22.とある少女の憂鬱
今回は、とある女の子中心の別視点でのお話です。
別にルフト君がオネエ化したわけではないのでご安心を。
最近、悩んでます。
私がそう言ったところで、私の悩みを真剣に聞いてくれる人はたぶんいない。
というか、そもそも人にこの悩みを打ち明けること自体がまず私は嫌だ。
その理由は、その悩みの内容が内容だからなんだけど。
できるだけ抽象的に言うのなら、それは……
――ある人に会えなくて、寂しいです。
そんな馬鹿みたいな悩みなんだ。
***
今日も朝ベッドで目覚めると、また同じ憂鬱に襲われる。
『ああ、朝起きるのやだなぁ』とか、そういう在り来りな憂鬱じゃない。というか『憂鬱』って字を見てるだけで憂鬱になるような気がする。
そんなことは置いといて、今日も私は早朝にまだ薄暗い陽の光で目覚めてしまった。まぶしいからこれ以上眠れない。だから私は寝ぼけ目を擦って着替えて、のそのそ一階へ降りた。
この家の一階は、パン屋さんだ。
店長に雇われてる私が暮らしてるのは二階の一室で、一階にはパンの売り場と厨房がある。そんなに店は広くないけど、実は売り上げはそこそこいいらしい。店長曰く、「特定のファンが多いから」らしいけど。
とりあえず今日も、厨房へ出向いてパンの準備を始める。
まず、調理台に置いてあったパン生地をこねる。
パン生地は昨日の夜に仕込んであるから、朝起きたら成形して焼くだけ。それでも朝にはちょっと重労働な気もする。
店長のレシピ通り、新作のチョコクロワッサンを十個ぐらい形作って焼きがまに入れた。あとは着火して焼くだけだ。
私もこういうとき火を出す魔法とかが使えたら便利なんだろうけど、あいにく私にはそんな時間も余裕もない。魔法少女になれるものなら、私だってなりたかったけど。
焼きあがったパンを店内に並べて、また次のパンを焼き上げる。
あとはそれの繰り返しで、私の一日はだいたい終わる。
退屈だなぁ。せめて彼が来てくれれば、励みになるのだけど。
周回作業に疲れて、店内を軽く掃除したあとに店先の看板を裏返した。
――OPEN――
こうして、この店の朝は私より遅れて訪れる。
店内に戻ると、エプロン姿の店長がそこにいた。
「おはよう、フェルトちゃん」
「あ、おはようございます、店長!」
「フェルトちゃんは今日も元気で可愛いわね~。今日も一日頑張ろうね」
「はい!」
そういう店長さんは、今日も美人で綺麗だ。
なんか、『お姉さん』って感じで。
……たまにねぼすけなところがあるのが玉に瑕なんだけど。
サラサラな茶色の髪を後ろで束ねた店長は、鼻歌を歌いながら厨房へ向かう。なんだか嬉しそうだ。
なんとなくそれが気になって、後について行って訊いてみた。
「シャリーさん、何かいいことでもあったんですか?」
「ふふ、ちょっとね~。知りたい?」
「知りたいです!」
もったいぶっていた店長は、微笑みながら言った。
「この間まで山賊がいて通りにくくなった山道がね、誰かがその山賊を退治してくれたおかげで、通れるようになったらしくて。おかげでうちの仕入先の人がまた来れるようになったの。これでまた、たくさんパンが作れるようになるわ!」
「そうなんですか? わぁ、よかったですね!」
「ええ。私たちももっと頑張らないとね」
店長はそう言ってパン生地をこね始めた。そうだ、私も頑張らないと。
こんなことでへこたれる場合じゃない。
やる気を入れ直した私は、売り場の店番に戻ることにした。
「うーん……」
なんでだろう。
あんまりお客さんが来ない。
そう言えば最近、街に出歩く人の数が減っている気がする。
大人の人は口々に「近頃は物騒だから」って言っていた。
子供の私にはわからないことなんだろうけど、それでもこの時間は退屈だ。
朝方からお昼前になった今まで、来てくれたお客さんは合わせて三人。
いつもならこの六倍はいるはずなのに。
おかげで、店番の私も暇を持て余してしまう。
「今日もあんまりお客さん来ないねー」
暇そうに会計の卓に突っ伏せていた私を見かねたのか、店長が店の奥から出てきた。まずい、今この格好はちょっとだらしない気がする。
「べ、別にサボってませんよ!」
「ふふ。いいのよ、たまにはサボってても。フェルトちゃんはうちの看板娘なんだから、ときには休息は必要でしょ?」
「はぁ……」
店長が優しく私の頭を撫でてくれた。
彼女の指が耳に触れるから、ちょっとくすぐったい。
「フェルトちゃんにも、いいことがあるといいわね」
「いいこと、ですか……?」
「そう。例えばそうね……『彼』が久々に来てくれるとか!」
「……え、『彼』って、誰のことですか?」
いやまさか、そこまで店長は看破しているわけ……
ない、よね?
