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34.決戦の夜

 城壁都市メイレスタに、今日も変わらず夜の帳が降りた。


 酒場などは未だ任務終わりの冒険者や街の飲んだくれで栄えているものの、魔石灯で照らされたメインストリートに建ち並ぶ商店はそのほとんどが閉店している。夜を迎えた街はそのささやかな賑わい以外、静まり返っていた。


 そんないつも通り一日の幕を閉じようとしている、この街の地下。普通なら衛兵に守られているはずの地下通路への入口を突破した一人の少年が、足音を殺しながらその奥へと歩いていた。


 ――目指す先は、魔晶石の在り処だ。


 強固な城壁と相まって魔力結界は、この街に欠かせない防御手段となっている。そのため、結界を生成する魔晶石は普段、衛兵たちの警護のもとで管理されているのだ。


 しかし、その少年が通ってきた道には一人として、その姿は見受けられなかった。

 それどころか、すれ違う通行人の一人もいない。


(やけに静かだな……警備が手薄すぎる)


 一抹の不安を抱きつつ、その少年は目的の場所へ歩みを進める。


(だが僕は、スペクター様の命令通りに魔晶石を破壊するだけ……やるべきことはそれだけだ)


 石畳の床を歩いていくと、彼の視線の先にそれは現れた。


 彼の身長とほぼ変わらぬ大きさの結晶は、この街の地下の奥深くで眠るその石――魔晶石は妖しく紫に煌めきながら、ただ静かにその存在感を放っていたのだった。


 その石の周囲にも、衛兵の姿は見受けられない。

 T字に分かれた通路の先で、少年はフードと前髪で隠れがちな目でその石を睨む。


(ここにもやはり見張りはいないか……)


 周囲を一通り確認した少年は、ズボンのポケットに突っ込んでいた手をゆっくりと手前にかざした。その指先が彼の血で染まり、やがて鋭利な爪となって彼の手を凶器に変貌させる。


(遂行は早いに越したことはない。やるなら今、ここで……!)


 後へ引いた脚で踏み込み、少年が赤い爪をもって魔晶石へと斬りかかろうとしたその瞬間(とき)


 曲がり角から飛び出してきた大剣が、彼の胴体を横向きに一閃する。

 少年はその目で捉えた剣を咄嗟の判断で身を引き、躱した。


 剣の刃が彼の腕の肉を軽く抉る。


『――残念だけど、ここは関係者以外立ち入り禁止なんだ』


 陰から現れた銀髪の少女ハイライトは、悠然と手にした大剣で空を切りながら彼に言い放った。敵を前にした彼女の表情は変わらず、余裕をもった微笑みで飾られている。


「まさか、伏兵が貴様だとはな……」


 鮮やかな鮮血の流れる腕を押さえながら、対する少年は怒りを露わにした。顔を隠していたフードもろともローブを脱ぎ捨てると、魔力で包まれていたその身体が真の姿を顕現する。


 少年改め、一端の魔族となった彼は腕に負った切り傷を瞬時に修復――『再生』したのだった。


「久しぶり。あのとき以来だね」

「久しい、か。……確かに、正体を見破られたのはあれが初めてだったな」

「いや~、あのときはごめんね。半端な傷つけちゃって。――今日はちゃんと殺してあげるよ」


 エルフの少女の殺意の高まりを感じた少年は、もう片方の留守だった手にも血で爪を形成し、前傾姿勢をとる。


「あのときの借り、貴様の死をもって返させてもらう」



   §



 同時刻。


 夜を迎えたメイレスタの城壁外で、数人の衛兵と領主代理、ノアは並び立って門の前で警護に当たっていた。彼らの見据える方角はまさしく、ハイライトの言っていた『敵』の襲来するであろう方角だ。


 だが当然、領主自らが戦場の前線にでるこの状況に疑念を感じる者もいた。


「領主様、やはりここは我々にお任せを……」

「何度も言わせないでください。あなた方のご心配は無用ですよ」


 衛兵たちから同じような趣旨の忠告を幾度となく受けたノアは、返って彼らに呆れる思いだった。

 柔らかい苦笑いから表情を一転、神妙な面持ちでノアは言う。


「我らレゾナンス家は、代々生まれ持つ優れた魔力をもってこの街を守り抜いてきました。自らの全力を行使して街のために死を迎えることが出来たなら、それこそ本望だと。私も、彼らと同じ思いなのです」


 この街を背負う者として、彼の覚悟は既に固まっていたのだった。

 そこに迷いという不安定な感情は、一切存在していない。


「もちろん、私には領主という重大な役職があることも承知しています。そのことで皆様にご心配をおかけすることはあっても、悲しませるようなことは決してしませんので。どうかご安心を」

