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31.バランスブレイカー

「君ってさ、八重歯あるよね」


 鉄の檻越しに先輩が顔を近づける。近い。


 今日俺は最近あった出来事を先輩に報告するとともに、その暇人具合を確かめにきたのだ。案の定、収監されてから五日ほど経った彼女のテンションはいつも通りだった。相変わらず刺激に飢えているみたいだ。


 というわけで、俺は黒いローブを羽織った姿のハイル先輩と相対し、くだらない与太話に時間を費やしていた。  


 実を言うと、俺も暇なんだよな。


「八重歯って……どれのことですか?」

「ほら、それ。君から見て左側の上の犬歯だよ」


 一応自分でも触って確認してみる。左上の犬歯は確かにまあ、尖ってはいる。今言われて初めて気づいた。だからなんだ。


「かわいいね~その歯。なんか羨ましいな」

「先輩、よっぽどヒマなんですね。あと近いんで離れてください」

「えー? なんでよ、君こそもっとこっち来てお話ししよ?」


 檻を両手で掴んで拗ねる先輩に俺は呆れた。

 一歩下がって、それとなく距離をとる。


(捕まってるくせになんでこんな元気なんだ……)


 普通五日も捕まってたら、気分も鬱々としてくるものなんだけど。

 普通なら。先輩は普通じゃないから仕方ないか。


 この人は元々一般人のメンタルじゃないだろうし。


「先輩、今日で五日目ですよね? 大丈夫なんですか?」


 情緒が。


「大丈夫って……そりゃあ大丈夫だよ。でもヒマでヒマで仕方ない。ほんとさー、私が斬ったのは魔族だってハッキリしたのに、なんでここから出してくれないんだろうね?」

「信用されてないからじゃないですか」

「そ、そんなぁ~」


 ずりずり、と檻の前で崩れ落ちる先輩の図。


 それはそうと、真面目な話、彼女がまだ収監されたままなのはやはり街中で剣を振り回したからなのか、それともまた別の理由なのか。


「それで、どう? 最近は。なんか変わったことあった?」


 大人しく一人部屋にぽつんと置かれた木製のベンチに寝転がって、先輩は退屈そうに言ってきた。きっと彼女も退屈で腐りかけているのだろう。一方の俺はそれなりに面白い話題は引っ提げてきたつもりだ。


「――フェルトが、領主様直々に魔法を教わってます」

「ほぉー? それまた面白いことになってるね。進捗はどう?」

「それが……」


 話すと結構馬鹿げた話だ。

 時系列は二日前までさかのぼる。



    ***



 ――二日前。


 俺が兵団の対策会議に呼び出されたついでに、フェルトも一緒に兵団本部まで連れて行った日のことだ。本部まで到着したところで、俺だけその建物内の会議室のような部屋に通されてフェルトとは別行動になったのだ。フェルトは非戦闘員ということで、結局外で待つことになった。


 一方俺は会議といっても、衛兵たちを率いるお偉いさんのようなおじさんたちが長机であれこれ議論している様子を傍観しているだけで、結構退屈だった。


 正直眠かった。結果的に決まったことだけ教えてくれ、と思ったりした。


 結局決まったのは「現状維持」と「経過観察」。


 ……俺の時間を返せ!


(アホらし……)


 会議という名の無駄な時間が終わると、俺は兵団が管理していた宿舎兼訓練場へふらっと立ち寄っていた。元々メイレスタの城壁の外は一面だだっ広い草原が続いていたので、そこを兵団が開拓して魔法やら模擬戦やらができる訓練場にしたらしい。


 隣接する宿舎のデッキから剣の打ち合いをしていた衛兵たちを眺めていた俺だったが、その奥に見慣れた人影を見つける。


(フェルト……?)


 初心者用の杖を持ったフェルトは、魔法訓練用の木の的と向き合っていた。

 熱心にもう魔法の手ほどきを受けているらしい。


 フェルトの隣で、彼女の杖の構えをレクチャーしている人物が見えた。

 あの背の高くて聡明そうな黒髪の領主様は……


「え、ノアさん!?」


 本当に何やってるんだ、あのお方は。


 まだ見習い程度のフェルトに直々に魔法を教えてくれるとか、いくらなんでも聖人すぎる。いやそれ以前にあの人は貴族で領主様では?