「あら、知らない振りするの? そんなことしなくても、私は知ってるわよ。ほら、前まで来てくれたあの男の子でしょ? ちょっと冷たそうだけど優しくて、うちのパンを『美味しい』って言っててフェルトちゃんが気になってるあの――」
「わ――――――――――――!!」
ほんとに、なんでそんなことまで知ってるのこの人!
それとも、なんだろう、私の態度がわかりやすすぎたから?
露骨に彼の前でしっぽを振っていたから!?
そんなことまで店長に知られていたと思うと、ほんとに頭がおかしくなりそうだ。穴があったら入りたい。恥ずかしさで死にたい。もう恥ずか死ねる。
「大丈夫よ、恋愛の女神はきっとフェルトちゃんに微笑んでくれるから」
「うぅ……なんなんですか、ほんと……」
「あ! いけないいけない、私そろそろ品出ししないと!」
私をからかうだけからかって、店長は早々に去っていった。ほんとにあの人だけには敵わない。敵わないから、私ももう諦めてきちんと店番に戻る。でも相変わらずお客さんは来ない。
『彼』が来てくれたらな、って思う。
私たちが『彼』って呼ぶその人の名前は、私も知らない。
いちお客さんだから当たり前なんだけど。
それでも私にとって、彼は特別なんだ。
だって彼は、初めて私のパンを美味しいって言ってくれた人だから。
彼が初めて来店したときだった。
そこそこ高そうな服を来て一人で来店した彼は、なんかとにかくかっこよかった。美少年だった。混じりっけのない綺麗な黒髪に、どこか冷めた眠たげな瞳、剣士らしく走るのが速そうな長い脚。その姿が視界に入っているだけで、ドキドキが止まらなかった。
店内を一周した彼が選んだのは、なぜかチョココロネだった。
意外と甘党だった。
冷静を装いつつ会計をしていた私に、彼は言った。
「ここの店のパン、美味しいって聞いてたんだ」
どこか落ち着く声だと思った。
でも、それは初耳だった。
そんな噂は別に聞いたことはなかったし、いつも噂になるのはやたら美人な店長だけだから。
「そうなんですか? 初耳です……」
「そう? まああと純粋に、このチョココロネは美味そうだし」
「あ、実はこれ、私が作ったんですよ」
「ほんとに? 君が?」
「はい。なので良ければ、ご感想をお聞きしたいです……!」
「もちろん、いいよ」
発言通り、彼はイートインスペースで焼きたてのチョココロネを一口食べてくれた。もぐもぐ咀嚼しながら、彼は軽くうなずく。
「美味い」
「ほんとですかっ!?」
「ん。今まで食べたパンの中で一番美味い。お世辞とかじゃなくて普通に」
「えっ、嬉しいです……!」
人生で一番嬉しかったかもしれない。
自分のパンの感想が聞けたのは初めてだし、美味しいってはっきり言ってくれたのも彼が初めてだった。そのとき私はものすごくふわふわした気分になったのを覚えている。
「また、買いにくるよ」
そう残して去っていった彼は、そのあとも三日おきぐらいのペースで来てくれて、色んなパンを買ってはためになる感想をくれた。それがとても嬉しかった。だから私はいつからか、彼のささやかな励ましを糧に毎日を頑張っていたんだと思う。
だからここ最近、来てくれないのが寂しい。
最近といっても一ヶ月くらいだけど、何故か本気で彼の心配をしてしまう。何か大きな怪我をしたんじゃないかとか、旅の拠点を変えて遠くへ行ってしまったんじゃないかとか。
そんな不安が折り重なって、毎日の憂鬱となっている。
言ってみれば、たったそれだけのこと。
「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
深くため息をつく。
店番をしていてもきっと、店長の言う通りにはならないんだろうな。
そんな都合のいい話、物語のメインヒロインでもなんでもない私にはやってこない。
退屈さと憂鬱に負けてそのまま居眠りしそうになったとき、お店のドアが空いて鈴の音が鳴った。お客さんだ。慌てて飛び起きて挨拶した。
「い、いらっしゃいませ!」
「ん、久しぶり」
倒れるかと思った。
まさかの彼だった。