「ご当主……」


 衛兵部隊を率いる屈強な男は、彼の覚悟を受け止めると同時に、年長者として彼の成長ぶりを感慨深く思っていた。


(あの病弱だった少年が、よくぞここまで勇敢な青年に育ったものだ……)


 だがそんな感慨も、今このときに耽るにはまだ早い。例え親身な感情だとしても、戦場までひきずって行くことは、多くの命を抱えた彼には許されないのだから。


 ノアは自信に満ちた笑みで彼に語りかけた。


「兵全体の指揮は、僭越ながら私がロディさんに任命いたします。実戦経験の豊かなロディさんの指揮とあれば、私含め多くの方が信頼をもって戦うことができるでしょうから」

「お任せください。ご当主直々の任命とあらば」


 指揮官としての命を受けたロディは、門前に控えていた兵たちの士気を上げるため彼らの前へ躍り出る。誰もが信頼をおく彼の激励に衛兵たちの士気が高まったところで、事態は動いた。


 正門を出てすぐのところに待ち構える深い森の中から、一人の人影が向かってきたのだ。その足取りは遅く、誰の目から見ても、その心身の冷静さが見て取れるものだった。


 暗闇から真っ直ぐやってくる人影を、衛兵たちは固唾を呑んで見守っていた。そのゆっくりとした足取りと、一歩を進める度に鳴る鈴の音に耳を澄ませながら。


 やがてその姿が闇の中から明るみに出たとき、彼らの緊張感は一気に高まった。

 黒い角を頭部に生やした男が、まったく臆することなく彼らの前へ現れたからだ。


 その魔族の男は貴族然とした優美な服装をして、たった一人で森を抜けてやってきたのだ。それが意味することに、その場にいた誰もが思いを巡らせていた。


 無言でその場に立っていた男は、自らが創り出した静寂を自らの口で壊した。


「ごきげんよう、人間の皆様。お初にお目にかかります」


 そしてさも当然のように、彼は深々と一礼する。

 その様はまるで、本物の人間の『貴族』のように彼らの目には映った。


 だがそれはやはり錯覚で、目の前にいるのは変装もしていない魔族そのものなのだ。

 誰の返事も待たずに、魔族の男は続けた。


(わたくし)は見ての通り魔族ですが、どうか誤解していただかないようにお願いします。私は魔族の中でも、人間との融和を図りたいと思う派閥の者でして。今回はその一歩をと思い参りました。……そこでお尋ねしたいのですが、この街の外交官はどなたでしょう?」


 気味の悪いくらいにわざとらしい笑みを貼り付けたその男は、彼らの返事を待った。混乱の中で顔を見合わせる衛兵を通り過ぎて、ノアはその男と真正面から対峙する。


「私です。私はこの街の領主、ノア・フォン・レゾナンスと申します」

「左様ですか。では領主様、まず我々は対話によって互いを知る必要があります。(わたくし)の通行許可をお願いします」

「ええ。()()()()()()


 平然とノアが言い捨てると、城壁の上の弩弓から、一本の矢が放たれた。


 長大な槍のようにも見えるその矢は、空を切ってその男の左肩に突き刺さり、貫通した。矢が砂埃とともに地面で停止する。


「――やったか!?」


 兵士たちの間で緊張が走る。

 魔族の男は左腕を吹き飛ばされても表情を変えず、また淡々と話し始めた。


「なるほど。ご理解頂けないようですね……」


 男の瞳が黒く曇ったその瞬間、彼の周囲にいくつもの魔法陣が出現した。

 衛兵たちがそれに反応する間もなく、魔法陣から無数の矢が放たれる。


「――防御体制!!」


 危機をいち早く脳内で処理したノアは、命令を下した。

 だが、遅すぎた。


 それより早く魔法陣から放たれた無数の矢は、先程男に食らわせた弩弓(バリスタ)の矢と全く同じ速度、威力をもって彼らを殲滅したのだった。


 矢の直撃を頭に食らって倒れた者。

 構えていた盾が貫かれて腹に重傷を負った者。

 攻撃によって崩れた城壁の瓦礫で潰された者。


 一瞬にして、後方待機していた兵の半分ほどが為す術なく倒された。

 ただ一人、瞬時に魔法で防御壁を作り出したノアはその惨状を見て唇を噛む。


(これは魔術……しかもかなり高等なものですね)


 そして未だ平然と仁王立ちを続ける魔族の男を見て確信する。


「この魔術、やはり貴方は十三魁厄の……」


 対する男は堂々と宣言する。


「ご察しの通り。さすがは勘だけはいい鼠の(おさ)だな」

 



「私は十三魁厄の序列十一位、【意趣返し】のスペクター」

 



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