26.閉ざされた真意
「わかんない」
そんな一言が頭の中をぐるぐる駆け巡っている。
先輩が街の衛兵に連行されてしばらくして、俺とフェルトは気持ちの整理をつけるために一旦いつものパン屋に戻った。なんとなく、そうすれば気持ちが落ち着くと思った。
「ああ、言っとくけどこれは決して、先輩を追いかけるのが面倒くさくなったから見捨ててきたんじゃなくて、ただ単にフェルトの店番の時間がきたから戻ってきただけなんだからな。ははは」
「お兄さん、誰と話してるんですか……」
カウンターで店番しているフェルトに不審がられたので、独り言は自粛しようと思った俺だった。
結局、俺は何が言いたかったのか。
「そういえばフェルト、服着替えちゃったのか? 似合ってたのに」
「さすがにあの服でお店に立つのは、お客さんに失礼ですよ」
フェルトは遠慮がちに微笑んだ。
エプロンでカウンターに立つフェルトも、まあそれはそれでかわいいからいいんじゃないかと自分を納得させる。
「それにまだ、人前で着るのは恥ずかしいですし……」
「大丈夫でしょ。似合ってんだし」
「むっ、それ本当に本心で言ってますか?」
そんなに心がこもってないように聞こえたのか?
機嫌を損ねた彼女に「本心だよ」とだけ返し、とりあえず現状と向き合うことにする。
「で、これからどうするかだな」
「ハイルさんですよね。やっぱり面会だけでもさせてもらうべきなんでしょうか……」
「させてもらえるかは、まだ今はわかんないけどな……」
そしてまた、二人でカウンター越しに向き合って考え込む。
「あー、本当に何やってんだあの人……」
突然街中で大剣ぶん回したかと思えば、肝心の相手は無実だったとか。
あれがもし本当にただの勘違いだったとしたら、先輩のドジっ子ぶりは俺の手には負えないことになる。いや最初から手に負えてないけど。
「お兄さん」
「ん?」
「ハイルさんって、元々あんな感じだったりするんですか?」
「あんな感じって?」
「人目を気にせずに武器を取り出して斬り掛かるような、狂暴な人だったりするのかな、と」
それは、おそらく違う。
俺が見る限り彼女はそこまで喧嘩っ早い性格でもなさそうだし、自らトラブルを作り出すようなこともなかったはずだ。彼女の本性を未だ俺が知ることができていないとするならば、話は別だが。
「俺が知る限り、あの人はそんな人じゃないと思う。争いごととか、めんどいことはあんまり好きなタイプじゃないし」
「ですよね……」
「あ、でも――」
彼女の『狂気といえるかもしれない片鱗』は、俺も一度だけ見たことがある。
「魔族相手だと、結構容赦なかったよ。子供だろうと関係なく」
「そういえば、ハイルさんもさっき言ってましたね。『その人は魔族だ』って。でも結局は違ったみたいですし……」
「うーん、そこなんだよな」
客の来ない会計のカウンター前で、俺は椅子の上で座って腕組みをして思案した。
先輩は迷うことなく、あの男を斬った。
だがその男は彼女の言うように、魔族というわけではなかった。
それはなぜか?
男の頭には、魔族特有のあの角がなかったから。
「あのときは、男の人が最初フード被ってたからわかんなかったけどな」
「雰囲気がそれらしかったから、見間違いもありえるかもですね」
そしていつの間にか、カウンターで推理合戦もどきは勃発してしまっている。先輩に訊いた方がもちろん早いんだろうけど、あいにくあの人はきっと今頃牢獄の中だ。
「フードで角を隠すってのは、魔族が人間に紛れようとするときの常套手段だけど……それだけで先輩が一般人を疑うとは思えないな」
「たしかに、その線だとハイルさんは『フードを被った人』全般を疑うことになってしまいます……」
「じゃあ逆に、先輩はどういう基準であの人を魔族と断定したんだ……?」
自分の問いの答えを、自分でも考えてみる。
あの男は当初、フードを被っていてその全貌はわからなかった。
だが、そこによほどの違和感がなければそれだけで疑いをかけるのは不可能だ。長身で猫背、という特徴もそれっぽいといえばそれっぽいかもしれないが、それでは早とちりすぎる。
よって、見た目だけでは特定できない。
ここで彼女のセリフを思い返す。
『――君、なんでここにいるの?』
このセリフから考えられること、まず一つ。
――彼女は、あの男と面識があった?
