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24.無垢なるカオス

 なんで、あんたがいるんだよ。


 いつの間にか店内に侵入していたハイル先輩を見て、まずそう思った。


「いや、どっから沸いてきたんですか?」

「失礼な、人を虫みたいに言わないでよ!」


 フランスパンを片手に先輩は怒った。

 その食べかけ具合からして、結構前からこの場にいたらしい。


 そしてまた平然とした顔でフランスパンを食べ始める。

 全然気が付かなかった。ほんとに怖いからやめてほしい。


「そもそもどうしてここが……」

「ああ、君の匂いをたどってきたの」

「……変態ですか?」

「うそ本当は人に訊いてきたよ」


 実際、匂いを辿ってきていたら流石に引く。犬かよ。

 突然の先輩の襲撃に、フェルトはちょっと困惑した様子で訊いてきた。


「お兄さん、あの……この方は?」


 先輩の紹介が確かにまだだったのでしようと思ったら、先に先輩が勝手にフリースタイル自己紹介を始めた。


「私はハイライト。種族は見ての通りエルフで、職業はこの子の師匠だよ。よろしくね、狐ちゃん」

「よ、よろしくお願いします……。あ、私はこのお店ではたらいているフェルトと言います」

「フェルトちゃんか、いい名前だね」


 わかる。彼女のノリで困惑するフェルトの気持ちは俺にもよくわかる。

 だから頭の中が半分疑問符で埋まっていたとしても仕方ない。


「で? この可愛い子は君の彼女?」

「か、かの――!?」


 一瞬、フェルトの顔が真っ赤になる。

 俺はとっさに弁明した。


「ただの知り合いです。勘違いしないでください」

「へー。ふーん。そうなんだー。ほんと?」

「ふぇっ!? え、えーっと……」

「あはは、そんなに驚かないでよ。ところで、かわいい耳だね。触ってもいい?」

「や、やめてほしいです……」

「冗談だよ」


 一方的に詰め寄るハイル先輩と、距離感のおかしい彼女に困惑しっぱなしのフェルトの攻防が続く。そして俺は、まあ初対面のときは俺もこんな感じだったかと思って、あんパンを食べながらその行く末を見守っていた。そろそろ胃が限界だ。


 そして唐突に、先輩が切り出した。


「ところでさ、君魔法とか興味ない?」


 何言ってんだよ、と思った。

 話の振り方があまりに急だったので、俺もフェルトも反応が遅れた。


「……魔法、ですか?」

「そう。魔法以外にも、剣とか弓矢とか。魔物から色んな人を守るために戦ってみたいって思ったりしない?」

「いや先輩、何企んでるんですか? フェルトはここの店員ですよ? 戦いとかそういうのは……」


 なにより、俺がそれは嫌だった。


 剣士として戦うことでしか普通に生きられなかった俺みたいに、フェルトにはなってほしくなかった。彼女にはただ、このパン屋で俺を出迎えてくれる純粋な女の子でいてほしかった。それは俺の勝手な願望だけど。


