25.ここから始める第一歩
俺があのパン屋を訪れた翌日。
早速、俺たちは店長さんに課されたそれぞれの宿題を達成すべく動き出していたのだった。そのためにいま、俺たち三人は服屋を訪れていた。
……デジャヴだ。
「いいじゃん、すごく似合ってるよ!」
そう、俺が弟子にされたときと同じように、フェルトもまず先輩に形から入らされているのだ。まだ正式になれるとは決まっていないのに、早計じゃないかと俺は思う。
先輩の選んだ洋服に身を包んだフェルトは、恥じらいながら言った。
「私も、いいとは思うんですけど……あの、丈が短すぎるというか……」
しきりにスカートを気にするフェルトは、たしかに俺から見てもというかどう見ても生脚を出しすぎだったおそらく普段店で着ている服と比べている部分もあるとは思うのだが、彼女の膝上丈のスカートは尊いを極めすぎていて直視できない。
「うーん、そうかな? 弟子くん一号はどう思う? かわいいよね?」
「眩しいです」言葉通りだ。
「眩しい……?」
「それだけかわいいってことだよ! 大丈夫、似合ってるから」
似合ってるのは本当だけど、それだと俺の心臓がもたないから俺は却下した。代わりに膝丈ぐらいのスカートを俺が選んで、少し大きめのローブを合わせてフェルトに渡した。
「どうですか……?」
数分後、試着室から出てきた彼女は、もう既になんか魔法使いだった。
なぜなのか「駆け出し」っぽさがなく、優雅さと可愛さを兼ね備えた雰囲気を醸し出していた。彼女の小柄な体躯に合わせた短めのローブは、羽織るだけで魔法使いらしさを演出している。
脚の露出度も、もちろん許容範囲。
「完璧。天使」
「うん! ほんと何着ても似合うよね〜」
「えへへ……」
よって全会一致で、フェルトの新しい冒険者用コーデはそれに決まった。
可愛さの優勝だ。
「お兄さんは、こういうのが好みなんですか?」
ハイル先輩が代表して会計していたとき、フェルトはささやくような小声で言った。
「まあ、そう言われればそうかもしれない」
「なるほど……たしかにかわいいですよね、この服」
長めの袖をひらひらさせながら、照れくさそうにフェルトは呟いた。
「二人とも、行くよー」
会計を終えた先輩が先に店のドアに立っていた。
俺たちも後へついて行く。
「さてと、次は武器屋だね」
俺のときとまったく同じ文言を引っさげて、先輩はメイレスタの大通りを歩き始めていた。本当に、この人は弟子にしたい人のためならいくらでも浪費できる人なんだと思う。
ここまで、彼女の思うがままだ。
でも一つ気になることがある。
「先輩、自分の宿題のこと忘れてませんよね?」
「宿題? ああ、『働き手を見つける』ってやつ? あんなの後でいいでしょ」
「俺は手助けしませんからね」
これは昨日から思っていたことだが……
先輩の宿題だけ、やけに難しくないか?
「それより今は、フェルトちゃんのメイクアップが先だもんねー?」
「はい!」
そんな余裕をぶっこいていた俺たち一行は、予定通り街の大通りにあった武器屋に到着した。店先に並んだ多種多様な武器たちが目を引く、それなりに繁盛してそうな店だった。
「いい感じのトコだね。じゃあ、入ろうか――」
先輩がガラスのドアを開けようとしたそのときだった。
店の中から出てきた猫背の男が、入ろうとした先輩とぶつかった。
フードを目深に被った男は、肩がぶつかったことに驚いたように一瞬先輩の方を見た。だがすぐに足早にその場を立ち去ろうとした。
その一瞬で何かを察したように、先輩は去りゆく男の腕を掴んで言った。
「君、なんでここにいるの?」
その声にはなぜか、微塵も感情というものを感じなかった。
ただひたすら、冷たい声色だった。
一方の男は、腕をつかまれたことに動揺して動かない。
「ねぇ、答えてよ。どうやってここに入ってきたの?」
彼女の意図が理解できずに、俺は口を挟もうとした。
「先輩、その人は……」
次の瞬間、男は彼女の手を乱暴に振りほどいて走り去った。
人通りの多い大通りに向かって、人混みに紛れるかのように走っていく。
先輩が、小さく舌打ちした。
それから三秒と経たないうちに、先輩は迷わず自分の大剣を召喚して構えると同時に素早く走り出した。すぐに男の背後まで追いつき、振りかぶった大剣の一撃が男の背中を深く斬り裂く。男はうめき声を上げてその場で倒れた。
「逃げられるとでも思ったの?」
倒れた男に、大剣を引きずりながら近寄る先輩。
大通りで白昼堂々起きた突然の出来事に、周囲の人々の悲鳴と野次が次々と飛び交った。
事態を把握しきれないまま、俺は彼女を止めに入ろうと駆け寄る。
だがそれより先に、鎧を着た屈強な男たちが彼女のもとへ駆けつけた。
「貴様、街中で何をしている!!」
「うわ……めんどくさ」
衛兵たちは大剣を持った先輩を手早く地面に押さえつけ、先輩から大剣を取り上げた。当の先輩は抵抗することなく、力なく地面に伏せていた。
「え、えっと……これ、何が起きてるんですか」
フェルトが震え声で訊く。
でも当然俺はそれに答えることもできずに、その様子をフェルトとともに傍観することしかできなかった。あまりに突発的な出来事に、俺は困惑していた。
「貴様、なぜこの男に剣を向けた!! 答えろ!!」
「はぁ……その人が魔族だからだよ。わかんないの?」
衛兵に呆れたような、めんどくさそうな口調で、先輩は言った。
彼らに肩を借りて、斬られた男は立ち上がった。
フードが外れてあらわになった男の頭には、角が生えていなかった。
「僕が魔族だって? ふざけるな、僕はちがう!!」
必死の形相で男は言った。たしかに彼はただの人間だった。
「……そう、シラを切るんだね」
「何を馬鹿なことを言っている! 貴様はこの領土内で無許可で武器を召喚し、無実の民を傷つけた! 貴様は立派な犯罪者だ、我らが断罪してくれる!!」
衛兵たちは先輩に手枷を取りつけ、数人で取り囲むように連行した。連れて行かれる先輩に何か声を掛けようとした俺だったが、結局何も言葉が思い浮かばずに立ち尽くした。
そのあとの街道には、また同じ賑わいが戻っていった。




