27.面倒なこと
「で、誰なのこの人?」
一枚の写真を片手に、俺は首を傾げた。
その写真に映る男に、もちろん面識はない。
適当に街を散策しながら、写真とにらめっこを続けていた俺だった。
そんな無知な俺の質問に、フェルトは手探りといった感じで答える。
「この街の領主様の長男にあたる人、だった気がします」
「じゃあ、次期領主ってこと? これまたすごいお偉いさんだな…………どおりでで美形なわけか」
「そうですね。ルックスは、街の人にも人気ですよ」
「俺もこんな顔に産まれたかった……」
「!! お兄さんだってかっこいいですよ!」
なんとも言えないフェルトのフォローが入って複雑な気分だけど、とりあえず彼と会えそうな場所までたどり着いた。いわゆる、領主館。領主様の住むお屋敷。
六角形の城壁で囲まれたここメイレスタには、その一辺に俺たちの通った通行所、そしてその対角に領主館がある。魔物たちが領土内へ侵入しないように城壁には魔力結界が張られているものの、通行所は衛兵たちの見張りだけだ。
その見張りをすり抜けてやってきた敵から街のリーダーを遠ざける意味もあって、そういう配置になっているらしい。
まあ、当然のことなんだけど。
ただ、そんな立派なお屋敷を前にカチコミをかける勇気もない俺は、作戦立案の意味も兼ねてそこらの塀の裏で様子を見ることにした。
「……あの、どうして隠れる必要があるんですか?」
そういいつつも、フェルトも俺の膝下でその小さな身体を縮めて塀の裏に隠れている。
「潜入者ごっこだよ。なんか、こういうの楽しいでしょ?」
「あ、分かります! 楽しいです!」
「分かってくれんのね、さすが」
彼女も彼女でノリがいいというかなんというか……
だが、こういう少し後ろめたいことをするには共犯者がいるに限る。
ひとまずここは偵察を続けることで合意した。傍から見たら俺たちはただの不審者だけど。しばらくそこで見張りを続けていると、それらしき人の群れがこちらにやってきた。
「お、あれか?」
「あれですね」
白と差し色の青が目を引く丈の長いローブを羽織ったその男は、数人の衛兵たちを引き連れてやってきた。紺に近い流麗な髪に深紅の宝石のような目をした、端正すぎる美形男子だった。身長もあれはおそらく180近くあるだろう。高貴なオーラがすごい。
「あ、あれと会話しろっていうのか?」
「大丈夫ですよ。ノア様は温厚なお方ですから」
(うっ、名前までかっけぇ……)
こういうのは生で見ると違うものらしく、俺はノアさんを前に気後れしてしまう。
だけどこれは先輩のため、他でもない彼女のためだ。
悠々と歩いてくる彼へと近づき、呼び止めた。
「あの、ノアさんですよね?」
「はい、どうかなさいましたか?」
俺の前で足を止めた彼は、至ってにこやかな表情を向けてきた。
余裕がありそうな笑みだ。
オーラの違いにまた一つ、気が引ける。
「僕、冒険者のルフトと言います。実は僕、先程街中で殺傷騒ぎで捕まったエルフのパーティメンバーでして――」
「パーティメンバーだと? 貴様も彼奴の一味なのか!?」
彼の傍にいた衛兵が声を荒らげて言う。
まずい、そうなるのも当然だったか。
「いえ、俺は……」
「そうです! ハイルさんは私たちの仲間であり師匠です!」
隣にいたフェルトが言い返す。
「私たちは彼女が捕まったことについて、まだ納得できていません! なので私たちはこの度、異議を申し立てにここへ参りました!」
「異議、だと? 小娘が、何をふざけたことを!!」
「お待ちください。ここは私が応対します」
「ノア様……?」
出しゃばった衛兵を背後に下がらせて、ノアさんは今一度俺たちに目配せをした。
「私自身もまだ、その件については恐縮ながら把握しきれていません。ですが、あなた方に異議があるというのであれば、それを伺ってからでも遅くはないでしょう」
「ほ、本当ですか?」
「ええ。丁度私も散歩から戻ったところですから、お話は中でお伺いしましょう。では、遠慮なさらずに」
「ありがとうございます!」
よって俺たちの異議申し立ての機会と時間は、現領主代理――ノア・フォン・レゾナンスによって設けられることとなった。
屋敷の応接室へ通された俺とフェルトは、ノアさんとテーブルを挟んで向かい合わせとなって座った。奉仕係、いわゆるメイドという人がいつの間にか持ってきた紅茶と茶菓子を頂きながら、俺たちは件の概要について丁寧に説明した。
「成程。では、そのハイライトというお方が魔族と判断した領民を斬りつけて連行された。というのが我々の間違った見識というわけですね?」
俺たちが必死に言葉を紡いだ説明を噛み砕いて、彼はティーカップを置きながら言った。受け皿とティーカップが重なって音を立てる。
「はい。ですがまだ、その間違いについての確証は得られていません。この話はあくまで、僕の憶測に過ぎないもので……」