 冒険者なんて、いいもんじゃない。

 戦いの中で、彼女に絶望なんてしてほしくない。


 俺はそう望んでいた。


「大体、どんな理由があってそんなことを?」

「いやー、もう一人ぐらい弟子がいてもいいかなって。その方が面白いでしょ? 暇つぶしにはちょうどいいし」


 訊いた俺がバカだった。先輩はそういう人だ。

 彼女の行動原理は大抵暇つぶしなのだ。


 長い寿命を費やすだけの何かを、彼女は常にトレジャーハンターのように探し回っている。


「フェルトちゃんはどう? やってみない?」

「だからそんな理由で……」

「私は、戦うとかはまだよくわからないんですけど、何となくやってみたいです! それで誰かのお役に立てるなら、なおさら」

「っ、フェルト……」


 俺の願いは伝わらない。思ってるだけだから。


 それでも、そうだったとしても、フェルトのその言葉にショックを受けた自分がいたのは本当だった。彼女がそう思ってしまったことが、少しショックだった。


 フェルトのゆらゆらと揺れるしっぽに目を落とし、俺は思い悩む。


「そっかそっか。じゃあ私たちと一緒に来ない? 魔法なら私が教えてあげるからさ」

「――はい!」

「よしよし、君はいい子だ」

「ひゃっ! ちょ、ちょっと耳は……やめ……」


 フェルトの耳を結局もふもふし始めた先輩を見ていたら、俺の悩みもどこかへ言ってしまいそうだった。とりあえず今は、フェルトのやりたいようにやらせればいいと思った。


「まあ、パーティには一人くらい魔法使いがいた方がいいかもしれませんね」


 あんパンを食べ終えて、俺はため息混じりに言った。


「よし、じゃあそうと決まったら――」

「――はい、その話ちょっと待った」


 話がまとまりかけていたところに待ったをかけたのは、店番を放棄した店長さんだった。




「で、そこのお兄さんはまだわかるとして……あなたは誰なの?」


 ややあって、テーブルに座り直した俺たちは店長の説教を受けていた。

 というか半分尋問だ。


「そこのルフトくんの師匠兼パーティメンバーで、剣士のハイライト。ちなみにエルフ」

「あら、エルフだったのね。その割には随分子供っぽいというか……」

「若々しい? 照れるからやめてよ〜」

「ふふ、褒めてないわよ」


 なんか、怖い。この二人を対峙させてはいけなかった気がする。ジリジリと火花を散らし合う二人に気圧されながら、俺は後ろに隠れるフェルトとその様子をうかがっていた。


 俺の背中に隠れるフェルトは、なぜか涙目で言った。


「うぅ……耳を触られました……」


 ああ、そういうことか。


「そんなに嫌だったのか?」

「嫌というか、くすぐったいんです。触られるとなんか、その……ぞわぞわするんですよ」

「なるほどね。まあ、あの人も悪気があってやったわけじゃないとは思うんだけど……基本頭おかしいから、よくわかんないな」

「……大丈夫な人なんですよね?」

「たぶんね」


 そんなこんなで、店長の尋問はこっちにまで飛び火する。


「このエルフのお嬢さんがフェルトちゃんをパーティに入れたいって言ってるけど、お兄さんはどう思う?」

「えっ、俺ですか」


 突然話を振られて戸惑う。実際、先輩の言った戯言なのに。


「俺は……別に無理やり仲間にしたいとか思ったりはしてませんよ。ただ彼女がやりたいっていうなら、それはそれでいいと思います」

「そうね。じゃあ、フェルトちゃんはどう?」

「私は……」


 今一度訊かれて、フェルトは言い淀む。

 言いづらいのはわかる。


 彼女からすれば、店長さんは雇い主でお世話になっている人だ。

 そんな人を前にしてはっきりとものが言えるような人は、多分労働者には向いていない。


 しばらくして、フェルトは深呼吸した。


「……フェルト?」

「私、冒険者になりたいです!」


 はっきりと、フェルトはそう言った。彼女なりに、勇気を出していったことなのはわかった。俺の背中から離れた彼女は、しばし店長さんと見つめあっていた。


「そう……そうだったのね」


 店長さんはふっと微笑み、フェルトを真っ直ぐ見つめた。


「フェルトちゃん。それは本当に、心の底からあなたがやりたいこと?」

「はい。勝手だということは、わかってます。ワガママかもしれませんけど……でもこれは正真正銘、私の今望んでいることだと思うんです。この気持ちに……自分の気持ちに嘘をつくことは、私はしたくありません!」


 二人の間で、数瞬の沈黙が流れた。


 すると、店長さんは立ち上がってフェルトの前でかがんだ。彼女の頭に触れそのまま優しく撫でながら、店長さんは彼女に語りかけた。


「そう。あなたがそうするべきと思ってるなら、それに従った方がいいと私は思うわ。そこに関してはお兄さんと同じよ。私はフェルトちゃんを応援する」

「シャリーさん……」


 もう一度、店長さんは立ち上がって今度は俺と先輩を見て言った。


「ただし! あなたたちには私からある宿題を課します」

「宿題?」先輩が訊ねた。

「そう、宿題。仮にもフェルトちゃんはうちの数少ない働き手だから、もちろんタダでってわけにもいかないの」

「なるほど」


 妙に納得したように、先輩は言う。たぶんわかってないんだろうけど。

 それはともかく、店長さんは右手の人差し指を立てて説明した。


「まず、フェルトちゃん」

「――!」

「あなたには、私もあなたのしたいことをしてほしいと思っているの。だから、そのために私を納得させてみて。フェルトちゃんが冒険者として、誰かの役に立てるってこと。仲間として、この二人の足でまといにならないようになるってこと。それを私に証明してみて。できるわね?」

「はい!」

「いい子ね」


 フェルトの頭を軽く撫で、店長さんは次に俺を見て言った。


「次に、お兄さんね」

「俺もですか?」


 一人ずつに宿題、って意味で言ったのか?


「お兄さんには、男の子としてフェルトちゃんを守ってもらおうかしら。あなたがしっかりしていれば、私もきっと安心して任せられると思うの」

「はぁ……分かりました」

「お兄さんなら大丈夫だと思うけど、一応ね」


 やけにサラッと言ったけど、俺にはちょっと荷が重い気がした。誰かを守るとか、俺はそういうことができるような器じゃないと思う。どちらかといえば、いつも誰かに守られる側だ。


 最後に、店長さんはハイル先輩の方を向いて、とびっきり深いため息をついた。


「ため息つかないでよ……」

「うーん、エルフのお嬢さんはどうしようかしら……あなたには特にもう役割はなさそうだけれど」

「ひどい! 私の宿題は!?」

「ふふ、冗談よ。あなたは言い出しっぺだから、とびっきりの宿題を課してあげるわ。そうね……」


 彼女は逡巡したあと、思いついたように言った。


「うちで新しく働いてくれる人を、紹介して頂戴」


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