33.やがて来る厄災に備えて
ここで、時系列は現在に戻そう。
「なにそれ……じゃあ結局は、フェルトちゃんの魔力量がえげつなかったってこと?」
「はい。少なくとも俺の28倍はありました」
「うっっわ、バケモンだね〜!」
俺の話がよっぽどツボだったのか、俺が土下座したあたりのくだりでハイル先輩は腹を抑えて爆笑していた。彼女の目は笑いすぎで涙ぐんでいる。
「いや、大変だったんですよ? そのあとノアさんにも俺が土下座する羽目になって……」
真っ青になったフェルトのフォローにも尽力した俺の苦労を知れ。
知ってくれ。
笑い疲れて引きつった口で先輩は言う。
「意外だなぁ……フェルトちゃんがそんな魔力モンスターだったとは。人は見かけによらないもんだね」
「まあ、そうですね。……ほんと、すごい才能ですよ」
いずれパーティメンバーになる身としてはフェルトの驚異的な才能に喜ぶべきなのだろうが、なんか複雑だった。フェルトが魔法に適正があるということは、それだけ戦闘向きだということなのだ。
彼女を引き止めるだけの理由が、また一つなくなった気がした。
「それで、やっと君も自分の武器に気づいたってわけだね?」
黙っていた俺に、先輩は少しだけ嬉しそうに微笑みかける。
「はい、まあ……俺自身まだよくわかってないですけど」
「にしても、諸刃の剣かぁ……なんか君らしいといえばらしいというか」
「それ褒めてます? けなしてます?」
曖昧な言い方はやめてほしいものだ。
すると、檻の前にいた俺に、コツコツと足音が近づいてくる。
『おや、先客が居られましたか』
地下通路の奥から近づいてきた足音は、ノアさんのものだった。
先輩の独房の前にいた俺を見ると、彼は安堵したような笑みを浮かべた。
「領主様、どうしてここに?」
「いえ、ハイライトさんにほんのご挨拶を、と思いまして」
用があるのは先輩だったらしい。
ベンチに座り直して足をぷらぷらさせていた先輩は、領主様の登場にきょとんとした顔で反応した。
そういえば、先輩はノアさんとは初対面だった。
「君が領主様?」
「ええ、お初にお目にかかります。メイレスタ領主、レゾナンス家のノア・フォン・レゾナンスと申します。少しばかりハイライトさんにお話がありまして」
「うん、いいよ」
この場にいるのもあれなので、俺はここらでお暇することにした。
二人に別れを告げて地下通路を戻ろうとすると、先輩に呼び止められた。
「ルフトくん、」
「なんですか?」
「――先に言っておくね。今夜辺りはちょっと注意した方がいいよ。やつらが来るかも」
その忠告の意味を噛み締めつつ、俺は頷いてその場を後にした。
黒髪の少年ルフトが去った地下牢の檻越しに、ハイライトとノアは対峙していた。
彼の足音が聞こえなくなった頃、ノアは浅く息を吐いて話し始めた。
「……先ほどの彼への忠告、あれは本当なのですか?」
「たぶんね。可能性が高いってだけだけど」
長方形の石畳の床に置かれたベンチに腰掛けていたハイライトは、彼と目を合わせることなく言った。
「私の魔力探知で探ってみた限りでは、西の方から魔族っぽい魔力反応が近づいてきてたから。街中の方はまだ隠れてるけどね」
「成程……となるとやはり、彼らの狙いは本軍による街の蹂躙ですか」
「うん。しかも敵は少数だから、相当な相手かもしれない」
「少数精鋭ですか……では、十三魁厄の可能性は?」
十三魁厄。
魔王城を起点として、大陸の各地でそれぞれ独自の勢力をもつとされる、13の厄災。
基本的に群れることの少ない魔族たちから見れば、魔王によってその力が認められた個体にのみ認められる称号のことでもある。
古くから人類悪として知られてきた彼らは、数多の人民を殺害し永い刻を生き延びている。特に魁厄の頂点、第一魁厄の全貌は未だ判明しておらず、下位にあたる第七~第十三までの魔族たちが入れ替わりを繰り返している状況だ。
ただしそれら下位の魁厄たちですら、並の冒険者や騎士たちを一方的に虐殺するだけの力と知性を持ち合わせているのだ。
逡巡したハイライトは、間を置いて言った。
「その可能性もあるけど、街一個潰すのに複数でかかってくるくらいだから、あるとしたら下位の魔族だと思う。送ってきた伏兵の強さ的にもね」
