯⋯そうだ、君魔法は使える?」

「え、まあ初級魔法くらいなら⋯⋯」

「じゃあなんとかなるね」


 なんとかなるらしい。

 魔力の少なめの剣士の俺が使えるのは、発火魔法(イグニッション)流水魔法(ウォーター)初級回復魔法(ヒール)局所防御魔法(ディフェンス)の四つのみ。


 これだけの組み合わせで、俺にこの杭たちを破壊できるのだろうか?


「うーん⋯⋯」


 初級回復魔法ヒール局所防御魔法(ディフェンス)は攻撃には使えないから却下として。

 残りの二つは?


「【宵闇を照らす紅き灯火に、光と闇をもたらさん】――発火魔法(イグニッション)


 試しに指先に炎を出してみる。

 炎は俺の意思で自由に形を変えることができる。もちろん、その長さも。


 ⋯⋯ん、長さ?

 待てよ、これを剣に使えば⋯⋯


 剣先に発火魔法(イグニッション)を使い、魔力消費を無視してその長さを一瞬限界まで伸ばす。

 やがてその全長は剣の刃の長さを越え、リーチはもとの約四倍ほどとなった。


「なるほど、そういうことですか⋯⋯」


 中心から剣を真っ直ぐに向けると、その切っ先は丁度杭に届いた。

 でも今の火力では、杭は焼き切れない。


「お、やってみる?」

「はい。お願いします」

「いっくよー! よーい、どん!」


 瞬発的に拳に力を込め、剣に纏う炎を強化する。

 この火力を保てるのは長くてあと一秒。

 やるなら今だ。


「――ハァッ!!」


 身体全体をひねって、一回転。

 剣先の炎が弧を描く。


 その一瞬、俺はとてつもない手応えを感じた。

 今まで感じたことのない、新しい種類の感覚。


「やったね。第一の試練クリアだよ」

「え、俺やりました?」

「うん。ほら、杭は全部君が斬ったんだよ」


 見渡すと確かに、木の杭はすべて真っ二つに焼き切れていた。

 それはまぎれもなく、俺が成したことだ。


 瞬間的な火力に耐えきれなかったのか、安物の剣の刃は黒く焼け焦げていた。


「さて、今日はご褒美に何かご馳走様しようかな。君は何がいい?」

「俺、新しい剣が欲しいです。俺はもっと⋯⋯剣術を磨きたい」

「おー! 君がそう言ってくれると嬉しいな。いいよ、私のヘソクリも使って買ってあげる」


 それが、俺にとっての第一歩だった。




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― 新着の感想 ―
[一言] こちらの作品も読ませていただきました。 こちらでも、コメントを送らせていただく予定です。 今後ともよろしくお願いします。 ハイル先輩、嫁にしたい。
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