28.動き出す邪悪
「これが、魔晶石……」
メイレスタの城壁の東の端、地下の最深部にて。
地下通路を一番奥まで進んだところに、その紫色に光る結晶は存在した。
一般的な魔物から採れる魔石と似通っている部分はあるものの、その大きさと輝きは別格だった。俺の身長と同程度の大きさの魔晶石は、四箇所を金属製の器具で固定されながら地面に突き刺さっていた。
「ここも異常はありませんね」
結晶に触れてノアさんが言った。
「敵が狙うとすれば、やっぱり魔晶石ですよね」
「ええ。この街の魔力結界を生成しているのは、これを含む四つの魔晶石です。これらが一つでも破壊されれば結界は成立しなくなります。結界が弱ったところを本軍で襲撃するのが、おそらく彼らの最終目的でしょう」
表情一つ変えず、彼は言った。
***
数十分前。
地下で衛兵の報せを聞きつけた俺たちは、今度はノアさんに呼び出されて再び応接室へと急いだ。外にいた衛兵の男たちもどこか慌ただしく、尋常ではない雰囲気が漂っていた。
それも当然だ。魔族が街へ逃げたのだから。
ノアさんはソファーには座らず、立ったまま到着した俺たちに話しかけた。
「私の嫌な予感が、当たってしまったようですね」
苦笑いだった。
苦し紛れの、大人っぽい微笑み。
それで言葉を詰まらせながら、俺は言った。
「逃げた男はやっぱり、魔族だったんですか?」
「ええ。酷い有様でしたよ。皆殺しでした。怪我の具合を見ていた医師も、逃亡の一部始終を見ていた衛兵も、全員です。……ですが結果的に、あなた方のお話を伺っていて良かったと思いましたよ」
「……何故ですか?」
「魔族の話が出ていなかったら、今頃ただの『殺人犯』の逃亡として事を処理していたでしょうから」
彼の顔に影が差した。
それから表情を切り替えて一転、真剣な眼差しでノアさんは俺たちを見た。
「改めて現状を言うと、魔族と思われる被疑者が街へ逃亡している。加えて彼はおそらくその姿を偽装している。この点が彼の一番厄介な点です」
「素性が特定できない限りは、逃亡する犯人を見つけることすら難しいですからね」
「しかも、犯人が逃げていると知れ渡れば、街はきっと混乱するでしょうし……」
フェルトの言う通り、この事実が知れ渡れば街の経済は大混乱に陥るだろう。さらに犯人が姿を偽装することも知られてしまえば、街の人々はお互いに疑心暗鬼になり、最悪の場合同士討ちが多発することも有りうる。
そうなれば、魔族の思うツボだ。
「その懸念を払拭するためにも、領民への情報統制は万全にするつもりです。軍の行動もできるだけ隠密に済ませることも、彼らには伝えました」
「じゃあ俺たちも、このことは内密にするべきですね」
「そうしていただけると幸いです。……それと、そのことなのですが、お二人にもこの件には御協力の程をお願いしたいと考えているところでして」
「私たち、ですか?」
「ええ。可能なら、ハイライトさんにも」
確かに、俺とフェルトは外見的にも、街での行動では衛兵たちに比べて目を引かない。
ハイル先輩が協力してくれるかどうかは別として、俺はその案には賛成だ。
「俺は構いません。少しでも領主様のお力になれるなら、喜んで」
「恐縮です」
「ですが、フェルトは俺とは違ってまだ戦闘経験などはありません。危険なことにお力添えは――」
「私も、やりたいです」
俺の意見を遮り、フェルトは真っ向から否定する。時折見せる彼女の強い意志にはどこか、有無を言わせぬ説得力があるような気がしてしまう。
「いやフェルト、いくらなんでもそれは……」
「戦闘経験は無くても、私にも何かやれることがあるはずです。危険だとはわかっていますが、知ってしまった以上は見ないふりはできませんから」
過保護とか、そういうものだったりするのかもしれない。彼女は俺の思っていた以上に達観しているように思えた。いつまでも、彼女のことを守った気でいてはいけないのかもしれない。
「お兄さんも、それなら……いいですよね?」
「まあ、フェルトの身に危険が及ばないなら」
渋々といった感じで俺はそれを承諾すると、早速俺は魔晶石の安否確認へと駆り出されたわけだ。
***
そんな訳で、俺は領主代理のノアさんとその護衛とともに地下へ潜っていた。
「そういえば、フェルトさん今は何方へ?」
「フェル……彼女なら、一度自分の店番に戻りましたよ」
「おや?彼女は、冒険者ではないのですか?」
そう訊かれると、ややこしい。
彼女はいまものすごく中途半端だから。
「そうなる予定ではいるんですけど、訳あって今は形だけで……」
「なるほど、不思議なご身分なんですね」
確かに、フェルトは今パン屋の店員と見習い冒険者を兼業している。
実はそれなりに忙しいのではないか。
地下通路を戻りながら、ノアさんは微笑んだ。
「お二人のご関係は、見ているこちらまで心が安らぎます」
「そう、ですか?」
「ええ。お互いを大事になさっているのですね」
「いえ、そんなことは、全然……」
少し俺をからかうようにノアさんは言って、地上へ出たところで次の会合の時程を俺に伝えた。街の衛兵たちの対策会議に参加させられるらしい。
「それでは、私はこのあと孤児院の子供たちにご挨拶へ行きますので」
「はい。今日はわざわざ俺たちの話を聞いてくださって、ありがとうございました」
「ええ。では、また明日」
にこやかな笑みを湛え、彼は護衛を引き連れて行った。
俺はノアさんと逆方向の道を進んで、いつものパン屋へと戻ることにした。
西陽が差して、街が夕色に染まっていた。