そう、これはあくまで俺の中で自己完結した結論にすぎないのだ。これが本当である確証はおろか、まったくもって見当違いだという可能性もある。
だが、そんな話を彼はここまで文句の一つも言わずに聞いてくれた。
「では、その確証というのはどうすれば得られるのですか?」
俺の目を真っ直ぐ見据えて、彼は訊ねた。
傲慢だと思った。不躾だと思った。
でも、これはもう彼にしか頼めないことだ。
「――彼女に、いま囚われている彼女と僕の憶測について確認を取れれば、十分だと思います」
それがいま俺の望む、望める精一杯だと信じた。
彼はそれを聞いて一度視線を落としたあと、やや神妙な面持ちで言った。
「わかりました。本当なら、ここに彼女をお呼びしたいところですが……おそらく法律上そうはいかないでしょう。よって、お二人には彼女との面会を一時的に許可させていただきます。貴方がそれで、十分だと仰るのなら」
「本当ですか」
「勿論です」
ティーカップを片手に、彼は微笑んだ。
「……それに少し、個人的に嫌な予感がするもので」
最後にそう言い残し、ノアさんは俺とフェルトを先輩のいる地下牢の入口まで案内してくれた。
監獄長らしき人の案内で連れてこられた地下牢の一室、独房と呼ばれる場所にハイル先輩はいた。彼女はそんな暗い空間でも、至っていつも通り暇そうに椅子に腰掛けていた。俺はちょっと引いた。
「面会時間は五分だ。それ以上は取れない」
監獄長の男がそう伝えてきたので、「十分です」と短く返した。
男が少し離れたところに移動したのを合図に、話は始まった。
暇そうにしていた先輩は、俺が姿を現すと嬉しそうに微笑んだ。
「先輩」
「さすがに暇だったよ。来てくれてありがとう」
「そういうのはいいんで」
「うん?」
「先輩をここから出します。協力してください」
鉄の檻越しに、彼女ははっとしたような目で俺を見た。
監獄長の視線が気にはなったが、俺は気にせず続けた。
「先輩が斬った男は、魔族なんですね?」
「そうだよ。ここの人たちは、朴念仁だから信じてくれないみたいだけど」
不機嫌そうに彼女は言った。ため息混じりに彼女は続ける。
「あの人は確かに、見た目は魔族じゃなかったからね」
「見た目って、やっぱり……」
俺と同じく事を察したらしいフェルトが呟いた。
先輩の言葉を補うように俺は言った。
「じゃあ、あの男は魔術で見た目を偽装していたってことなんですね」
「そういうこと。さすが私の弟子だね」
「弟子になった覚えはないです」
監獄長の前で平然と冗談の言える彼女のメンタルには感服しつつ、俺の憶測が当たっていたことに安堵する。ここまできて間違いだったら、取り返しがつかなかった。
「君の言う通り、あの人が使ってたのは人に幻影を見せる魔術。もっと言えば、すべての人間に幻覚を見せる魔術だね」
「セルロ村で見たアレと同じってことですね」
「そう。私もそれでわかったわけ」
謎に楽しそうに俺の推理を肯定する先輩だった。
「あの魔術、私も最近始めて見たからくらいだから、この街の人たちは信じてくれないんだよね。ほーんと、マジでめんどくさいよ」
人を斬った辻斬りの言葉に、耳を貸す人がこの街にいるのかどうかはさておき。
これで俺の憶測に確証がついたのでとりあえず一件落着だ。
話が落ち着いたところで、今まで大人しく話を聞いていたフェルトが口を挟んだ。
「あの、それで一つ気になるんですけど」
「ん? どうしたのフェーちゃん」
「フェーちゃんて……いや時間ないしそこはツッコまないでおくか」
あとでそこは言及するとして、いまはフェルトの疑問の方に論点を当てる。
「その男の人は、城壁の結界を避けてこの街に入ってきたのだとしたら、通行所を一度は通っているってことですよね?」
「うん。その時点からもう魔術を使ってることになるね。それで?」
「通行所の衛兵さんたちの目をかいくぐったその変装を、ハイルさんはどうやって見抜いたんですか? すみません、こんなときに訊くべきことじゃないとは思ったんですけど……」
先輩だから、という理由で片付けた俺は一体。
でも確かに、街で唯一彼女だけが気づけたのは謎だった。
「勘だよ」
「うそだろ」
「嘘だよ。ほんとはね、あの人の目を見て気づいたの」
「目、ですか?」
あの一瞬、男とすれ違った一瞬のことを思い返す。
彼の目を見た先輩は、どこまで悟ったのか。
「あの人の目は、人間を殺したがってた。いや、きっとこれから沢山殺すつもりでいたよ」
そこで時間がきた。
時間切れを伝えた監獄長の背後で、走る足音がした。
息を切らしながら走ってきた一人の衛兵が、開口一番に言った。
「監獄長、大変です!!」
「何事だ?」
「――医療班が保護していた例の被害者が、見張りの兵を殺して逃亡しました!」
めんどくさいことになった。