「顔見知りだった、っていう可能性もあるかも」
「顔見知り、ですか?」
「そう、たぶん因縁って言った方が近いんだろうけど。前に敵対したことがあったのかもしれない」
「なるほど?」
不思議そうな顔で小首を傾げるフェルトを見て気づく。
これも、やはり違う。
「でもそれだと、やっぱり男の人が魔族じゃないと成り立たなくなるのか」
「難しいですね」
「「うーん……」」
やがて推理は振り出しに戻り、迷宮入りまっしぐらだ。
この二人の知恵では、あの人の考えていたことすら当てられないというわけか。
「……そもそもあの男の人は本当に、魔族ではないでしょうか?」
そのうち、フェルトが再び問題提起する。
「どういう意味?」
「例えば、自分で角を切り落として身なりを偽装した、とか」
「それは……多分無理だな。魔族の角は黄金よりも硬い素材でできてるから、並の刃物じゃ歯が立たないだろうし」
「そう、ですよね。すみません、あまり力になれなくて……」
しゅん、と狐耳を垂らしてうなだれるフェルトを見ていると、こっちまで申し訳なく思えてくる。俺が考えてもわからないことを、彼女は自分事として必死に考えてくれているのに。
俺は、推理力までミジンコ以下だ。
「正直、フェルトが居てくれて俺は心強いよ。一人で黙々と悩み込むより、全然いいから」
「そういうものですか?」
「そういうもんだよ」
二人旅のときに先輩が捕まってたら、きっと俺はもっと途方に暮れていただろうから。
「さて、こうなるとやっぱりあの人が魔族だっていう説も考えないといけないよな」
でもその説はいろいろ無理がある。
第一、彼は角が生えていないどころか、やせ細っていて貧弱そうな身体をしていた。衛兵だって、彼を見て疑うことなく怪我人として保護していた。
彼を人類に害をなす魔族として捉えるには、その外見にはいろいろ無理矢理な点が多いのだ。
「外見を人間に偽装するとしても、あの角をなんとかするのは不可能。となると、あれは角の生えていない新種?」
「話がどんどん難しくなっていきますね……」
「そもそも、これも全部あの人がうまく説明しないのが悪い。本当に何考えてるかわかんないし」
「あはは……」
セルロ村での一件でもそうだ。
魔族に並々ならぬ憎悪でも抱いているかのように、幻覚の魔術を暴走させた少女――ニアに斬り掛かろうとした。あそこで俺が止めに入っていなかったら、確実に彼女は殺されていた。
「ん? いや、待てよ……」
――幻覚?
ニアの使っていた魔術は、人間限定で幻覚を見せるものだった。
彼女の場合、広範囲に炎を見せるものと、幻影を操るものだったが……
それがもし、他の用途にも応用可能な場合、自分の姿を偽ることも可能ではないのか?
そう仮定した場合、やはりフェルトの言った通り彼は魔族であり、尚且つ人間に自分の姿を偽装していたことになる――
「フェルト、ありがとう!」
「へ?」
「わかったかもしれない!」
俺は思わず椅子から立ち上がった。
この説が正解なら、先輩の一般人殺傷は無実になり、保護された彼は魔族ということになる。ただ、ようやくここにたどり着いてもまた行き詰まるのだ。
「でも、誰を説得すればいいんだ?」
「そこは考えてないんですね……」
俺は一体誰と交渉すれば、彼女の真意を伝えることができるのだろうか?
完全に盲点だった。
「――フッフッフッ、話は聞かせてもらったわ」
「店長!?」
「聞いてたんですか?」
すっと店の奥からやって来た店長さんは、やけに得意げな顔でとある一枚の写真を俺に差し出してきた。今どき写真とは珍しい。
「彼に会いに行けば、きっと話を聞いてくれるはずよ」
そして俺は、その写真に目を落とした。