「あー、今日もやってるね。兄さんの魔法講座」


 突然隣から声がした。

 振り向くとそこには、俺と同じくらいの背で、その綺麗な金髪を二箇所ピンで留めた少年が立っていた。


 誰だこいつ。


「……え、どちら様ですか?」

「ああ。僕はレリア。レリア・フォン・レゾナンス――領主レゾナンス家の次男さ。どうぞよろしく」


 そうして爽やかに右手を差し出してくる彼の微笑みは、たしかにノアさんにそっくりだった。突然の彼の出現に困惑しつつ、俺は彼の手をとって握手を交わした。


「よろしくお願いします……って、ノアさんの弟!? すんません、俺、失礼な口聞いて」

「いいよ、敬語なんて。僕たち歳は同じくらいだし、僕だって人の上に立つような立場じゃないし、今はただの暇人だからね」

「はぁ……」


 紳士的な握手を交わした彼は、俺と同じようにバラスターに肘を載せて草原を眺め始めた。頬杖をつくその顔は、それでも兄に似て整っている。


「兄さんはね、たまにああやって冒険者見習いにも魔法を伝授するんだよ。仮にも領主代理なのに、お人好しというかなんというか……」

「……レリア、領主『代理』って、実際には本当の領主が別にいたりするのか?」


 標準語で話すのも、それはそれで違和感。


「そうそう。僕の父さんが本当はそうなんだけど、病気で倒れててね。今はほとんどの仕事を兄さんが継いでるってわけさ」


 肘をついて片手でそうサラッと言ってのけるレリアにはなんか、いい意味で貴族らしさがなかった。金と権力を持って平民を見下す、貴族特有の嫌味に近いアレが。


「僕たちレゾナンス家は、先天的な魔力量が普通より多い代わりに、代々病弱でね。歴代の領主、僕の先祖たちはみんな40歳を迎える前に亡くなってる」

「そうなのか……」


 いきなり重い話題に移って反応に困った。

 その話が本当なら、彼もノアさんも短命ということになるわけだが……。


 俺の口からはどう言ったらいいのか分からない。


「まあ、そのお陰で僕らは自分の街を守るために戦えるんだけどね。自分の街のために死ねるなら、本望さ」

「領主様が死んだらダメなんじゃ……」

「あはは。たしかに」


 くどいようだがその笑い方すらもノアさんとそっくりだ。

 よほど血筋の濃い家系なのだろうか。


「おや、兄さんの講座が実践編に移ったみたいだよ」


 レリアの指さす方向で、フェルトが一人杖を構えて的に対峙していた。

 やがて杖の先端に魔法陣が現れ、発射体制に入った。


「!――あの魔法陣は……」

「いきなり中級魔法!?」


 俺たちがそれに気づいたのも束の間。


 次の瞬間、辺り一面が消し飛んだ。

 

 閃光、爆風、轟音。そして大きくえぐれた地面。

 一瞬、何が起きたかわからなかった。


 ただ気づいたときには、フェルトの前にあった地面が木の的もろとも消し炭になっていたのだ。わかるのは、今フェルトが撃ったのは中級無属性魔法の【貫通弾丸魔法(マグナム)】だってことくらいだった。


 でもあの威力はどう考えてもおかしい。

 あまりの出来事に俺は唖然としてしばらく動けなかった。


「わー」


 やばい、隣であれを見ていたレリアですらハニワみたいな顔になってる。

 いやそもそもハニワってなんだ?


「す、すごい威力だね。中級魔法でうちの地面が容易くえぐれるなんて、彼女一体どんな魔力量をしてるんだろう……」

「あははははははは……………………はっ、」


 こ、これはもしかして……

 弁償とかそういう金のトラブルに成りうることでは?


「ごめ……いやすんませんでした!! 俺が彼女の魔力量を把握していなかったばっかりにこんな事態を招いてしまいました! あの土地は俺が何年かかってでも弁償しますのでどうか!!」

「いや待って、何で君が謝るのさ!?」


 マジで結構必死で土下座した。




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