「ですね。ではその可能性も踏まえて、こちらは事前に警戒態勢を敷くとしましょう。早いに越したことはありませんから」
早速準備に取り掛かろうと意気込むノアに対して、ハイライトは不意をつかれたように声を漏らした。
「えっ……ちょっと待って、そんな簡単に信じるの? 仮にも私はいま、牢獄に入ってる罪人なのに?」
「信じますよ、もちろん。あなたの卓越した魔力探知能力が証明された以上、利害の一致した我々は互いを信じるべきですからね。それがいま領主として私が示せる最大限の誠意というものです」
「そっか。……この国の領主がみんな、君みたいな人だったらいいのにね」
「ふふ、それは恐縮ですね。それでは、私はこの辺りで。ご協力感謝します」
彼が微笑み返す。ハイライトはその笑みを見て、小さな声で一言付け足した。
「そんなに物分りがいいなら、もっと早く私をここから出してくれたらいいのに」
地下牢でわずかに反響したその声は、その場を離れようとしていたノアの耳にも届いていた。
「……それはできませんね。あなたにはまだここでやって頂きたいことがありますから」
彼女の返事を待つことなく、ノアはルフトの通った通路を静かに歩いて行った。
***
「今夜、か……」
その日の用事を終えて、いつも通りパン屋の二階に借りた一室のベッドで俺は仰向けに天井を仰いでいた。先輩の忠告と二人の話のことについてぼんやりと考えながら、視線は天井の木目を向いている。
ぼーっとしているようで、気持ちは落ち着かない。
今夜襲撃があるかもしれないのに、俺はいまこうしてベッドで寝そべっていてよろしいものか。誰に咎められることはなくとも、リスクを知っている人間のすることとしては愚行だ。
改めて、先輩の忠告の意味を考えてみる。
この街の衛兵ではない俺の役目は、万が一魔族が正門を突破して街中へ侵入してきたときのための保険、もっと言えば最終手段だ。実を言えばそこまで重要職ではない。
ただ、この事態を知ってる者としていち早い行動が求められているだけだ。
(でも、その上であの人は……)
街中で待機予定の俺にも、その可能性を伝えてきたことの本当の意味。
それは……
(ま、考えすぎだよな)
深読みのしすぎはよくない。
あの人の言葉すべてに意味があるとは、俺も思っていない。
いたたまれない気持ちになった俺は、ベッドからむくりと起き上がって部屋を出た。適当に巡回がてら外を散歩するつもりだった。
一階への階段へと続く廊下でふと足を止める。
フェルトの部屋だ。
特に彼女の部屋だからなんだってこともないのだが、そこで立ち止まった。
今お前のするべきことをしろ。
自分の中でそんな言葉が思い浮かぶ。
気づいたときにはもう、俺は彼女の部屋のドアをノックしていた。
「はい?」とフェルトが中から返事をする。ドア越しに俺は言う。
「ごめん、ちょっといいか?」
「はい、いいですよ」
ドアノブを回して部屋に入ると、彼女は魔石灯を点けて本を広げていた。
フェルトの部屋はかなり片付いていた。
彼女の華やかさとは対称的に、質素な感じ。
ベッドの他に置かれた唯一の家具であるデスクには、以前俺がプレゼントした青い砂の砂時計があった。
「お兄さんが来てくださるなんて、珍しいですね。またなにかありましたか?」
「いや、まあちょっと……」
面と向かって話そうとすると、途端に言葉が出てこなくなるのは、別にこの場に緊張しているからとかそういうんじゃない。それを言うべきか言わないべきか、迷っているだけだから。
デスクの上に開かれた本に目をやる。
「パン作りの勉強か?」
「あ、これは魔導書です。少しでも早く一人前の魔法使いになれればな、なんて……」
「そっか」
熱心なもんだな、と関心してしまった。愛らしい動作で本を顔の前に差し出すフェルトを見ると、やはり喉でつかえていた言葉も出てこなくなる。
「……あんまり、頑張りすぎるなよ。ほら、身体だって大事だから」
「はい! 無理しない程度に頑張ります!」
「ん、頑張れ」
頭を軽く撫でてやると、フェルトはくすぐったそうに笑った。
結局、言うべきことは口から出てこなかった。




